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講義の再開

「虹の分かつ光に魔法を通すと、時に色が欠ける。

 魔法は、その色を吸い、力に変える。

 欠けた光は異なる力を持つ。

 青の呪いが、青を消すわけではない。

 水の呪いが、青を好むわけでもない。

 …では、一端休憩にしようか」

 魔王が手に映していた虹の光を消すと、テリィはそそくさと魔王の書斎を出て行った。

 今日は来るのが遅くなって、先に庭の花に水やりをできなかったのが気になっていたようだ。


 黒い森の館で呪術の講義が復活して3ヶ月になる。

 以前はテリィは週に2回のペースで受講していたと聞いていたけれど、休日限定になり、月に1、2回程度まで回数は減っていた。恐らく充分と言える量ではないだろうけど、魔王もテリィも気にしていないようだった。

 テリィ自身は講義を聴きはしても、概ね聞き流していて、館に来る一番の楽しみは中庭の水やりと、「館のお世話人」たちとの交流だ。

 テリィは魔物が嫌いなのかと思っていた。でも実際はそうじゃなかった。

 百合の花を盗み行った時に執事さんの後ろに隠れていた魔物たちは、館に何度か足を運ぶうちに仲良くなり、テリィは講義をちゃんと受ける代わりに、魔物たちと遊ぶ時間を作ることを魔王にお願いした。

 魔王は快諾し、魔物たちも喜んでいた。


 テリィが嫌っているのは「敵意」だ。

 自分に向けられる「敵意」に過敏なまでに反応し、それでもそのほとんどは一端「無視」をすることで避ける。本当に避けられないものには攻撃を返す。

 自分に寄せられる「好意」さえ、テリィにとっては「敵意」と捉えることがあった。

 ドレスが似合うのにあんなに嫌がるのは、着心地もさることながら、見惚れているものや、好意を持ったものが仕掛けてくる駆け引きを「攻撃」と捉え、自分を害する「敵」だと思ってしまうからだ。

 これがわかったとき、僕は沈黙を決めた。

 そのまま、そう思わせておこう。

 僕が見る限り、テリィを敵対するより攻略対象として見ている奴の方が多い。それを、僕が何をしなくても本人が避けてくれている。こんなありがたいことはなかった。

 僕のことを敵だと思わずにいてくれていることが、今更ながら嬉しくなった。

 いつかは敵意じゃない、と気付く日がくるだろう。そうした中から、僕以上の人を見つける時が来ないとは限らない。それでも今はテリィが向けてくれる穏やかな瞳が、僕を勇気づけてくれる。

 一緒にいてもいいんだ、と。


「虹の光は七色の滴、今日開くのは紫の花」

 テリィがそう唱えながら、じょうろの水を天に撒く。

 黒い森の瘴気を浄化しながら、魔物にも優しい「慈愛」の魔法が広がっていく。ついさっき、魔王の講義で出てきた理を、早速取り入れて、実践している。

 深く考えなくても、口にした言葉が力を持つ。テリィは魔法に関しては天才だ。

 本人が気がついているかはわからないけれど、少しづつ『白百合の静寂』の力を引き出して使うようになっている。

「フェルル、テリリ、ヨンデル」

「今行くよ」

 少し言葉を覚えはじめた魔物と一緒に、今日のおやつをいただきに中庭に行く。

 伝達を終えて僕の頭に乗った手の小さな丸い魔物は、食器を洗うのが得意なんだそうだ。どう洗ってるのか、想像すると笑うに笑えない。

 人間と敵対しなくてもいい。魔物にそう教えてくれたアリシアさんに本当に感謝している。おかげで僕は、魔物を嫌うだけの人間にならずに済んだ。

 だけど、「人間は怖い奴もいるよ」ときちんと教えておかないと。

 人も、魔物も、信頼できない奴とは距離を置くべきだ。



 テレシアとフェルディが再びこの館に講義を受けに来るようになり、知らぬ間に魔物たちまでなついていた。

 必ず一緒でなければこの館には来させない。

 そういったあの男に、魔王は驚いた。

 人間は一度恐れを知ると壁を持つ。テレシアはもちろん、自身も「魔王」と接触することを避け、敵対してくると思っていた。そうであれば、見せしめにテレシアを連れ去る方法もある。そう考えていたのに、まだ道は塞がれていなかった。

 それならば、力づくで動くよりあの男に妥協し、ゆっくりと時が巡るのを待ってみるのもいい、そう思えた。


 今、庭に娘がいる。

 幼い頃、アリシアと共に同じように水やりをしながら、魔物と遊んでいた。

 あんな風に笑う娘だった。

 どんなにアリシアによく似た姿をもち、どんなに美しく着飾っても、自分を恐れ、身をすくませる姪はアリシアと重ならなくなっていった。四聖退位式で見たその姿は、完全に別人としか映らなかった。

 それなのに、今、顔立ちはさほど似ていないはずのテレシアがアリシアに重なって見える。

 その横にいる男は、かつての自分のように、無邪気に動き時にハラハラさせる好奇心旺盛な愛しい者を見守っている。

 それを悔しいとも、腹立たしいとも思わなかった。

 ただ少し、それが自分でないことに違和感を感じた。それが「うらやむ」と言う気持ちなのだろう、と魔王は理解した。

 あの男は、アリシアの望みを理解し、笑顔をもたらしてくれた。

 二人の仲を裂くことは、アリシアの望みではない。

 魔王は、目の前の二人を見守ることを決めた。


 その日の後半の講義の終わりがけに、気まぐれに少し話題を変え、人を呪する方法について語った。

「魔法を呪いに変えるには、まず警戒心を持たせないことだ。

 人の扱う、催眠術に似ている。

 警戒されると、その分抵抗がある。

 瞬間的に衝撃を与え、考える隙をなくす者もいる。

 先に媚薬や眠り薬などを使い、心を服従させておく者もいる。

 魔法使いであることさえ伏せ、知らぬ間に呪する者もいる。

 だが、術に入れば相手を屈させねばならない。

 呪する者の力の差が圧倒的であればあるだけ、容易に術に落ち、解き難くなる。

 圧するなら、強い力で瞬時に、制するなら、力は弱くとも長く、呪いに屈するまで呪言を与える。

 平和、安心感、思慕、恐怖、怯え、死、圧迫感、墜落感、昂揚感、焦燥感、これらの感情は相反するように見えて、いずれも心を支配するには有効な手段となる。

 単純で、わかりやすい呪いほど、心に食い込みやすい。

 殺意のように安直なものは、呪いの名だけでも相手の心を支配し得る。

 …君たちが北の魔女に食らったようにね。

 逆に復讐を狙い、相手に苦しみや恐怖を味わわせようとすれば、その分心を支配する必要があり、失敗することも多くなる。

 人の心は弱い。だが、支配は簡単ではない。そのため、呪い返しが成立し、…」


 今日ほど二人の関心の差が大きいことはない。

 一人はずっと居眠りをし、一人は言葉をかみしめる。

 魔王はそっと笑った。

 …面白い講義だった。


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