花を盗みに
あの後、羊は出てきてないとテリィは言っていた。指輪が邪魔して近寄れないらしい。羊の毛刈りを任せただけある。
テリィに花を盗みに行く計画を話すと、迷うことなく一緒に行くと言った。
リーヴェ侯から魔王は留守にすると聞いていた日。
リーヴェ家の裏手に咲いていた百合を、まだ花が残る時期ではあったけど4株ほど掘り起こして周りの土と一緒に袋に入れ、黒い森に向かった。
馬を借りたものの、僕はあまり乗り慣れていない。小さめの気性の穏やかな馬におやつで機嫌を取って何とか乗っていた。
テリィは難なく馬を乗りこなしていて、背筋がピンとなった姿は普段着を着ていてもなんとなく「ご令嬢」だった。
黒い森の館につくと、まっすぐ中庭に行った。
中庭は、黒い森の中にありながら瘴気が感じられず、森の外と同じように花が咲いていた。ここにある、白百合の王とつながる花たちを3、4株をもらう。
そして、アリシアさんが植えた、リーヴェ家の裏に咲いていた株を植える。
他にも持ってきた種を勝手に植えた。
持ち帰る株の根が乾かないように処理して、立ち去ろうとした時、
「お茶でも飲んでいかれますか?」
と、執事さんが声をかけてくれた。自ら進んで声をかけてくれたのは、これが初めてだった。
「今日は主は留守にしておりますので、お気になさらず、ごゆっくり」
深々と礼をした執事さんに
「よかったら一緒にお茶、どうでしょう?」
そう声をかけると、少し立ち止まった後、
「よろしゅうございますか?」
と言って、お茶を用意するため、屋敷の中に戻っていった。
机の上には、僕とテリィ、執事さんの他、もう一杯、アリシアさんに宛てたお茶も用意された。
「アリシア様は、無事旅立たれたのですね。いなくなられたのは存じ上げておりましたが…。あのお方は、常に自由を求めておいででしたから、きっと今頃喜んでおられるでしょう」
昔からアリシアさんを知っているという執事さんは、アリシアさんをとても大事に思っていたことが感じられた。
「私は、テレシア様も2歳半までは存じ上げております。アリシア様と一緒にいつも魔物である私共におびえることなく接してくださり、よく笑わせていただきました」
執事さんはとても笑ったことがあるとは思えない無表情で、テリィを見ていた。
執事さんは、この屋敷にいる間、いつも魔王も人である僕らも不快に思わせるようなことはなく、そっとサポートしてくれていた。
「私は、アリシア様から人と敵対しなくてもよいと教えられ、とても安心したものです。私は魔族というより魔物に近いのですが、戦うことが苦手で、ヴィットリオ様のお世話をすることが性に合っていると思っておりました。それを卑怯という者もおりましたが、それでいいとおっしゃり、いろいろなお世話の仕方を教えてくださったのはアリシア様です」
テリィが執事さんの使っているじょうろを借りて庭に水を撒くと、『白百合の静寂』から染み出してきた「浄化」の魔法が中庭中に広がった。
かつて、アリシアさんがそうしていたように、テリィを通してじょうろに伝わった魔法が、瘴気に弱い花々を優しく守る力を増してくれるだろう。
執事さんは、別れ際にこう言った。
「主がしたことが人であるお二人の心を傷つけていたとしても、魔物である私にはわかりません。私はヴィットリオ様にお仕えするものです。主が気まぐれを起こしても、お二人の味方をすることは叶いません。お二人とも、こちらに来るときはご自身で身を守らねばなりません。ですから、決して、無理してお越しになることのないように。ですが、あなた方を弟子にお迎えしていた時、主はとても楽しそうにしておりました。またそのような機会があれば、主さえ許せば、私はお二人を歓迎いたします」
深々と頭を下げる執事さんに、僕らは笑って手を振った。
その後ろには、今まで見かけたことのなかった数人の魔族や魔物の姿もあった。
ドアや窓から顔だけ出したり、執事さんの後ろに隠れたり、みんなおっかなびっくりな様子で、僕とテリィを見送っていた。
かつて、黒い森の館で弟子として教えてもらった月と日の理が、白百合の王の呪言の力を増してくれていたことも気付いていた。
当面魔王には会いたくないけど、機会があれば、また学ぶことができればいいな、とは思う。そんな機会が持てるかどうかもわからないけれど。
百合の株をしっかりと括り付け、来た道を戻る。
そのままリーヴェ家まで行き、念のため土についているかもしれない瘴気を払い、あの丘に百合を植えた。
アリシアさんの願いは、テリィを守ること。
白百合の王の願いは、アリシアさんの願いを叶えること。
僕の願いもまた、テリィを守ること。
僕の願いと、白百合の王の願いは、同じ。
テリィを守ってくれた白百合の王に、感謝の祈りを捧げた。




