第23話 若旦那、余った酢飯を油揚げに詰める
とろけ腹身が売り切れたあと、青柳屋の台所には酢飯が残っていた。
寿司は売り切れた。
腹身もない。
茶屋では「明日もあるのか」と聞かれ、魚屋の親父は妙に得意げで、しるべは腹身の端を食べて満足そうだった。
そして、酢飯だけが残った。
米。
酢。
塩。
少しの甘み。
それはもう、ただの米ではない。
だが、寿司でもない。
この中途半端な状態が、妙に心にくる。
前世の冷蔵庫にも、こういうものがよくあった。
カレーはないのに、ご飯だけある。
パスタソースはあるのに、麺がない。
餃子のタレだけ残っている。
納豆のからしだけ、なぜか三つある。
ある。
たしかにある。
でも、今ほしい形ではない。
人生には、そういう余り方がある。
「若旦那」
お滝が、しゃもじを持ったまま言った。
「この酢飯、どうするんだい」
「どうしましょう」
「捨てるには惜しい」
「はい」
「でも、このまま明日まで置くには、ちょいと味が落ちる」
「はい」
「若旦那、考えな」
来た。
お滝の無茶振りである。
台所の師匠は、時々こちらをまな板に乗せてくる。
私は酢飯を見た。
寿司には魚がいる。
魚はもうない。
ならば、魚がなくても寿司っぽくなるもの。
酢飯を受け止めてくれるもの。
包めるもの。
その瞬間、脳内にひとつの形が浮かんだ。
茶色い袋。
甘辛く煮た油揚げ。
そこに詰まった酢飯。
いなり寿司。
前世のスーパーの惣菜売り場で、ひっそり安定感を放っていた存在。
主役ではない。
でも、あると嬉しい。
助六寿司の片側。
巻き寿司と並んで、静かに座っているあの子。
私は思わず口を開いた。
「油揚げは、ありますか」
「油揚げ?」
お滝が眉を上げる。
「あるよ。豆腐屋からもらったのが少し」
「それを甘辛く煮て、酢飯を詰めます」
「詰める?」
「はい。袋みたいにして」
お滝は少し考えた。
それから、にやりと笑った。
「ああ、狐の飯みたいなやつか」
「狐の飯」
「油揚げは狐の好物って言うだろう」
「なるほど」
この世界にも、その感覚はあるらしい。
よかった。
だが、私の前世の中のスーパー惣菜担当が、静かに手を挙げている。
それは、いなり寿司です。
おいなりさんです。
ただし、この町ではまだ名が定まっていない可能性がある。
名づけ。
また名づけである。
最近の青柳屋、命名業務が多すぎる。
「若旦那、また何か始めるんですか」
小春が台所を覗いた。
手には、しるべ布用の端切れを持っている。
「余った酢飯を、油揚げで包もうかと」
「包む」
小春の目が少し光った。
仕立て屋の娘である。
包む、という言葉に反応する。
「布も、飯も、包むと少し持ちやすくなりますね」
「そうです」
言われて気づいた。
いなり寿司は、持ちやすい。
箸がなくても食べられる。
子どもにも渡しやすい。
職人の昼にもいい。
茶屋で出しても、草餅の横に置ける。
しかも、昨日のとろけ腹身のような派手さはない。
だが、落ち着く。
祭りのあと粥に近い。
胃袋に「まあまあ座れ」と言ってくる味だ。
「お滝さん、できますか」
「できるよ。油揚げを開いて、甘辛く煮りゃいいんだろ」
「はい」
「ただ、詰めすぎるなよ。破れる」
その言葉が、すでに人生訓である。
詰めすぎると破れる。
米も、袋も、人間も。
前世の私は、予定を詰めすぎて何度も破れかけた。
仕事。
家事。
気遣い。
返信。
何となく断れなかった予定。
全部詰め込んで、最後に自分が裂ける。
油揚げに教わる人生。
異世界、教材が幅広い。
お滝は油揚げを湯に通し、余分な油を抜いた。
それから、醤油と砂糖で甘辛く煮る。
台所に、ふわっと匂いが立った。
懐かしい。
前世の記憶が、いきなり惣菜売り場へ走る。
夕方のスーパー。
値引きシール。
プラスチック容器の助六。
巻き寿司二つ。
いなり三つ。
迷った末に買う。
あの小さな安心感が、いま青柳屋の台所にある。
「若旦那、泣きそうな顔してますよ」
お鈴が言った。
「油揚げでですか」
「はい」
「人は油揚げで泣くこともあります」
「あるんですか?」
「たぶん」
お鈴は不思議そうな顔をした。
小春は少し笑っている。
お滝は、煮た油揚げを冷ましてから、そっと開いた。
「ほら、詰めてみな」
「私が?」
「言い出したのは若旦那だろう」
そうだった。
私は酢飯を少し手に取った。
油揚げの中へ入れる。
慎重に。
慎重に。
破れないように。
しかし、油揚げは思ったより柔らかい。
少し力を入れると、すぐに形が崩れる。
待って。
難しい。
米を詰めるだけなのに、こんなに緊張するのか。
脳内の私が、精密機械を組み立てる町工場の職人みたいになっている。
指先、震えるな。
角を潰すな。
米を欲張るな。
結果、最初のひとつは妙に丸くなった。
いなり寿司というより、ふくらんだ財布である。
「詰めすぎだね」
お滝が即座に言った。
「はい」
「欲が出たね」
「はい」
「若旦那、飯にも欲が出るんだねえ」
「人間ですから」
小春がくすくす笑った。
「若旦那、布を包む時もそうです。中身を守るには、余白がいります」
「余白」
「はい。ぴったりすぎると、動いた時に苦しくなります」
また刺さる。
仕立て屋の言葉は、時々、こちらの内面に針を通してくる。
余白。
そうだ。
青柳屋が最近やっていることは、全部そうかもしれない。
揺れない籠も、雨の日の覆いも、香袋も、猫待ち台も、休み布も。
誰かが少し楽に息をするための余白を作っている。
油揚げの中の酢飯にも、余白が必要なのだ。
私は二つ目を詰めた。
今度は少し控えめに。
形が整った。
お滝が頷く。
「いいじゃないか」
「できました」
「じゃあ、食べてみな」
食べる。
甘辛い油揚げ。
酢飯の酸味。
ほどよい塩気。
魚はない。
トロもない。
なのに、ちゃんとうまい。
派手ではない。
でも、安心する。
これはごちそうというより、帰ってきた味だ。
「……うまいです」
「そりゃよかった」
お滝も食べた。
「いけるね」
小春も一口。
「おいしい。持ち歩けそうです」
お鈴も食べる。
「これ、子どもも好きです!」
そこへ、しるべが来た。
来なくていい時ほど来る。
猫は油揚げの匂いに釣られたのか、台所の入り口でこちらを見ている。
「しるべ、これは駄目です」
私が言う。
しるべは一歩進む。
「駄目です」
もう一歩。
「駄目です」
お滝が笑った。
「油揚げは狐のもんだよ。猫は魚の端で我慢しな」
しるべは不満そうに鳴いた。
猫と狐の縄張り争いである。
いや、台所でやめてほしい。
試作した油揚げ寿司を、茶屋へ持っていくことになった。
とろけ腹身のあとの昼の小さな品として、出せるかもしれない。
ただし、これは魚次第ではない。
油揚げと酢飯があればできる。
つまり、安定して出せる。
ここが大きい。
とろけ腹身は、魚がよい日にだけ。
油揚げ寿司は、余った酢飯がある日に。
毎日ではない。
だが、派手な寿司が出ない日にも、茶屋の昼を支えられる。
茶屋の主人は、一口食べて目を細めた。
「これはいいねえ」
「売れますか」
「売れる。派手じゃないけど、また食べたくなる」
「名前は」
「狐飯?」
茶屋の主人が言った。
「少し野性味が強いですね」
「油揚げ包み」
「そのままですね」
小春が少し考えた。
「おいなり包み、はどうですか」
おいなり包み。
悪くない。
稲荷のありがたさもあり、包む感じもある。
青柳屋らしい。
「採用しましょう」
「また簡単に」
小春が笑った。
「いい名前は、逃がすとどこかへ行ってしまいますから」
「猫みたいですね」
「猫よりは捕まえやすいです」
しるべは茶屋の猫待ち台の上で、まったく関係ない顔をしていた。
茶屋の主人は札を書いた。
おいなり包み
酢飯がある日だけ。
小腹にどうぞ。
いい。
とてもいい。
小腹にどうぞ。
この控えめさが、おいなり包みに合っている。
とろけ腹身が「昼だけ、数に限りあり」なら、おいなり包みは「小腹にどうぞ」だ。
主役ではない。
でも、町の胃袋の端を支える。
最初に買ったのは、昨日とろけ腹身を食べ損ねた職人だった。
「今日は腹身ないのか」
「本日はありません」
「じゃあ、これか」
「はい。おいなり包みです」
「魚は?」
「入っていません」
「寿司なのに?」
「酢飯です」
「ふうん」
職人は少し不満そうに一つ買った。
そして、食べた。
黙った。
もう一つ買った。
「魚がなくても、悪くねえな」
「ありがとうございます」
「腹身の日じゃなくても、これならいい」
その言葉に、私は少しほっとした。
強い商品は、ない日が怖い。
でも、代わりではなく、別の役目のものがあれば、店は続く。
とろけ腹身のない日には、おいなり包み。
派手な日と、地味な日。
どちらもあっていい。
次に、おみつが来た。
「若旦那、これ何?」
「おいなり包みです」
「きつね?」
「狐が好きそうな油揚げに、酢飯を詰めました」
「狐、来る?」
「たぶん来ません」
「しるべは?」
「しるべは猫です」
「知ってる」
おみつは一つ買い、両手で持って食べた。
口の端に米粒がつく。
「おいしい」
「よかったです」
「おっかあにも買う」
「ありがとうございます」
子どもが両手で持てる食べもの。
これは強い。
こぼしにくい。
歩きながらでも食べられる。
小腹にちょうどいい。
青柳屋は呉服屋だが、なぜか小腹のことまで考えるようになっている。
商いはどこまで広がるのか。
少し怖い。
でも、楽しい。
夕方までに、おいなり包みはきれいに売れた。
とろけ腹身ほど派手に騒がれはしない。
だが、買った人が静かに頷く。
そして、もう一つと言う。
その感じが、とてもよかった。
爆発的に売れるものではない。
でも、残る。
町の日常に、そっと入り込む。
そういう食べものだ。
青柳屋へ戻ると、藤兵衛が帳場で待っていた。
「若旦那」
「はい」
「今度は油揚げでございますか」
「はい」
「呉服屋の帳面に、腹身、酢飯、油揚げが並ぶ日が来るとは」
「私も想像していませんでした」
「でしょうな」
藤兵衛は淡々と言ったが、少しだけ口元が緩んでいた。
「ただ」
「はい」
「町の店と店をつなぐのも、青柳屋の信用になっております」
その言葉に、私は少し黙った。
青柳屋は、寿司屋ではない。
茶屋でもない。
魚屋でもない。
でも、魚屋の余りものと、茶屋の昼と、お滝の知恵と、小春の包む感覚をつなげることはできる。
布だけではなく、町の余りものを包む。
それも青柳屋の仕事になりつつあるのかもしれない。
夜、帳面に今日のことを書いた。
余った酢飯。
油揚げで包む。
名、おいなり包み。
茶屋にて小腹向けに販売。
職人、おみつ、購入。
しるべ、油揚げを狙うも失敗。
最後の一行は、必要だろうか。
たぶん必要だ。
しるべは、青柳屋の出来事に必ず混ざってくる。
混ざってくるわりに、責任は取らない。
猫である。
私は筆を置いた。
派手な腹身寿司もいい。
でも、余った酢飯を油揚げで包むような、地味な商いも悪くない。
中途半端に残ったものも、包み方を変えれば、誰かの小腹を助ける。
詰めすぎず、余白を残して。
破れないように。
持ち帰れるように。
どうせ一度死んだ身だ。
今度は、自分の中に残った中途半端なものも、すぐに捨てずにいたい。
何かで包めば、明日の小腹くらいは満たせるかもしれない。
そう思ったところで、お鈴が店先から声を上げた。
「若旦那! しるべが油揚げの包み紙をくわえて逃げました!」
またか。
猫、油揚げ戦争に参戦。
私は立ち上がった。
逃げたのではない。
今日は、おいなり包みの商標と包装を、猫から守らねばならないのである。
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