第十四話 『人殺しの害獣』
第14話
魔力と憎悪に支えられた握力が、ソレの骨を折り、肉を潰しかけている。
ソレは皮だけで繋がった腕へ視線を落とす。
「は?」
千切れかけた自分の腕を見て、唖然とした表情を浮かべる。
だが、すぐさま顔が苦痛に歪んだ。
「いだいいいいいいいい!」
攻撃が通じてみると呆気ない。
どうせ痛いのは少しの間だけだろうに、随分と過剰に痛がっているような気もするが……いや、腕を握り潰されたら誰だって痛いか。
むしろ意識を失っていないだけ凄いのかもしれない。
根性を見せろというのも変な話だ。
苦痛に呻きながら膝をつくソレを見下ろす。
早く殺さないと。
何故攻撃が通じたのかは分からないが、考えるのは殺した後でもいい話だ。
刀身が半分ほどになった剣を、ソレの身体へ軽く押し当ててみる。
だが、先程と同じように触れた部分から取り込まれていく。
「駄目か」
予想はしていたが、どうやら攻撃を当てられるのは“俺”の身体だけらしい。
先程は腕を飲み込まれた。
それなのに今は、逆にこちらから触れられる。
“俺”の未だ知れない能力が可能にしたのか。
あるいは、吸収の上限でも来たのか。
ヴィルの身体なら吸われるのかどうかも分からない。
だが、どうせ殺すのだ。
試す意味もない。
目の前のソレはかなり痛がっているようだが、視線だけで腹の底にある感情を伝えてくる。
殺意を。
恐らく、“俺”も同じような顔をしているはずだ。
憎悪に染まった少女の顔のまま、ソレが無事な方の腕で殴りかかってくる。
……が、魔力を込めていないため遅い。
軽く避け、その腹を思い切り殴りつける。
オレンジ髪の少女と同じ見た目をした身体から、肉を打つ嫌な音と、骨の折れる音が響く。
僅かな罪悪感が胸を刺す。
それでも、やはり“俺”の拳は吸収されない。
ソレの身体はそのまま数メートル吹き飛び、地面を転がってようやく止まった。
「なんでだよ!! 俺はあんなに苦労したんだぞ!? あんなに痛かった!! なのになんで報われないんだよ!? こんな結末、受け入れられるかぁ!」
絶叫しながら、ソレがようやく意味のありそうなことを口にする。
口から有り得ないほどの血を周囲へ撒き散らしながら、地面でもがき暴れている。
追撃を加えるため、ゆっくりと近づく。
少しだけヴィルの方へ視線を向ける。
殺すなら早く殺せ。
そんなふうに急かす視線が返ってきた。
「分かってるよ」
誰に言うでもなく、ひっそりと言葉を零す。
痛めつけたいわけじゃない。
「なんで殺すんだよぉぉぉぉ! 俺が何か悪いことしたのか!? ならごめんなさい!! 謝ります!! 謝りますからころざないでぐだざい! いだがったんでず、づらがっだんでず!」
目の前に転がり、命乞いを続けるソレのことなど知らない。
意外にも、頭は酷く冷静だった。
ノイズを弾いたような世界で、ソレの声だけが聞こえる。
正直、ソレに何が起きたのかは気になる。
……いや、それも益体のない話か。
何があったとしても、結果は変わらない。
「おい」
声のした方へ目をやる。
ヴィルが、何かを言いたげにこちらを見ていた。
いや、単に急かしているだけか。
“俺”はソレと目線を合わせるために屈み、魔力を手の細部にまで通していく。
未だ命乞いを続けるソレの、魔石があるであろう場所。
心臓へ向けて腕を突き出す。
細部まで通した魔力に支えられた指は、皮膚も、肉も、骨さえも豆腐のように容易く突き破った。
ソレの胸へ腕を突き刺し、心臓の位置にある魔石を抉り取る。
引っ張り出したのは、手のひらに乗るほどの大きさをした琥珀色の石。
この石。
それが“俺”達、転生者の魂と呼べるナニカ。
「あっ……」
ソレは咄嗟に魔石へ手を伸ばした。
だが、大切なものを抜かれた肉体は、間の抜けた声を漏らしたまま、多くの魔獣と同じように端から塵へ変わり、崩壊を始める。
それを確認してから、握った魔石へ万力のような力を込めた。
砕く。
蝿魔獣を討伐した時と同じように、名状し難い何かが流れ込んでくる感覚がする。
まぁ、健康被害が出るようなものではないだろう。
そう軽く考え、頭の隅へ追いやった。
屈んでいた姿勢から立ち上がろうと足へ力を入れる。
だが、立てない。
魔力切れか。
あるいは、安堵から腰が抜けてしまったのか。
「動くな!!」
周囲を取り囲む人間に気づいたのは、すぐだった。
濃紺の軍服に、銀糸で縫われた紋章。
全員の動きが揃いすぎていて、不気味なほど統制されている。
都市防衛隊だ。
その都市防衛隊が、“俺”の一挙手一投足を見逃すまいとこちらを見ている。
見た目だけで実力など判断できるわけもない。
それでも、張り詰めた雰囲気だけで分かる。
不審な動きを見せれば、今すぐにでも攻撃が飛んできそうだ。
だが、賭けにはどうやら勝ったらしい。
問答無用で殺されないあたり、“俺”目当てではないようだ。
ゆっくりと両手を上げ、敵意がないことを示す。
近くにいたヴィルが、「動くな」と発言した隊長らしき女性のもとへ歩き、何事かを話し始めた。
都市防衛隊だという話は嘘ではなかったらしい。
ヴィルが動いても、周囲の警戒はほとんど向かない。
その代わり、“俺”に対する警戒は一際強い。
「警戒やめ!」
決して大きな声ではなかった。
だが、なんと言ったものか。
妙によく響く声だ。
その鶴の一声で、周囲の緊張が僅かに緩む。
「ヴィルヘイム、話は後で詳しく聞く。報告書を提出しろ」
ヴィルって愛称みたいなものだったのか。
何はともあれ、ある程度話は済んだらしい。
声を上げた隊長らしき女性がこちらへ近づいてくる。
焦茶色のショートヘア。
近くで見ると、立ち姿にも一切隙がない。
女性は握手を求めるように手を差し出した。
「御協力ありがとうございます。お疲れかと思いますが、二、三点伺いたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「……大丈夫です」
よろしいか、と聞く割に拒否権はなさそうだ。
内容によってはヴィルと口裏を合わせなければならないかもしれない。
いつ作ったのか、土魔術で作られた仮設の椅子を勧められる。
どこから取り出したのか、優雅なティーカップまで付いていた。
周囲の人間が全員立っている中で、二人だけ座るのはぶっちゃけ落ち着かない。
「まず、何があったかお聞かせ願えますか?」
「えっと、“お”……いえ、“僕”は……」
咄嗟に“俺”と言いそうになった。
一人称は統一した方がいい。
すぐに“僕”のふりへ切り替える。
……気持ち悪い。
さっき殺したアレと、一体何が違うのか。
(聞こえるか? 返事はいらん。どうせ聞こえん、簡潔に言うぞ。お前は転生者の誕生を目撃した。偶々近くにいて、親交のあった俺と協力して討伐した。能力については、よく分からないで通せ。最悪、マシロの名前を出せ)
かなり一方的で早口だったが、内容的にヴィルだろう。
風魔術か。かなり便利だ。
「どうかなさいましたか?」
「あぁ、すみません。ちょっとまだ動揺してまして」
「……大変失礼しました。無理もありませんね。では、まずこちらから……私の名前はライザと申します」
手を胸に当て、敬礼らしき姿勢を取る。
軍服のような服装も相まって、かなり様になっている。
「“僕”は……登塔家をしています。アルです」
「なるほど……通りで。さて、伺いたい内容というのはですね。何故そこにいたのか、どうやってあの魔獣を殺したのか。その程度の簡単な事情聴取です」
登塔家、と聞いて納得したような様子だった。
マイナスな雰囲気は感じないので、先程の戦闘能力について疑問を持っていたのかもしれない。
言葉の節々からはこちらを慮る姿勢が感じられ、ひとまず少しだけ落ち着く。
「……あの魔獣が産まれた時、たまたま行きつけの料理屋で食事をしていました。給仕の女性が急に苦しみ出したかと思うと、意味不明な言葉を話し始めて……店長が殺されて……」
思い出しただけで、僅かに言葉が詰まる。
「転生者だと気づいたので、逃げろって叫んで店を飛び出しました。その後は親交のあったヴィル……えっと、ヴィルヘイムさん? と協力して、あの魔獣を野放しにしてはいけないと思って……せめて時間だけでも稼がないとって……」
まぁ、一言で言えば大体こういうことだ。
水魔術で嘘泣きすることも一瞬考えたが、流石に過剰だ。
バレたら余計な勘繰りをされるだけだろう。
「なるほど、勤勉な方のようですね。転生者は、登塔家の方にはあまり有名ではありませんから」
確かに塔に出てくるわけではない。
それに、自分が行く階層以外の知識は比較的薄くなるものなのだろう。
……いやまぁ、食いつくのそこかよ、とも思うが。
「あぁ、確かにそうですね。塔に出てくるわけではありませんし……知ってたのは偶々ですよ」
少し微笑みながら言うと、ライザも微笑み返してくれる。
だが、正直落ち着かない。
針の筵とは、このことか。
「あの魔獣の能力を見ましたか?」
「……見ましたけど……正直“僕”はほとんど後方支援だったので、ヴィル……ヘイムさんの方が詳しいと思います」
他人にぶん投げる。大事なことだ。
「……そうですか。お辛かったでしょう。あの害獣に、知り合いが乗っ取られるのは」
本当にこちらを気遣うような、聖母のような表情。
ある意味、害獣御本人様に向けて語りかけてくる。
それにしても、随分と具体的な恨みがありそうな言い方だ。
「……そうですね。もしかして、貴方もご経験が?」
「……えぇ。私は夫が殺されました」
大変ですね。
辛かったでしょう。
そう言いかけて、止める。
“俺”からは、流石に言えない。
その立場を周囲へ強いている側の存在なのだから。
「……そうですか」
“俺”の微妙な回答もさして気にしていないのか。
あるいは、同情を求めていたわけではないのか。
ただ淡々と告げるライザさんにかける言葉もない代わりに、汗腺が涙を流していた。




