第十一話 『転生者』
「どう考えてもおかしかったぞ、あいつ」
先程転移させた、新しく加わった暫定仲間のことを指して、己の上司に告げる。
「そうだね。頭がおかしいし、再生がどう考えても速すぎだね?」
おそらく同じ感想を抱いたであろう上司の反応には、少し含みがある。
とはいえ、もったいぶった態度はいつものことだ。
ようやく治った脚で立ち上がる。
「俺も自分の負傷を前提にすることはある。でも訓練でやることじゃない。頭に血が上ったってわけでもなさそうだしな」
マシロの方を見るが、これも答える気はなさそうだ。
わざわざマシロが訓練にまで関わるのだから、あいつについて何か知っているはずだ。
「アレがあいつの能力……か?」
いくら魔石以外の傷が治る転生者とはいえ、異常な速度の回復。
いや、アレはもう再生と言っていい。
それが目をかける原因なのかと探ってみる。
「『再生』はもういるはずだが……?」
少なくとも、『再生』の彼の能力はそうとしか説明のしようがない。
「再生とは限らないよ? 加速とかの能力で、治るのを速くしているのかもしれないよ? まだなんとも言えないね」
「無自覚っぽいのが厄介だな。そういえば、なんで俺の能力のこと話したんだ」
知られてどうにかなる能力ではないが、知られない方が良いのも間違いない。
咎めるように見つめる。
あらかじめ予測していたのか、マシロは肩を竦める。
「ん?まぁ、大事なことは言っていないし、そもそも君のせいと言えるのでは?」
それを言われると二の句が継げない。
咄嗟だったとはいえ、転移を使ったのは間違いだった。
「まぁ、こっちにも色々あるからね? アレとかアレとかね?」
アレとはなんだ、と思う。
だが、どうせ聞いても無駄なのだろう。
思わせぶりなことを言うのは、コイツの沢山ある短所のうちの一つだ。
「そういうのは、お前らの中だけにしろ」
大勢と思考を『共有』している奴を相手にする身にもなってほしい。
今、誰が喋っているのかすら分からないのだ。
「それより、なんで魔獣が出てこなかったんだ?」
一応警戒はしていたが、姿を見るどころか気配すらなかった。
「んー、当面は出現すらしないんじゃないかなぁ?」
「は……!?」
ビッグニュースどころの騒ぎではない。
俺は登塔家ではないが、それがどれほどのことかは分かる。
確か、そもそもの登塔家の大義名分が『人類の領土を増やす』という話だったはずだ。
誰も知らないところで、解決していた。
「……おいそれ」
「……んー。説明も面倒くさいし、考えたいこともあるし、帰ろうか」
言葉が出なくなるとは、まさにこのことだ。
だが、どうせ何を言っても無駄なのだろう。
幾許か慣れた、ある種の諦めを抱えながら塔を出た。
**************
「やっぱ美味いなぁ……」
ブルーハワイに浸けたような、冒涜的な色をした肉と脂肪の塊。
ジュネーの唐揚げを口へ放り込む。
何度食べても美味しい。
「ふふふ、気に入っていただけましたか!?」
机をドンと叩かんばかりの勢いで、オレンジ色の髪が特徴的な女性店員が人懐っこい笑みを浮かべながら話しかけてくる。
「あぁ……はい」
とにかく勢いが凄まじい。
グイグイ来るタイプには、若干気後れしてしまう。
「どうしたんですか!? 今にも死にそうな顔をしていますけど!?」
「……縁起悪いな!?」
思わず口から出た。
登塔家に言う言葉ではない気がする。
なんなら、一度死んだ“俺”に対しては笑えない。
「ふふふ……ようやく笑ってくれましたね?」
女性は満足そうに笑う。
「前に来た時から気になってたんです。私、この店が大好きで!! この店ではみんな笑って楽しんでほしいですからね!」
「いや……けど今のは苦笑いですよ?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をするオレンジ髪の女性に、こちらもどんな表情を向ければいいのか悩む。
「……笑顔ならオッケーです!」
随分と判定は雑らしい。
苦笑が少し深くなる。
だが、なんと言えばいいのか。
…とても落ち着く。良心がチクリと痛むが、この女性は悪くない。
表情をどうにか整える。
「対面、失礼しますね?」
良いとも駄目とも言う前に椅子を引いたかと思えば、堂々と座る。
まぁ、別に拒否する理由もない。
「失礼ですけど、仕事中では……?」
「ちょっとなら大丈夫です!でも相談があるなら聞きますよ!!お仲間のことですか!?彼女とか!?家族のこと!?そういえば前回、綺麗な女性と男性と来ていましたね……!そのどちらかと……いえ!三角関係ですか!?そうなんですね!?」
趣味全開の質問の嵐に加えて、大音量の声。
ツッコミどころは色々ある。
「彼らとは……そう……仲間です。ただの仲間」
そう言って良い…良いわけもないのだが。
他に良い説明は思いつかない。
「そうですか……もっとこう、あるかと思いました」
シュン、と見て分かるほどテンションを落とす姿に、謎の理不尽さを感じる。
そういえば、まだ聞いていないことがあると思い出した。
「そういえば……」
「遊んでないで早く注文取ってこい!」
厨房の方から、“俺”の声を掻き消すほどの怒号が聞こえてきた。
「あ、やば。すいませーん! すぐ参りまーす!」
それほど混んでいない店内を、忙しそうにパタパタと走っていった。
「まぁ……別にまた聞けば良いか」
どうせまた来る予定なのだ。
勘定を済ませて外へ出る。
外気に触れると、じっとりとしている。
気温は程よく生温かい。
そんな大気に触れながら、石畳の上を人混みを避けて歩く。
ここら辺は、やはり登塔家が多い。
現代ならヤの付く職業を連想するような形相の人や、“俺”と同じくらいの年齢の若者が、武器を抱えて歩いている。
特に当てもなく、適当に時間を潰そうと出てきた。
……部屋にいると、モーブやアイリーンが来るかもしれないからだ。
周囲を見渡していると、少し先に、そこにいてほしくない人物がいた。
頭だけが剥き出しになった鎧。
肩より長い金髪に、赤い瞳。
アイリーンである。
「何やってるんだ……?」
道路の隅で誰かと話しているようだが、人混みが邪魔で相手の姿までは見えない。
見に行こうと思えば行ける。
だが、わざわざ行くような用事があるわけではない。
そもそも、あまり関わりたくない。
見なかったふりをして雑踏へ紛れ込もうとした、その時。
肩を掴まれた。
割とがっしり掴まれて、人違いは通じなさそうだ。
「アル、なんで逃げるの」
後ろを見ると、アイリーンが少しムッとした表情でこちらを見ている。
見つかった。
もう逃げることもできない。
「……いや、お取り込み中みたいだったから……」
“俺”は関係ないです。知らないです。
そんなスタンスである。
表情に出ていたのか、肩を掴む力が心なしか強くなった気がする。
その後ろから、いつの間にかアイリーンの会話相手も顔を出した。
「やぁ、また会ったね?」
会話の相手はマシロだったらしい。
どこにでもいるな、コイツ。
しかし女子トークというやつだったのか。
少し前に見た時は険悪そうだったが…いつの間にか仲良くなったのだろうか?
「……こんにちは、マシロ……さん?」
つい先程までは崩して話していたが、“僕”としてならどう接するべきか。
悩んだ挙句、敬語になる。
「安心しなよ。ただ今後の擦り合わせをしていただけだからさ」
短すぎる付き合いでも分かる。
コイツ、碌なことをしないタイプだ。
そう薄々察している身としては、安心などできない。
「そうですか……そういえば、次の登塔はいつになるんです?」
一応、都市防衛隊の協力者という名目だった気がするので、話題を振る。
「それが大問題があってね? なんと一層から魔獣がいなくなっていたんだ。その調査にてんてこ舞いさ」
「は……」
いや、絶句もする。
登塔家のお題目だった、人類の居住地の確保。
「いや、なんで……?」
多分、みんな思うことである。
「……その調査に付き合えって」
アイリーンが不満そうに補足する。
「それは良いと思うけど……」
訝しむようにマシロの方をチラリと盗み見る。
目が合うと、にこやかに微笑み返された。
正直、めちゃくちゃ胡散臭い。
「都市防衛隊の他の人って、呼んだりしないんですか……?」
「そうだね。もう一人くらい呼ぼうかな? ヴィルって子なんて良いんじゃないかな?」
めちゃくちゃ知ってる人じゃん。
あいつも一応そうだったのか。
ということは、あの執事服は趣味……?
本人に伝えたらどこかへ飛ばされそうなことを考えながら、適当に話を合わせる。
「へ、へぇ~。都市防衛隊の方なら頼もしいな~」
「ん」
アイリーンが同意している姿を見て、マシロはくすくすと笑っている。
コイツ、絶対楽しんで言ってるだろ。
そう思うが、どうにか取り繕うしかない。
「後日また日取りを教えるよ。そうだ、私はここら辺で失礼するよ。仕事があるからね」
嘘か誠か。
ひらひらと手を振りながら、雑踏へ消えていった。
色々と疑問は尽きないが、マシロはもう見えなくなったし、アイリーンには聞きづらい。
「なんだったんだ……?」
相変わらず、よく分からない奴だ。
マシロが立ち去ったのをそれとなく見送っていると、アイリーンが切り出す。
「じゃあ、私もこれで」
「あぁ、うん。それじゃ」
曖昧なまま、アイリーンとも別れる。
結局、二人はどういう経緯で出会ったのか。
まぁ、“俺”も偶然だったし、あの二人も偶然だったのだろう。
「どうしよ……」
雑踏を特に当てもなく歩くと、そこはかとなく落ち着く。
“俺”が人間で、自分が異物ではないと思える。
「はぁ……」
何か行動していないと、すぐネガティブな方へ流れる悪癖。
“僕”の癖なのか、“俺”が新たに獲得した癖なのか。
少なくとも、こうなってからはずっとそうだ。
「……飯屋にでも行くか」
さっき店を出たばかりだが、少し寂しい気持ちになる。
……というか、“俺”はずっと塔か飯屋にしか行っていない。
「でも、あそこ楽なんだよな……」
誰も“僕”を知らないからだ。
あそこのオレンジ髪の店員も、客も。
誰も“俺”を“僕”として見ない。
それがきっと、たまらなく楽なのだろう。
「まぁ、聞きそびれたこともあったしな……それのため、それのため」
正直、質問の内容なんてどうでも良い。
それでも、行きたくない理由も特に思いつかない。
それとなく店の方角へ足を向け、雑踏を掻き分けていく。
シックな店の外観がすぐに見えてくる。
何度か見た風景だ。
「いらっしゃいませー! って、アレ? 忘れ物ですか?」
元気なオレンジ髪の店員が出迎えてくれる。
だが、こちらは答えに窮した。
「あー、いえ……その……」
言いかけて、澱む。
冷静に考えてみればおかしい。
ただ単に、
このオレンジ髪の少女の名前、知らないなぁ。
流石に失礼かなぁ。
そう考えていただけなのに。
わざわざ店にまで戻ってくるのは――そう、完全に変な人だ。
というか、ナンパだと思われる可能性すらある。
完全に失念していた。
「……?」
不思議そうな顔で見つめてくる。
だが、何か合点がいったような顔になったかと思うと、すぐに花が咲くような笑顔を浮かべた。
「なんだぁ~、まだ食べ足りなかったんですね? すぐ用意するので待っててください!」
「あ、いえ! そういえば名前をお伺いしてなかったなぁと。“僕”は……いや、“俺”は、そうですね……」
少し気持ち悪い自覚はある。
あたふたと焦っている“俺”を見て、目の前のオレンジ髪の少女はクスリと笑う。
「なんですか? 急に?」
少し笑みを浮かべながらも、困惑した様子を見せている。
だが、すぐにその困惑を消して、満点の笑みを浮かべた。
「名前……ですっけ? えっと……私の名前は――ゴホッ……」
話の途中で、胸を苦しそうに押さえて床へ座り込む。
「大丈夫ですか!?」
周囲の数人も異変に気づいたのか、店内の喧騒が止まり、こちらへ不審げな視線が集まる。
深刻な病気か。
あるいは怪我が原因か。
そう思った“俺”もすぐに駆け寄り、水魔術で治癒しようとする。
だが。
オレンジ髪の少女は勢いよく顔を上げた。
そして、“俺”の耳に飛び込んできたのは――
「痛ってぇぇぇぇ! どこだ! どこだよここ!?」
日本語だった。




