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分かち合えない怒り

 兄のレオナルディに頼んで、リーヴェ家につなぎをつけてもらった。

 僕のような若造の一市民が会える人ではないことは承知していたけれど、3日後の夜であれば空けておくと言われた。


 学校が終わったら、リーヴェ家の近くまで乗合馬車に乗って出かけた。意図的に伏せたわけじゃなかったけれど、今日の訪問のことは、テリィには言っていない。

 何度か入ったことのある屋敷でありながら、正面から入るのはこれが初めてだった。

 執事さんが出てきて、奥の部屋に案内された。そこはリーヴェ侯の書斎だった。

「お時間をいただき、ありがとうございます」

 はじめに礼を言うと、

「きっと来るだろうと思っていた。まあ、座って」

と、ソファに座るよう促された。

 お茶を出され、侍女さんがいなくなるのを待ってから、僕から話をした。

「あの、今回のテレシアさんとアリシアさんのことは、テレシアさんは知らないということでいいんですよね」

「当家としては、姉が一時的にテレシアの体を借りて戻ってきたということ以外、何も知らない。本人はそれさえも知らない。ジラルディ伯のところで捕まり、痛めつけられたところを助けられ、家に戻ってきた。それだけだ」

「…わかりました。僕も、魔王がテレシアさんにしたことは、話さないようにします」

「すまないね」

 リーヴェ侯は、組んだ両手に額をうずめ、大きな溜め息をついた。

「君がヴィットリオに怒りを持っていることはわかっている。危うくテレシアを失いかけたんだ。本当なら、当家としても抗議すべきことなんだろうが」

「わかってます。魔王を敵にするのはこの国にとってよくない。そういうことですよね。テリィが知らなければ、怒るのは僕一人です。僕一人ごときが怒っていたところで、魔王にとっては痛くもかゆくもないでしょう。」

 誰も僕と一緒に怒ることはできない。でも僕はこの怒りを忘れない。

 僕は自分の立場を確認するためにここに来ただけだ。

「もし魔王が次にテリィに手出しするなら、僕は我慢しません。その時は僕は死ぬ気で殺しに行きますから、リーヴェ侯は早々に婚約を破棄して、リーヴェ家を守ってください」

「そうしないための、君だけの拒否権だ。この婚約はテレシアだけじゃない。君を守るためのものでもある」

 やはり、テリィだけじゃなかった。これは双方の親の意思が働いている企みだ。

「いいえ」

 僕ははっきりと答えた。

「それなら魔王に手を出すときは、先に婚約を破棄してから行きます。それが、僕がもらった権利だ。それを履行してくだされば構いません」

「…若いね」

「大丈夫です。僕は弱いですから。魔王相手なら3秒もかからずこの世からいなくなるでしょう。勝ったという高揚さえ起きないと思います」

 僕は笑っていたかもしれない。リーヴェ侯が少し苦い顔をした。ちょっと感情的になってしまった自分を反省した。

「ただ…。これはもう少し時間を置かないとちゃんと判断できないと思うんですが、魔王が今回のことを過ぎたことくらいにしか思わないなら、…今後テリィにどう接するかを見極めようと思っています」

 僕は、これから話すことが、リーヴェ侯の本当の希望なのではないか、と思っている。

「次がなければ、僕は何もしません。テリィに害をなさないのなら、テリィも伯父、もしくは父であることを願うなら、僕はそれを見守るつもりです」

 リーヴェ侯の表情が変わった。

「…聡い子だ。そうしてもらえると、ありがたい」

 やはりそうだ。今は僕しかもっていない魔王への恨みを、我慢してもらいたいんだ。どんなに弱々しい僕であったとしても、人間が魔王に敵対することがないように。


 リーヴェ侯は、テリィの姉であるアリシア様の夫リュートさんには、国防を期待している。

 四聖の中でも格段に強いけれど、リュートさんは母親が他国の人で、この国に定住するかどうかは確証がなかった。

 それが、侯爵家の娘を気に入ったなら、家格など問わず惜しむことなく結婚を許した。本人同士の気持ちはもちろん、国にとってそれだけのメリットがあるからだ。

 僕はどうだろう。

 僕には侯爵家の令嬢をあてがってもらえるだけのメリットはない。

 僕がテリィの婚約者に選ばれた理由は僕側にはなく、テリィが僕になついたからだ。

 テリィには、自身の力はもちろん、魔王とのつながりという爆弾がある。

 そのテリィが気に入り、僕はほぼ無害な存在。他の脅威がテリィを狙う前に形なりとも予約済みにして安全を図る、多分そんな考えなんだろう。

 ただの学生の僕の5年後になんて、何の保証もない。僕は令嬢が気に入った無害な一市民として生きていく。それがリーヴェ家での僕の存在意義だ。


「僕の話は、これだけです。お忙しいところ、ありがとうございました」

「フェルディナン君」

 リーヴェ侯は帰ろうとした僕に、まだ話は終わっていないと言わんばかリに言葉を続けた。

「私はね。君には本当に感謝しているんだ。君に会ってからテレシアは少しづつ、気持ちを外に表すことができるようになってきた。人の中に入ると裸で茨の中を歩くように傷つき、おびえる姿に、外に出すのが怖くなってしまってね。家で過ごさせることにしたんだが、すっかり殻に閉じこもり、笑わないようになってしまった。自分から外に出ようと思った時に、出会えたのが君たちでよかった。レオナール家のみんなには本当に感謝している」

「それは…父と兄の力です」

 僕にとってそれは決定事項だった。幼い頃から僕はただの足手まといで、そのうち一緒に遊ぶこともなくなった。

「そうかな。君があの子の護衛についてくれる前と今じゃ、あの子は明らかに変わっている。君はそうは思わないか?」

 変わっている…。僕は知っている。

 自分を殺して突っ走るだけじゃない。

 泣くようになったあの子を知っている。怖がるあの子を知っている。

 そばにいてほしい、そう言われて、そばにいると答えた。

 僕は、だからそばにいる。親が決めた「立場」がどんな名前を付けても、それはお守り程度のものだ。

 僕はこくりと頷いた。そしてようやく、僕への謝罪、そして礼もあるのだというリーヴェ侯の気持ちを受け取ることができた。

「ありがとう…ございます」


 家に戻るために立ち上がった時、ふとある計画をひらめいた。

「あの、一つ伺いたいことがあるんですが」

 僕は、思い付きを実行するため、リーヴェ侯に尋ねた。

「魔王が留守の間に、忘れ物を取りに行きたいんです。会わずに済む日をご存知でしたら、教えていただけませんでしょうか」

 魔王の留守中に館に忍び込もうという算段だ。

「私の知る限りでは、再来週の週末はトリエンティ国にいるはずだ。」

 魔王に直接害をなす訳じゃないからか、意外にもリーヴェ侯は簡単に教えてくれた。

「ありがとうございます。あともう一つ、丘の上に生えている百合を2、3株いただいてもいいでしょうか」

 リーヴェ侯は、自由に屋敷に入っていいこと、花の持ち出しだけでなく、馬も貸してくれると言ってくれた。

「テレシアも同行するのか?」

 今思いついた話だったので、テリィが行きたがるかはわからない。

「もし行きたいと言えば、そうなると思います」

 リーヴェ侯は深くうなずき、止めることはなかった。


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