第十三話 “誰か”の何か
「ヴィル……!? なんでここに……って、当たり前か」
そういえば都市防衛隊だった。
どうやら『転移』で助けてもらったらしい。
「助かった」
感謝を伝えるが、“俺”に対する呆れを隠すつもりもないらしく、ヴィルはため息を吐いた。
「やる気みたいだが……別にお前が戦う意味はない」
分かっている。
“俺”が戦う必要なんて、この世のどこにもない。
普通に考えれば危険で、正体がバレるリスクが増えるだけ。
でも……嫌だ。
分かった上で、明確に嫌だ。
警告するように横目で睨んでくるが、上手く説明できるほど自分の中でも纏められていない。
言葉に詰まりながら、どうにか絞り出す。
「……ある。あの子は“俺”の知り合いだった」
そう告げると、ほんの少しだけ納得したようにヴィルが頷いた。
「……そうか。都市防衛隊の本隊が来るまで三分弱だ」
暗に、自分で殺したいならその程度の時間しかないぞ、と告げているらしい。
ありがたい。
「あいつも勧誘しないのか?」
ヴィルと敵対するつもりはないが……正直、あの少女に対する嫌悪感は凄まじい。
もし勧誘して保護するつもりなら、この場で三つ巴になることも考慮しなければならない。
「……マシロがなんて言うかは知らんが、俺には関係ない」
無責任とも取れる発言だが、目を合わせて言われるとどうにも“俺”は弱いらしい。
救われた恩義もある。
変な考えはしなくても良さそうだ。
「手伝ってほしい」
「分かってるよ。そのために来てやったんだ」
ヴィルのきつい口調にも、そろそろ慣れてきた。
マシロよりは付き合いやすそうで安心する。
「それで? アイツの能力は? まさか、ただやられてただけじゃないよな?」
ただやられていた、というのもあながち間違いではない。
それでも最低限は分かってきた。
「……アレの能力は、多分『吸収』だよ。自分を中心に半径四メートルくらいを一気に吸い込んだり、相手一人だけを引っ張ったりできる。足元からの攻撃も無意味……吸われたものがどうなるかは……ごめん、分からない」
「そうか。役立たずかと思ったが、多少マシみたいだな」
褒めているのかは謎だが、会話のおかげでアレに対する嫌悪感も多少はマシになってきた。
冷静なつもりだったが、どうやら全然落ち着いていなかったらしい。
会話中に新たに生えてきた手の調子を確かめる。
違和感のようなものはない。
変わらずで助かる……とはいえ、これは転生者の恩恵だ。
この場にいる三人全員が持っている。
目の前のソレも、魔石を砕かなければ殺せない。
「色々試してみるぞ」
新たに現れたヴィルを警戒していたソレだったが、にへらと笑うと身体に魔力を込めて駆け出してくる。
しかし、乗っ取った身体はただの一般人。
登塔家ではないからか、速度はそこまで速くないのが救いだ。
駆けてくるソレに、ヴィルが素早く生成した氷塊を叩きつける。
だが、やはりソレの身体に触れた瞬間、最初から存在しなかったかのように消えた。
衝撃すら無効化され、速度も落ちていない。
この分だと、単純な物理攻撃はほぼ完璧に無効化されてしまうのかもしれない。
そのくせ自分は地面を吸収せず、足裏への攻撃も無効化される。
“俺”達にとって最悪な都合の良さだ。
チートと呼ぶのに相応しい。
チッ、と舌打ちしたヴィルは、ソレの攻撃を危なげなく避ける。
避けざまに背後へ回り込み、氷の粒を散弾のように投げつけるが、それもソレの胴体へ触れた瞬間に消えた。
服に当たったものまで消えている。
吸収範囲は認識次第なのかもしれない。
そんな情報が分かったところで、今のところ何の役にも立たないが。
ヴィルも引き寄せられ続けてはいるようだが、『転移』と身体能力の差を利用して立体的に避け続けている。
「なんだよ! その動きぃ! そんなの受け入れられるかぁ!」
その間に、“俺”はゆっくりと周囲へ水を撒いていく。
物理的なものが吸収されてしまうなら、気温の変化までは吸収できまい。
「ヴィル! 氷!」
即興の連携故にワンテンポ遅れるが、問題なく意図は伝わったらしい。
周囲の温度が急激に下がっていく。
ソレの吐く息が白くなり、道路の石畳には薄氷が張り始める。
生き物にとって致命的な温度へ、少しずつ近づいていく。
離れて直接冷気を浴びていない“俺”ですら、肌を刺す寒さを感じるほどだ。
「……ハズレか」
白い息は吐いている。
だが、ソレの動きに変化はない。
皮膚にも目立った凍傷は見えず、何事もないかのように動き続けている。
術師であるヴィルは当然として、ソレもまるで問題ないらしい。
どうするべきか。
相手に攻撃が効かない以上、このままではジリ貧でしかない。
時間が味方とはいえ、都市防衛隊が到着するまでヴィルが『転移』を使い続けるのも不味いはずだ。
そして現状、『転移』以外にあの引き寄せへ対処する術はない。
あるかどうかも分からない吸収の上限を試してみるのも一つかもしれない。
だが、水魔術で物量をぶつけるにしても、“俺”の魔力では到底足りそうにない。
そもそも上限が存在するかすら不確定だ。
最悪、魔力を無駄にするだけで終わる。
再び気温が急激に変化する。
今度は極寒から灼熱へ。
石畳を覆っていた薄氷が瞬く間に融け、“俺”が撒いた水まで白い蒸気を上げ始める。
普通の身体なら、急激な温度変化だけで死んでいてもおかしくない。
だが、それとは全員無縁の肉体をしているらしい。
“俺”自身にも特に違和感はない。
そして凄まじい熱気を感じ、“俺”は水魔術を止める。
熱源はヴィルだ。
一メートルほどの火球を作り出したかと思えば、次の瞬間、その火球だけがソレと重なる位置へ『転移』した。
一瞬で炎がソレの全身を包み込む。
だが数秒も経たないうちに、炎そのものが存在しなかったかのように霧散する。
それでも皮膚を焦がすような熱気だけは周囲に残っていた。
突然火球の中へ放り込まれ、ソレは驚いた顔を貼り付けたまま間抜け面を晒している。
それでも身体そのものは無傷だ。
予想していたのか、ヴィルは平然としている……ように見える。
だが、先程よりも表情は険しい。
歯痒い。
水魔術には攻撃性の高いものが少ない。
そもそも有効な攻撃が存在するのかすら分からない。
防御に水を使ったところで、アレの前では薄皮よりも脆い。
ヴィルが攻撃をいなし、何度目かの『転移』をしたタイミングで、突然ソレが足を止めてこちらを見る。
「お前らさぁ、気がついてるんだろ? 私? いや俺は、無敵なんですよ!! 無敵なんだからよぉ」
二人の人間が、同じ口で同時に喋っているような違和感。
「……」
ヴィルも気味悪そうに見つめている。
やがて、仕方なしといった様子で口を開いた。
「そうみたいだな。だが、自称無敵の割に俺相手に手こずってるようだな」
「へへへっ、そうだった? ですか? でもお前らも俺の防御を突破できないみたいだな。時間は俺の味方だぜって……へへ」
ヴィルがこちらへ視線を向けてくる。
理解できない。
多分、一瞬だけお互い同じ表情を浮かべていた。
もしかして、記憶が上手く統合できていない……のか?
転生者が魔獣と呼ばれていることも理解していないのだろうか。
いや、そもそも死体が残っていないとはいえ、既に何人も殺した奴を野放しにするわけがない。
「……なんで人を殺したんだ?」
ソレと話したくない。
そんな嫌悪感の隙間から、ぽつりと疑問が零れた。
口に出してから後悔するが、もう遅い。
疑問は聞き届けられてしまった。
「俺ぁ人なんて殺してないぞ?」
あくまで平然とした顔で、自身の潔白を訴える。
「……殺しただろ。さっき店で」
努めて冷静に。
落ち着け。
“俺”が殺すことに必要以上に拘る必要はない。
最低でも時間を稼がなければならない。
都市防衛隊が来た時には交戦していない。
それが“俺”達にとってもベストなはずだ。
「なんで人なんて殺すんだ?」
これは“俺”がした質問じゃない。
勿論、ヴィルでもない。
目の前のソレの口から放たれた戯言だった。
「……」
ソレは、もしかしたら理解していないのかもしれない。
自分がしたことも。
自分が先程までしようとしていたことも。
何故“俺”が質問したのかも。
先程のオレンジ色の少女ではない。
かといって、転生してきた“俺”とやらの人格すら、まともに残っているようには見えない。
自分にも、ソレにも、掻き毟りたくなるような嫌悪が湧く。
いや。
もう嫌悪なんてものじゃない。
憎い。
“俺”が間違っていた。
魔力がどうとか。
死ぬのが怖いとか。
そんなことは、もうどうでもいい。
ただ気持ち悪い。
背筋を蟲に這われ、身体の内側まで侵されていくような、冒涜的なものへ向ける憎悪。
だから、そう。
強いて言うなら――
「……殺す!」
“俺”はコレを、一秒でも早くこの世から消す。
いや。
消さなければならない。
見ているのが辛い、と。
そんな声が、聞こえた気がしたから。
突然動き出した“俺”に、ソレは面食らったようだった。
だが、すぐに反応する。
手を翳した瞬間、再び身体が引き寄せられていくのを肌で感じた。
馬鹿な話だ。
その力を、今度は甘んじて受け入れる。
もう逃げる気もない。
引き寄せられる勢いすら利用し、ソレが反応するより早く剣を振るう。
だが、斬った感触はない。
硬いはずの金属の刃が、ソレへ触れた部分から削り取られ、半分ほどの長さになっていた。
突然剣を叩きつけられたことには驚いたようだが、自分が斬られる心配など最初からしていないのだろう。
すぐに気にした様子もなく、ニチャリと気持ち悪く笑う。
そして、“俺”へ向かって手を伸ばしてきた。
触れれば消える。
さっき、“俺”の腕がそうなったように。
それでも、もう後ろへ逃げる距離はない。
絶体絶命にも思える距離。
ゆっくりと引き延ばされたような体感時間の中、“俺”はナニカに従うようにソレの腕を掴んだ。
そして、そのまま握り潰した。




