第29話 若旦那、子どもの小腹は裏切れない
朝の茶屋は、不思議と子どもが集まる。
団子が目当ての子。
猫待ち台のしるべを見に来る子。
豆助の頭を撫でたい子。
理由はそれぞれだが、気づけば店先は朝の小さな集会所になっていた。
その日も、おみつを先頭に五、六人の子どもが並んでいた。
「若旦那ー!」
「おはようございます」
「今日は、おいなりある?」
「あります」
「卯の花は?」
「少しだけ」
子どもたちが顔を見合わせる。
「卯の花って、おいしいの?」
その質問に、私は少し考えた。
うまい。
でも、それだけでは足りない。
「お腹が、ほっとします」
すると、おみつが胸を張った。
「ほんとだよ!」
「昨日ね、おっかあが『今日は疲れた』って言ってたから、卯の花あげたら笑った!」
「そうなんですか」
「うん!『懐かしい』って!」
私は少しだけ嬉しくなった。
味は、時々時間を運んでくる。
人参でもなく。
おからでもなく。
昔の台所を。
昔の家族を。
昔の夕飯を。
「若旦那!」
今度は男の子が聞いた。
「なんで卯の花って名前なの?」
私は答えようとして止まった。
その横で、お滝が鍋を混ぜながら言った。
「白くて小さい花が咲く木があるんだよ。」
「花?」
「そう。派手じゃないけど、よう咲く花さ。」
子どもたちは「へぇー」と声をそろえた。
説明が短い。
でも、十分だった。
子どもに必要なのは、全部の知識ではない。
続きを知りたくなる入口だ。
その時、しるべが猫待ち台から飛び降りた。
子どもたちの間を、するりと歩く。
「しるべー!」
追いかける。
追いかけられる。
そして、しるべは茶屋の前でぴたりと止まり、おいなり包みの札の前に座った。
「また宣伝してる」
お鈴が笑った。
「本人に自覚はないと思いますけど」
「看板猫って、そういうものかもしれませんね」
茶屋の主人も笑う。
「働いてないようで、一番客を呼んでる。」
しるべは、にゃあと一度だけ鳴いた。
否定もしない。
肯定もしない。
猫という生き物は、本当に商売がうまい。
そこへ、豆腐屋の甚八さんが桶を抱えて歩いてきた。
「若旦那!」
「おはようございます!」
「今日は豆がいいぞ。」
「ということは」
「油揚げも少し多めにできた。」
茶屋の主人の顔が明るくなる。
だが、甚八さんはすぐに続けた。
「だからって倍にはならん。」
「もちろんです。」
「朝は朝だ。」
「はい。」
もう合言葉みたいになっている。
豆腐屋の朝。
魚屋の朝。
茶屋の朝。
青柳屋の朝。
それぞれの朝を守って、町は昼になる。
子どもたちは、おいなり包みを頬張っている。
その横で、卯の花を少しだけ食べる。
「なんかね」
おみつが言った。
「おいなりが遊びなら、卯の花は『おかえり』って感じ。」
私は思わず笑った。
子どもの言葉は、ときどき大人より真ん中を射抜く。
遊び。
おかえり。
たしかにそうだ。
おいなり包みは、持って歩きたくなる。
卯の花は、座って食べたくなる。
役目が違う。
どちらも必要だ。
前世の私は、役目が違うことを、優劣だと思っていた。
派手な人が上。
地味な人が下。
売れる商品が上。
残る商品が下。
そんなことはなかった。
腹を満たすもの。
心をほどくもの。
人を笑わせるもの。
全部、役目が違うだけだった。
昼前、若葉が花街から顔を出した。
「若旦那さん。」
「若葉さん。」
「昨日、白菊姉さんが言ってました。」
「何と?」
「『卯の花は、お腹だけじゃなく、心の化粧直しにもなるね』って。」
私は少し黙った。
白菊さんらしい。
派手な言葉ではない。
でも、あとからじんわり残る。
化粧は人に見せるもの。
卯の花は、自分を戻すもの。
どちらも必要なのだ。
夕方、帳場で今日の帳面を書く。
子ども、卯の花を知る。
甚八、豆よし。
若葉来店。
白菊殿、「心の化粧直し」と評す。
しるべ、本日も勤務実績なし。
……いや。
最後の一行を書いて、私は筆を止めた。
勤務実績なし。
本当にそうだろうか。
今日もしるべは、子どもを笑わせた。
茶屋へ人を呼んだ。
若葉も撫でて帰った。
働き方には、帳面に載らないものがある。
藤兵衛が帳場の向こうで、小さく笑った。
「若旦那。」
「はい。」
「しるべ殿の勤務実績、訂正しておきましょう。」
「何と書きます?」
藤兵衛は筆を走らせた。
――本日も、町を少し和ませる。
私は思わず吹き出した。
そのくらい曖昧な仕事が、この町には案外たくさんある。
どうせ一度死んだ身だ。
今度は、数字にならない働きも、ちゃんと見つけられる人でいたい。




