第十話 訓練と本番?
「ルール決めようか。魔石に対しての攻撃と、能力はアル君が使えないから無し。魔術はアリで」
愉快そうにヤジを飛ばすマシロを見て腹立たしく思うが、一旦捨て置く。
相手がどんな武器を使うのか、どんな魔術を使うのかも分からないため、まずは距離を取った。
先程も徒手空拳で攻めてきていたが、武器を使うつもりはないらしい。
ルールは一応守ってくれる、ということだろうか。
「ここ、魔獣の領域だから争うのはちょっと不味いんじゃないかなぁって……」
懸念点を掘り下げ、どうにか戦わなくていい方法を模索する。
「それなら大丈夫だよ。魔獣は出ないから」
見ているだけかと思えば、対策は当然しているらしい。
「ヴィルさん? えっと、お手柔らかに? お願いします……致しますね?」
慣れなさすぎる敬語をかますが、ヴィルは“俺”ではなくマシロの方をじっと見つめている。
「計算済み……か」
そう呟くとこちらに向き直り、ボクシングのようにしっかりと構える。
どうやら戦うのは、彼の中では既定路線らしい。
手を抜くことも考えたが、そういうのを許す性格には二人とも思えない。
ヴィルは不明だが、“俺”は魔術の有無を問わず、格闘戦については全くと言っていいほど知見がない。
アルの記憶にも魔獣の倒し方はあっても、対人格闘術の記憶などほとんどない。
さっきのマシロとの模擬戦を考えると、素人と経験者がまともに殴り合えば、間違いなくこちらがやられる。
なら、少なくともアルの記憶にある魔術を使わなければ可能性はない。
そう思い至ると、木々を障害物にするため、ヴィルに背を向けて森の奥へ走る。
「逃げるな!!」
耳元でそう聞こえた――かと思った瞬間。
背中に衝撃を感じ……ることはなく、代わりにヴィルが木へ叩きつけられる音を追い風に、そのまま走り去った。
「フッ……バカめ!」
小物のような捨て台詞は言わない方が良かったかもしれない。
会話中にこそこそと作っておいた水流の奇襲で距離を取り、木の陰へ隠れる。
特にここからの具体的なプランがあるわけではない。
精々、木々を遮蔽物にして相手の出方を見極めようぜ、程度の考えだ。
水魔術は性質上、攻撃より防御の方が取れる手段が多い。
ヴィルはすぐに体勢を立て直し、油断なく森を見回している。
だが、先程の奇襲が効いたのか、あるいは罠を警戒しているのか、木々の間へ入ろうとはしていない。
「膠着状態は流石にな……」
チラリとマシロの方を見る。
焚き付けた本人は、ニヤつきながらヴィルの方を見ていた。
ふと、何か言葉にできない違和感を覚える。
周囲を見るが、変わらずヴィルは立っているし、森も変わらず鬱蒼と茂っている。
そして、違和感の正体に気づいて身構えた。
「風か……?」
試しに水魔術で、霧吹きのように掌から細かな水を出す。
水滴は目に見えて、ヴィルのいる方向へゆっくりと流れていった。
ヴィルが手を動かしたかと思うと、木々の枝葉の悲鳴が聞こえ始める。
風がヴィルを中心に渦巻いていく。
身体が横へ引っ張られるほどの突風が吹き抜け、咄嗟に全身へ魔力を通して堪える。
「風魔術か……?」
能力は禁止と言っていた。
未だに転生者特有の能力がどういうものなのか、マシロのものしか見ていない以上、具体的には分からない。
だが、十中八九これは風魔術だろう。
顕現したのは、小さな竜巻のような風の流れ。
幹を折るほどではないものの、枝葉や小石を巻き込みながら勢いを増していく。
巻き上げられた物に当たらないよう、木を盾にできる位置へ移動する。
だが、このままではジリ貧なのは間違いない。
身体に魔力を込めておけば、小石程度で削られることはないだろう。
しかし、相手もそれくらいは織り込み済みらしい。
証拠に、所々で雹のような氷の塊が木へめり込んでいる。
当たって無傷、ということはあるまい。
流石に手加減してくれていると信じたいが、正面から行けば泥と葉に絡まれ、雹に身体をじりじり削られる。
そんな嫌な予想が脳裏を掠める。
「普通に考えるなら、地面からか……上からか」
生憎、地面を潜航できる気はしない。
必然的に上しかないと判断し、身体へ魔力を通して、木を伝いながら上へ上へと跳ねていく。
「慣れないな……」
慣れるべきことなのだろう。
だが、硬そうな幹へ人間の指が突き刺さる様子には慣れないものがある。
触感と見た目が、あべこべである。
それで言えば、“俺”も外見と内面があべこべと言えるのだが。
今の竜巻は三、四メートルくらいか。
竜巻より高い位置まで登り、高所恐怖症じゃなくて良かった、と少し安心しながら木を蹴る。
そのまま竜巻の中心へ飛び込んだ。
地面の方から迫ってくると錯覚するほどの速度で落下する。
「やべっ……」
落下のことを普通に忘れていた。
いや、勿論考慮はしていた。
木から木へ平気で乗り移れるなら大丈夫だろうと、甘く見ていた程度の浅慮である。
実際に地面が迫ってくると、すごく怖い。
周囲の枝を握ろうとして、先程枝を折った経験を思い出す。
身体強化をすると重くなるというなら、適当な枝を掴んでも一緒に落ちるだけ。
かといって、素の身体能力では無茶、無理、無謀の三連無である。
そもそも今は竜巻の上だ。
手を伸ばせる位置に都合の良い枝もない。
地面を見下ろし、今更ながら落下の恐怖を思い知らされる。
中心へ向かって落ちているのであれば、当然ヴィルもいるはずだ。
どうにかする方法は二つ考えられる。
一つ目。
ヴィルに受け止めてもらう。
彼はまだ気づいていないようだが、落下中に叫ぶなりすれば気づいてくれるはずだ。
二つ目。
このまま重力君に全てを任せ、逆に全身へ全力で魔力を込めてヴィルへぶつかりつつ、無事に着地できることを祈る。
「二つ目かなぁ……」
落下までの時間では、水のクッションを作ろうにもそこまでの効果は期待できない。
一つ目は、そもそも普通に避けられそうだ。
失礼ながら、そこまで優しいようには見えなかった。
天命に祈るしかない。
身体へ魔力を通し、落下と直撃に備える。
身体にかかる重力に従って落下しながら、藍色の頭が眼前へ迫った瞬間。
再び違和感に気づいた。
ヴィルが動いていない。
肉っぽくない…そうとでも言えばいいのか。
安っぽいマネキンのように見える。
だが気づいた時にはもう遅い。
落下の勢いのままヴィルへ蹴りを叩き込むと、その身体は薄いガラスのように砕け散った。
大地へ足がつく直前、マシロの言っていたことを思い出して、足元の地面にも魔力を流す。
かなりの高さから落ちたにもかかわらず、身体には何の違和感もない。
身体強化と同じ要領で地面まで強化したからか、今度は土へめり込むこともなかった。
一瞬だけ硬くなって、すぐ柔らかくなる。
踏み込みの瞬間だけ固めれば十分だ。
そのまま勘に従い、膝を曲げて全力で前へ転がり、着地点から距離を取る。
マネキンを砕いた瞬間、竜巻は瞬く間に消え去った。
そして、ついさっきまで“俺”がいた地面から氷柱が突き出し、その隙間からヴィルが姿を現す。
自身の勘が正しかったことを知った。
「よく避けたな」
犯人なりの賞賛なのだろうか。
「えげつねぇ……」
これは、ある意味被害者からの賞賛である。
これ見よがしな竜巻で姿を隠して、自分はデコイを置き、地面へ潜航。
そして落下の直後を狙って氷柱で〆。
この分だと、地下から行けば周囲の地面ごと氷漬けコースだったのかもしれない。
上から行っても氷柱。
下から行っても氷漬け。
現状を整理する。
相手が使えるのは、今のところ火魔術と風魔術。
手札はまだまだあるかもしれない。
一方、“俺”が使えるのは水魔術のみ。
身体能力で優勢かどうかも不明。
水魔術の治癒に関しても、転生者には再生がパッシブでついている。
耐久力で有利とも言い切れない。
そもそも水魔術はサポート寄りだ。
つまり、シンプルに不利。
「もしかしなくても、近づかなければ勝ち目ないかな」
先程捨てた可能性が、再び頭に浮かぶ。
格闘戦なら最悪、死ぬことはないのではないか、というのもある。
少なくとも氷柱に刺されることはない。
……と、信じたい。
深呼吸をして息を整える。
この世界では、どれだけ弱そうな一撃でも、込められた魔力次第で必殺になり得る。
そのことを脳へ叩き込み、ヴィルへ向かって駆け出した。
その勢いのまま拳を握り締め、ヴィル目掛けて振りかぶる。
かなりの速度は出ていたと思う。
だが、ヴィルが僅かに身体を後ろへずらしただけで、拳は空を切った。
完全に無防備になった“俺”の身体へ、ヴィルの蹴りが横薙ぎに振るわれる。
他人の足が身体へ沈み込む感覚。
直後、視界が二転三転した。
そして、近くの木へ吸い込まれるように突っ込んでいく。
木に叩きつけられるのは、正直そろそろ慣れてきた。
叩きつけられた先で、どうにか意識だけは残っている。
だが、肋骨が折れ、肺へ刺さってしまったらしい。
息を吸い込もうとしても、口から勢いよく血が溢れてくる。
肺の中に何かが刺さっている、と身体が異物感を訴えていた。
しかし、吐血して呼吸困難になっているにもかかわらず、意識は鮮明だ。
息苦しさすら、僅かにしか感じない。
人間なら間違いなく致命傷。
そのまま絶命コースである。
喉の奥から止めどなく溢れていた血の量が、少しずつ減っていく。
身体へ刺さった肋骨も、体内で勝手に元の場所へ戻っていく。
そんな気色の悪い感覚を覚えながらも、数秒後には先程までの致命傷が、口の中に鉄の味を残すだけとなった。
「大振りは、そりゃ当たらないか……」
素人のテレフォンパンチが経験者には当たらない。
そう聞いたことはある。
主に漫画などで。
だが、ヴィルは追撃してこない。
蹴り飛ばした位置から、一歩も動いていなかった。
注意深く視線を向ける。
すると、先程までとは違うものが見えた。
僅かな驚き。
そして、多分に警戒を含んだような視線。
「……何でだ?」
この窮地……と言って良いものか。
それを切り抜けるヒントがあるのではないか、と考えるが、自身を納得させられる理由が思いつかない。
考えても仕方ない。
そう思考を切り上げようとした時、再び風の流れを身体で感じ取った。
五感で風の向きを確かめた途端、言いようのない不安に駆られる。
風上へ向かって走り出した。
即ち、ヴィルのいる方向である。
二歩ほど踏み出した瞬間、ようやく思考が追いつく。
「向かい風かよッ!」
風速がどれくらいかは知らない。
だが、ただ前へ進むだけでも、魔力で身体を強化してなお苦心するほどの突風。
そこへ時折、葉や枝。
氷塊。
果ては石までが視界いっぱいに飛び込んでくる。
それらをギリギリで避けながらヴィルの前方へ滑り込み、自身の勘が正しかったことを知る。
「やっぱり、こいつの近くだけ風が弱い……!」
自分自身が吹き飛ばされないためなのか。
あるいは体勢を崩さないためなのか。
理由はどうでもいい。
少なくとも、風除けの代わりにはなる。
流れに任せ、そのまま抱きつくように掴みにかかった。
伸ばした両手は当然のようにひらりと避けられ、逆に両腕を掴まれる。
だが、読んでいた。
――もとい、最初から上手くいくとは信じていなかった。
“俺”は左脚に隠していた水魔術を放つ。
自分の脚ごと貫通させた。
それどころか、貫通させる場所の周囲を魔力で強化。
自分の身体でさらに圧縮させ、ヴィルの右脚へ突き刺す。
文字通り突き刺すような痛みが左脚を走るが、覚悟していたことなのでどうにか我慢する。
「……!」
想定外の攻撃に、ヴィルも魔力による防御が間に合わなかったらしい。
明らかに驚いている。
だが、元々転生者は痛みの感じ方が違うのか、お互い痛みだけでは止まらない。
ヴィルは掴んでいた“俺”の腕を素早く離す。
自身へ刺さった水を風魔術で散らし、火魔術で凍らせる。
そして刃のようになった氷を、“俺”の顔目掛けて突き出してきた。
だが、体勢が崩れた状態での攻撃だったからか、氷は頭蓋骨で止まった。
その感触を確認する。
“俺”は自由になった手を横薙ぎに振るう。
こちらも踏ん張りが利かないせいか、ヴィルを仰け反らせるだけに終わった。
それでも離すまいと、殴りつけた手でヴィルの服を掴む。
そのまま引き寄せる。
無防備になった首筋へ噛みつく――
という幻想が見えた。
次の瞬間。
視界そのものが切り替わったかのような感覚と共に、眼前にはヴィルのいない木々だけが並んでいた。
驚愕したまま、“俺”の歯が誰もいない空間で噛み合わされる。
「は……!?」
嫌な予感がした。
塞がり始めている左脚で踏ん張り、後ろを振り向く。
だが、踏ん張りきれずに姿勢を崩した。
その視線の先で、氷柱が構成されていく。
そういえば今更だけど、勝利条件聞いてないじゃん……。
そう思う暇もなく氷柱が発射された。
だが、どこからか飛んできた火球が氷柱を掻き消す。
「能力使うのは禁止って言ったけどね?」
「チッ……」
不機嫌そうに舌打ちする。
氷柱を支えに片膝をついていたヴィルも、大人しく動きを止めた。
危なかった。
「……今のが固有の能力ってやつか?」
景色そのものを差し替えたような、あの瞬間移動。
あれが能力なのか。
いよいよ何でもありになってきた。
「そうさ。あれがヴィルの能力、『転移』だよ」
何を勝手に話しているんだ、と言わんばかりにヴィルがマシロへ憎々しげな視線を向ける。
だが、マシロは素知らぬ顔で流していた。
「勝負は引き分けってところかな。お互いルール違反だしね……先に破ったアル君の方が負け寄りかな? 再生頼りはダメって言ったでしょ?」
「うぐ」
訓練の目的が完全に崩壊している。
正体がバレないように戦うための訓練だったはずなのに、意識もせず再生頼りになっていた。
「でも、善戦はしてたよ」
ぱちぱちと拍手される。
あんまり嬉しくはない。
一応、引き分けまで持ち込めただけ上々だろうか。
既に治りきった脚で立ち上がる。
「疲れた……帰るけど良いよ……な?」
「そうだね。帰ってくれて構わないよ。御苦労様。じゃあ、ヴィル」
「お、送ってくれるのか」
魔獣が先程出なかったとはいえ、一人で帰れと言われたらどうしようと思っていた。
どうやら送迎はしてくれるらしい。
露骨に面倒そうな顔でヴィルが歩いてきて、“俺”へ手を触れる。
何だ、と不思議に思った瞬間。
景色が一瞬で切り替わった。
気がつけば、見慣れた“僕”の部屋に立っている。
「……便利だな!」
色々と言いたいことはあった。
文句もある。
だが、それら全てを押し退けて真っ先に飛び出したのは、そんな言葉だった。
なんか きみ たのしそうだね




