野外実習
「アリシア様」引退後の四聖の空席は長く、四聖選抜のための恒例のトーナメントが行われるまで1年近くかかった。魔法騎士団No.3と言われていたマウロさんが優勝し、第4席についた。
自分の正体を知る一部の人から「正式に四聖に復活しては」と暗にほのめかされていたのも、これでなくなり、ほっとした。
私も学校の友達と一緒に腕試しを兼ねてトーナメントに出場し、魔法なしの制限を自分に課して、それでも4回戦までは進めた。
そもそも四聖選抜のトーナメントなので、魔法も使わずに出る方が稀で、「魔法が使えない残念な学生、でも女の子の割にはそこそこ剣は立つ」と、今までに聞いたこともない、なめられた評価をいただいた。…筋力強化くらいは使ってもよかったかもしれない。
どうしても腕力の差を解消しきれないのは、魔法頼りになってしまうからだろう。またラファエレさんに鍛えてもらおう。
フェルディは参加しなかったけど、会場に見に来てくれて、勝っても負けてもいいところを挙げて褒めてくれた。
レオナルディさんは準決勝でマウロさんに敗れた。上には上がいる。ちょっと悔しそうにしながらも爽やか笑顔でマウロさんと握手する姿に、女の子たちがキャーキャー言っていた。
魔法騎士団を目指す学生も多く参加していて、少し友達ができた。
後から聞いた話では、このトーナメントで上位になると、魔法騎士団への推薦もあったらしい。惜しいことをしたけれど、前回のトーナメントのようにうっかり本気の魔力を出してしまったら、魔法騎士団どころか四聖返り咲きになってしまう可能性もないとはいえなかった。
家としても、私自身の意向も、四聖復活はあり得ない。少しは頭を使わないとまた兄に「ばかだ」と言われてしまう。
あと1年で卒業という頃には、地を這うようだった成績も何とか平均的なところ、中の上?には届くようになっていた。
自分の努力、というより、普通に授業を聞いて、フェルディや友達にわからないことを聞くようにしたら、テストに出る程度の知識は身につくということだ。今まであまりに授業をないがしろにしすぎていたのを反省した。
そろそろ卒業後の進路についても話題に出るようになっていた。
もう少し成績がよかったら、魔法騎士団の推薦枠も狙えたかもしれないけれど、現状では難しい。
私の裏の姿を知る人は、試験なしでどうぞ、と言ってくれる人がいないでもなかったけれど、それを受け入れるわけにはいかない。多くの人が憧れる仕事なのだから、ちゃんとみんなと同じように評価されるべきだ。
…そこまで思っていながら、試験を受けるかどうかまだ少しだけ迷いがあった。
学校の野外実習で、山に魔法の素材を取りに行くことになった。
後日学校で魔法を使った加工の実習をするため、植物、岩、動物など、素材になるものを一人3つ以上集めれば、後は自由時間。ほぼ遠足に近かった。
私は回復薬に使える植物の葉や木の実をとったあと、ナタリアと一緒におやつになりそうな食材を探していた。
途中で、クラスのフェルモに
「ティルとジェイス、見てない?」
と声をかけられた。
クラスのお調子者2人が見当たらないらしい。
お昼になっても2人が戻ってこないので、みんなで探すことになった。
魔法探知の実習も兼ねる、と言われて、みんな張り切って探すものの、今日はどういうわけか、みんな見通しが悪い。魔物でもいるんだろうか。
そんな中、フェルディが一人迷わず移動する。
「見えた?」
「多分…」
一緒について行くと、少し入り組んだところに洞窟の入口があった。
この中にいるんだろうか。あまりいい感じがしない。
入って5メートルもいかないところで、すぐに二人を見つけた。
二人は至って元気で、ヒカリゴケをせっせと集めていた。昼になっていると言っても
「え、入って30分も経ってないぜ?」
ととぼけたことを言っていた。
「みんなが心配してるから、とりあえず帰ろう」
とフェルディが言って、戻り始めたとき、急に地面が揺れて立っていられなくなった。
地震かと思い、収まるのを待っていたら、天井がバラバラと崩れてきた。
まずい、と思ってすぐに防護膜を張り、天井を支えた。
「早く外へ!」
ティルは一目散に外に出た。慌てたジェイスが転んで、フェルディが助けに行く。
異変は地面にも起こった。足下が急に緩んで、ジェイスが膝まで埋まってしまった。フェルディは亀裂の魔法で地面を砕き、ジェイスを引き上げた。
あまり時間がない。
ジェイスとフェルディを宙に浮かせ、出口の方に飛ばした。
このまま洞窟の手前5メートルを吹き飛ばそうとしたところに、
「テリィ、壊すな!」
せっかく外に出したフェルディが戻ってきた。
はじける寸前だった防護膜が消えると、私を抱えて洞窟の横穴に転がる。直後に落ちてきた天井で、出口は塞がれてしまった。
かろうじて小さく張り直した防護膜のおかげで、土に埋もれるのは回避できていた。
「何で逃げなかった!」
「何故自分を守らない!」
私の怒る声と、フェルディの怒る声が重なった。
「僕は言ったはずだ。自分を大事にしろと。ほかの奴らを助けるのもいいけど、それを理由に自分を投げ出すなって」
「助けるのは、私の意思だ!」
いつになく大きな声で怒鳴るフェルディに、自分の声も荒くなっていた。
どっちも引かず、土の壁を横ににらみ合っていた。
「目の前に助けるべき人がいるのに、動いて当然だ」
それでも、土の中の狭い空間で二人を囲む防護膜だけは張り続ける。
「ずっとそうしてきた。私の力は、そのためにある。ずっと誰かを守って生きていく。迷うことなんてない。…フェルディだって何で戻ってきた」
「君を守るためだ。気付いてないのか」
フェルディが地面に片手をついた。何かの魔法を込める。
この下に…何かある?
防護膜を邪魔することなく地面を這った魔法が、揺れる地面を押さえつける。
「地下に瘴気が溜まってる。何かの結界が切れかかってる。ここに変な力を加えて潰せば、瘴気が湧き上がる」
フェルディの声が静まった。そして私の左の手首をつかむと、
「僕が瘴気を消す。消えたら崩してもいい」
そう言って、私の指にある『白百合の静寂』に呪文を唱えた。
「陽は陰り
月は満ち
月の影こそ光なり
闇が降り
冥を裂き
もれし光は満つる星」
それは初めて聞いた呪文のはずだった。それなのに、この呪文を知っている。
指輪が力を増す。光が広がり、濃厚な光に周りの景色が溶けそうになる。
ただまぶしい光が指輪を中心に洞窟の中を突き抜け、地下にも、崩れた天井も突き抜けて広がっていく。
探知の魔法を効きにくくしていた霧のようなものが消えていく。かなり遠くまで、岩を透し、四方に光が伸びていくのを感じ、やがて、ゆっくりと消えていった。
「…もう大丈夫だ」
手首を握っていた手が、ゆっくりと離れる。
手が熱っぽかった。
あれだけの魔法を発したから、また熱が出ているのかもしれない。
「これで思いっきり崩そうが、吹き飛ばそうが、僕らが埋まる以外、害はない。ただ、瘴気が溜まっていたところに空洞がありそうなんだ」
「この下に空洞が?」
私には何も感じられなかった。言われて力を通しても、何かあるような気がしないでもない程度しか感じない。
「一番の安全策は、テリィはすぐ外に出て僕は下の空洞に行って待つことだ。テリィが防護膜を解いた後、転移の魔法が発動するより崩れる方が早かったら、二人とも生き埋めになる。きっと君だけなら間に合うだろうけど、厄介者の僕がいると成功率が下がる」
縁起でもないことを言って笑う。
「フェルディを置いて行くなんて、あり得ない」
「この下、…一緒に行ってみる? 魔物がいなければ、助かるかもしれない」
「行く!」
迷うことなく答えた。なぜそこで苦笑いするのか。
「即決なんだ。迷いがないのがテリィのいいところだけど、あんまり賢い判断だと思わないな」
そう言って、フェルディは地面に目をやった。
「さっきジェイスが埋まりかけたところが一番薄そうだったんだけど、すっかり埋まってるな…。ここでも大丈夫か」
地面を足先で軽くつつく。
「どうするの?」
「この下に穴を開けて、落ちる。落ちた先がどうなっているのかはわからない。あれだけの瘴気があったから、魔物がいたらごめん」
ということは、
「一緒に行っていい?」
確認すると、変な顔をした。
「行くって、言わなかったっけ?」
そうか。私が希望を言うだけでOKだったんだ。私より迷いがない。
「一緒に死ぬ覚悟ならいらないよ。危ないと思うなら、先に出て助けを呼んでくれた方がお互いのためだ」
OKを出したくせに、まだそんなことを言う。
行くという判断は揺るがないけど、ちゃんと考えて、想定したことを言ってみる。
「空洞が安全だったら、転移魔法を使う余裕だってある。瘴気がなくなったのに、ここはすごく見通しが悪いままだ。地下でフェルディが移動したら探すのは大変だ。だから、一緒に行く」
「…説得力があるな。うん、じゃ行こう」
フェルディは納得の笑みを浮かべて、もう一度地面に手をついた。
瘴気がある、と言っていた時はかなり確信を持っていたようだったけど、瘴気を感じられなくなると、少し迷っているように見えた。
フェルディが地面に魔法を流すと、普通の地面ではあり得ないくらいすっと力が通り、土が緩み、砂になって崩れた。
そのまま手から落ちるフェルディ。それを追って私もその穴に入った。
掘るとか崩すとか言うのではなく、岩が砂になりながら道案内をしてくれるかのようだった。
そしてすぐに道が果てると、急降下。突然の落下感に驚くのも数秒、すぐに落ちる感覚が止まった。
見ると、落ちたところと地面までの高さはあまりなく、人が立てる程度で、しかも私はフェルディの上に落ちていた。
「ご、ごめん」
下敷きになっているフェルディがなぜ謝る。
「ちゃんと受けとめられなかった」
自ら下敷きにならなくても…。
すぐにフェルディの上から降りて、フェルディを座らせた。
「こんなことしなくていい。フェルディは私には自分を犠牲にするなって言うくせに、自分はそうしてる。そんなのおかしい」
私がそう言うと、フェルディがはっと何かに気付いたような顔をした。
そして、少し時間をおいて、
「ごめん。僕が間違ってた」
と言うと、深く息を吐いた。
「さっきは、…怒って悪かった」
どうして謝るんだろう。
「謝るのは、何に?」
「…僕は君に3つの呪いをかけた。自分を大事にするように。人のために、自分を犠牲にしないように。心をなくさないように。でも、それは…。君のためだと思い込んでただけで、本当に君がしたいことを止めていた」
私は、かつて言われたその3つが「呪い」だと気づいていなかった。ただのお願いだと思っていた。だから「努力する」と答えた。努力はできても、約束し、それを守ることはできないと、自分でわかっていたから。
「君の言うとおりだ。僕だって、君のためには命をかけてしまう。それは、理屈じゃなくて、体が先に動いてしまう。止められない。テリィも同じだ。誰かを守っていきたい。そう思っている君が、自分を投げ出してでも誰かを助けてしまうのは、君自身の願いだ。それを止めようなんて、あまりに君のことを考えていなかった。だから僕の呪いは効かなかったんだ」
フェルディのその言葉は、わかるけれど、わからない。
なんだか落ち込んでるフェルディのおでこに親指と中指を当て、軽く指先をはじいた。
ピチッ、と言う音がして、少し痛かったのか、悲しげだった目が驚きに見開いた。
「…自分を大事に思ってもらうことは、嫌じゃない。」
心が伝えたがっている。ちゃんと言葉にして伝えよう。例えたどたどしくても。
「私は暴走すると、心配してくれる人がいるのも忘れてしまう。命をかけるな、と言われても、動いてしまう。でも、動いた後で、『命をかけるな』って言ってくれる人がいることを思い出したら、…死なないようにしようと思える。ちゃんとその人の元に戻ろうって、最後まで諦めない気持ちが、もっと強くなる」
フェルディの肩に顎を乗せて、背中を軽くポンポンと叩いた。
「そばにいてくれてるって思える。だから、謝らなくていい」
フェルディの頭が、ゆっくりともたれかかってきた。
一応、の軽い気持ちで、謝る。
「いつも心配かけて、ごめん」
そしたら即答で
「ほんとだ」
と言われてしまった。
「…そこは、そんなことないよ、っていうところ…」
「そんなことないことはないからね。今日だって…あの瘴気、外にぶっ放ったらどうしようって思った」
フェルディは私の額に軽く口づけて、あまり効きのよくない呪いを解いた。そう言えば、3つの「お願い」の時も、同じことをされたのを思い出した。だけど、あまり何かが変わった感じはしなかった。
「『守る人』になるんだよね」
「うん」
本当は迷ってなかった、迷い。
もしかしたら、フェルディの「呪い」が、魔法騎士団になろうとする私をためらわせていた、なんてこと、あるんだろうか。言われるほど、呪いが効いていたとは思えないけれど。
「応援する。僕はテリィのやりたいことの足かせにならないようにする。…でも心配はする。…どうしたらいいんだろう」
「フェルディが心配しないくらい、強くなるから」
私がそう言っても、フェルディは
「それは…」
と言って、ちょっと渋い顔をしていた。




