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黒い森の館への呼び出し

 花泥棒から2週間後、リーヴェ家から連絡があって、次の休日に黒い森の館に行くよう指示があった。打診ではなかった。

 時計台の裏に一見地味な馬車が迎えに来ていて、テリィの兄、ウリエレさんが乗っていた。

 今日のウリエレさんはテリィの普段着と変わらない、ラフな格好をしていた。

 こういう格好を見ると、髪の色はともかく結構似ていると思う。元々いとこなのだから、似ていて当然だ。

「すまん。手間をかけるな」

「いえ、僕がやったことが原因で呼ばれてるんでしたら、こっちが悪いので」

 今日の訪問の詳細は特に告げられていなかった。こっちのことは調べがついているだろうけど、僕はウリエレさんのことはほとんど何も知らない。腕を組んで向かいの席に座る姿は、ちょっと機嫌が悪いようにも見えた。

「魔王と話す時は同席になるんでしょうか」

 僕が言うと、

「恐らくそうなるな」

とだけ答えた。

 少し心配していたことを聞いておく。

「僕は、不用心に聞かれない方がいいことも言ってしまうかもしれません」

「何を話してもかまわない。思ったことを言えばいい。構えていたら魔王にしてやられるだけだ」

 それだけ言うと、会話は途切れた。

 どうにも会話を続けられそうにない。

 早く目的地についてもらいたいような、永遠につかない方がいいような、複雑な心境だった。


 黒い森の館に着くと、執事さんが出迎えてくれた。

 ウリエレさんとも顔見知りのようで、慣れた様子で僕らを案内してくれた。


 中庭には今日も花が咲いている。

 あれから2週間ほどしか経っていないけど、遠目に見た百合は枯れることなく無事根付いているようだった。

 通された客間には、魔王が立っていた。

「よく来たね。座って」

 変わらない銀の髪と黒ずくめの格好で、つい先日の事件などなかったかのような様子だ。

「まずは、おめでとうと言うべきかな。これで君も正式にリーヴェの犬になったわけだ」

 その言葉に、僕よりもウリエレさんの方が露骨に嫌な顔をした。僕は気にせず応じた。

「…大事なご令嬢の番犬としては、ちょっと心許ないと思われてるんじゃないでしょうか」

「そんなことはないだろう。魔王から娘を取り返してきたんだ。お礼に娘をやるというのはなかなかに気前がいい」

 なんとなく…この魔王は、僕を怒らせようとすることが多い。わざわざ怒らせなくったって、すでに怒っている。

「もう僕が予約してますから、僕に無断で、勝手に連れて行かないでくださいね」

 挑発されるままに、言いたいことを言うことにした。

「なかなかに束縛が強い。そんなことじゃ嫌われるよ?」

 思わず鼻で笑う。死んだ嫁の魂を閉じ込めておくような男に言われたくない。

「僕は本人の意見を尊重しますので」

 この皮肉は多分伝わらない。その意味を本人がわかっていない。

「僕に無断で、と言ったんです。本人が会いたいなら止めません。ただ、一人で会わせることは絶対にしない」

「ほう、君は私とあの子が会うことを止められると思っているのか」

 なぜか魔王は笑う。

「あなたを止められるとは思っていません。でも、テリィは止めます。止められないなら、僕が一緒に行けばいいことです」

「そうか」

 魔王は口許に笑みを残したまま、この話題を切り上げた。

「君を呼んだのは他でもない。2、3聞きたいことがあってね」

 僕は心を落ち着けるために、出してもらったお茶を少し口に含んだ。敵の陣地に行ったなら、不用心に飲食はしない方がいいんだろう。だけど、例え魔王の味方をすると言われていても、あの執事さんが入れてくれたお茶を疑う気にはならなかった。

 絶妙な加減で入れられたお茶は、ついこの間庭で頂いたのと同じく、優しい味がした。

「あの指輪をどうやって手に入れた?」

 あの指輪…。『白百合の静寂』のことか。

「アリシアさんにもらいました」

 そう答えると、魔王は少し眉をひそめた。

「アリシアに? リーフィではなく?」

「アリシアさんです」

「ふむ…。そうか。それならいい。実は長年あの指輪は行方不明になっていてね。私が自分の作ったレプリカと入れ替えたことは君も聞いただろう。その後入れ替えた元の指輪がなくなっていてね。私はリーフィが持って行ったと思っていたんだが」

 リーフィさんが持っていた可能性は低い。アリシアさんがいなくなった後、リーフィさんはテリィについていて、その後は僕の中に潜んでいたと言っていた。あんなすごい指輪が、僕のどこかに隠されていたなんてことはないだろう。

 そもそも、リーフィさんがあの指輪を手に入れることができていたなら、あの時アリシアさんは絶対に助かっていたはずだ。リーフィさんは持っていなかったと確信できる。

「あれは北の魔女の秀作の一つだ。君なら使いこなせるだろうが、テレシアに譲ったんだね」

「アリシアさんから託されたものですから。僕よりテレシアさんの方がふさわしいと思います」

 魔王は深く頷いた。

「では、君には結納品代わりにこれを譲ろう」

 そう言うと、魔王は目の前に木箱を置いた。

 箱のデザインはどこかで見たような気がする。だけど、明らかに見たことのないものだった。

「開けていいですか?」

「怖くないなら」

 少し癖のある気配がする。でも、この気配は知っているものだ。

 思い切って開けてみた。

 そこには、指輪が6つ入っていた。

 もう一度箱の蓋を見てみる。

 新しく作り直されているけど、これはベアトリーチェ姫が持っていたあの指輪の箱を模したものだ。

 じゃ、これは、あの時の指輪…。

「開ける勇気を持った褒美に、もう一つ」

 魔王は手にしていた指輪を外し、7つめを入れた。

 ベアトリーチェ姫がつけていた、人を魅惑する指輪。しかも、黒い石がついている。

 中の指輪もすべて完全な状態だ。

 ただ、あのとき漂っていた嫌な力はほとんど感じられない。指輪が持つ本来の力をじんわりと感じるだけだ。

「これ、本物です…よね」

 本物の力を感じる。以前見た時よりもずっと。

「何か疑いが?」

「以前、指輪の入った箱を見ました。外から見ただけでしたが、もっと悪意に満ちていて、今のような穏やかな感じがしませんでした」

 魔王は鼻で笑いながら、目の前に赤い瓶を出した。

 その瓶の中にある力に、僕はとっさに身を引き、立ち上がっていた。

 ウリエレさんは、特に何も感じないようだった。

「この中には魔女の血で作った『魔力』が入っている。これがなければ、この指輪は普通のものには扱えない。だが、長年これを使って扱ってきたせいで、本来の指輪の力が穢され、歪められてきた。私が持っていてもいいんだが、ここも瘴気が多いのでね。」

 魔王は、本当に僕にこれをくれるつもりらしい。

「預かるのはいいんですが、僕の家では厳重な管理はむずかしいですよ」

「君が心配なら、リーヴェ家なり、王家で保管してもらってもいい。だが、見る人が見れば奪い合いが起こる代物だ。私の希望は、君が持ち、君の力で休ませてやってほしい」

 そう言うと、魔王は蓋を閉め、

「手をこの上に」

と、僕に箱の上に手を置くよう言った。

 言われるまま右手を出すと、一瞬光ったあと、箱は完全に中の気配を消した。

「ウリエレ、開けてごらん」

 ウリエレさんが箱を開けると、中身は空だった。

 僕が開けると指輪がある。

 これで僕が開けないと指輪は取り出せなくなった。

「あと2つの指輪が揃うといいのだが。私にも心当たりがない。」

 箱の中は10に区切られていて、その一つ一つに指輪の名前が書かれてあった。古い文字だ。

 『白百合の静寂』もある。もちろん、そこは空いている。他にも2つ、空のスペースがあった。

 深い青色の石。テリィを眠らせたあの石の指輪もあった。取り出すと、『宵闇の月』と書かれてあった。

 僕はテリィの額に埋め込まれたこの石を砕いた。どうやって、と言われたら、わからない。テリィを助けたい一心だった。

 それと同じ物がここにある。

 これは、受けなければいけない物だ。そう思った。

「お預かり…、いえ、頂きます。ありがとうございます」

 魔王はゆっくりと瞬きをした。頼んだと言われたような気がした。

「もう一つ。君は気がついたかな。アリシアが旅立った時に、もう一つの魂を持ち去られたのを」

 それは不確かな記憶だった。

 僕自身、リーフィさんに体を貸していて、ちょうどリーフィさんが抜けた時だったような気がする。

 僕が広げた光の渦にアリシアさんが溶けて、そのあと、その光の中に、何かが一緒に巻き上がったような気が、しないでもなかった。

「よく覚えていませんが…。あの気配は、北の魔女、ですか? 北の魔女が何か…」

 北の魔女があの渦に何かを仕掛けたんだろうか。

「北の魔女がらみだが…。君は知らないようだね。」

 魔王が表情を変えない、と言うことは、アリシアさんに害はないんだろう。

「テレシアが消した北の魔女の魂を持っていたんだが、あの時一緒に黄泉に連れ去られてしまった」

「持ってたんですか? 北の魔女の魂も?」

 魂コレクターか!

 あの魂も生き返らせようと思っていたんだろうか。魔王の考えることは、計り知れない。

 ウリエレさんも、目を見開いていた。

「恐らく、リーフィの慈悲だろう。一時は弟子にした魔女だ」

 いやいや、ああいう魂こそ、とっととあの世に連れて行って、昇天して、浄化してもらわないと。

 何のために持ってたんだろう。

 …いや、これ以上考えないに限る。

「あとは、テレシアへの講義だ」

 魔王が笑わない瞳で、口元だけ緩ませる。

「そろそろ再開したいと思っていたところだが、嫉妬深い婚約者が一緒でないと駄目らしいので、テレシアだけの夜の講義はなくそう。…二人の都合がつく日を知らせてもらいたい」

「えっ?」

「もちろん、テレシアが来たいというのなら、と言う条件は飲もう」

 まさか、魔王から講義の再開を言ってくるとは思わなかった。しかもここまで妥協して。

 来てすぐの、あのけんか腰の話がこうつながるとは…。

 理由は何にしろ、連れ去るのではなく、ゲストとしてテリィを迎えようとするのを止めるのはいけないことのように思えた。

 それでも、僕の中で迷いが消えない。

 アリシアさんなら、…アリシアさんの望みは、決別じゃなかった。

 魔王に対してだって、また会うと言っていた位なんだから。

「…本人に聞いてみます。それからでいいですか?」

 魔王は、黙って頷いた。

 ウリエレさんがほっとした顔をした。僕が渋ると思っていたんだろう。僕自身、そう思っていた。

 渋らずに済んだのは、魔王が考え、妥協したからだ。

 そしてアリシアさんが、いつも笑いながら愛する者を守るために静かに戦っていたからだ。

「素敵な人と結婚しましたね」

 ふと、僕はそんなことをつぶやいていた。

「アリシアか? そこは揺るがない。生まれ変わりが実現したとして、おまえに譲る気はない」

 珍しく魔王が嫉妬している。目が本気だ。

「大丈夫です。僕は両方見た上で、テリィ一択ですから」

 そう言うと、ウリエレさんが

「うわあ…」

と言って、僕ら二人をしかめた顔で見ていた。


 帰りの馬車の中で、ウリエレさんは僕に

「ずいぶん我慢させた。申し訳ない」

と言って、目を伏せた。

「そして礼を言う。魔王とテレシアのつながりを切らずにいてくれたことに感謝する」

「いえ…。僕こそ、ハラハラさせてしまったかもしれません。すみません」

 少し間を置いてから、ウリエレさんは外の景色に目を向けたまま話をした。

「アリシア…、伯母の方のね。アリシア伯母様にも頼まれていたんだ。魔王とのつながりを絶つなと。とは言え、それを君にいうのはあまりに酷で、父も俺も言うに言えなかった。」

 僕がリーヴェ侯に魔王の対応次第じゃ許さないなんてことを言ったから、余計心配をかけたのかもしれない。

 でもあれは決して嘘じゃない。今でもそう思っている。

「俺はね、伯母が亡くなる前のテレシアを覚えているんだ。俺の後ろをついてきて、『ウーエ』って呼ぶんだ。らりるれろがまだちゃんと言えなかった。『ウーエ遊ぼ』って俺の部屋まで走ってきて、たくさん遊んでやって、食事も僕の膝の上で食べたことがあった。本当にかわいいいとこだったんだ。妹になってからもずっとあの時のテレシアを取り戻そうと頑張ったんだけど、どうにも駄目で。そのうちあいつは何もかも忘れて解決したふりをすることを覚えてしまった。忘れてごまかそうとするたびに、おまえはばかだって言うと、悔しいのか、少しだけ昔と同じ顔をするんだ。それで気がついたら、俺は怒ってばかりの兄になっていた」

 あえて、僕を見ずに話す。だから、僕もあえて直接ウリエレさんを見ず、ちょっと知らんぷりに近いような顔でいた。でも、昔の話をするウリエレさんの表情は、なんだか優しかった。

「難しい立場の子だから、きっといろいろ苦労すると思う。君一人で面倒を見ようなんて力まず、いつでも我が家を頼ってほしい。君がどうしても苦しくなれば、返品してくれてかまわない。俺も父も、死ぬまで面倒を見る覚悟でいたんだ」

「ありがとうございます」

「俺としては、まだ君でよかった。レオナルディやラファエレだと、かわいい弟なんて思えないもんな…。頼りにして欲しいなんて言ったら、どう頼れば良いんだと鼻で笑われそうだ」

「それは…あるかもしれない」

 ウリエレさんは、僕を見てクスッと笑った。

「一つ、思い出したから、意地悪で言っておく」

 その言葉通り、目つきが急に意地悪になった。

「テレシアが俺を『ウーエ』って呼んでいた時、俺は『テリィ』って呼んでいた」

 にやりと笑う。

「今じゃもう呼べないけど、俺の方が先だったから」

 その対抗心はシスコンってやつですか? と聞けるはずもなく、一応兄に敬意を表して

「だからテリィはこの呼び方をすんなり気に入ってくれたんですね」

と答えると、何も言葉を返すことなく、また外の景色に目をやった。

 この兄妹、照れる様子がよく似ていた。


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