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謝罪と協力

 テリィと魔物の羊の件の後、ちょっとした事件があった。

 僕があまりにフラフラだったので、心配したテリィがもう一度様子を見に来て、僕が床(…。)にぶっ倒れているのを見つけたらしい。

 まだ充分に戻っていない魔法を駆使して僕をベッドまで運び、窓も閉めてくれて、そのあと僕を見守るつもりだったようなんだけど、朝起きたらベッドのそばの椅子に座ったまま僕の寝てる枕元にうつぶせて、ぐっすり眠っていた。

 しっかりと握られた手に、自分がしたかったことをされてしまったのに気が付いて、悔しい以上に恥ずかしくて困っていたら、そこに侍女さんがやってきて大騒ぎになってしまった。

 いや、あの侍女さんの騒ぎっぷりは、ちょっとやらせっぽくもあったけど。

 仮にも侯爵家のご令嬢が夜中に来賓の部屋に入り込み、一夜を過ごした、というのは、看病という名目があってもよろしくない。と、僕以上にテリィが怒られてしまい、僕は拗ねるテリィを横にひたすら謝った。

 しかし、落ち度は当家にあり、と、リーヴェ侯が謝り倒し、何故かわからないけれど今度うちに正式に謝罪に来る、と言っていた。

 何が起こるのか、ちょっと怖い。

 うちが謝るのではないにしろ、テリィがまた出入りを制限されたり、自由をなくしたりするんじゃないかと心配してるけど、今のところ変わらず学校に来ているので、その辺は大丈夫なのかもしれない。


 テリィは、寝ていた僕の手を通して、アリシアさんに会ったと言っていた。

「母様が、私の名前を呼びながら、大きくなった私を抱きしめてくれた」

 僕がテリィの体になった時にアリシアさんから受けた感触がそのまま伝わっていたようだった。

 アリシアさんの願いは、テリィの願いでもあった。

 願いを聞き届けられてよかった。


 リーヴェ侯爵がお詫びに来ると言う週末。

 想定していたお詫びと、ずいぶん違っていた。

 家の前にお屋敷の馬車が止まった時点で、ご近所の注目を集めていた。

 降りてきたのはリーヴェ侯、リーヴェ侯爵夫人、テリィ。侍従さんや侍女さんも引き連れていたけれど、そんなにうちに入れないので、父が家族の皆さん以外はご遠慮いただいていた。

 普通はそれでも誰かは連れて入るだろうから、父はリーヴェ侯にそれなりに信用されているらしい。

 家の前で待っていた、見たことのない中年の男1人を加え、4人が場違いな小さな家の中に入ってきた。


 リーヴェ侯爵夫妻はいつも通り。

 テリィはテレシア・リーヴェとしての装いに、怒りの反抗心を懸命に抑えながら、無表情の仮面をかぶっていた。裾の広がりが控えめな水色のドレスは、多分本人が選んだものじゃないんだろう。

 うちで同席したのは、父と、母と、僕。兄二人は今日はそろって出勤だ。

「この度は、うちの娘が大変失礼なことをした。この場を借りて、謝罪したい。…ほら、テレシア」

 テリィが、父に促されて今日のお務めを果たす。

「この度はお騒がせいたしまして、大変申し訳ありませんでした」

 そう言って、斜め45度のきれいな礼をした。練習の成果が見える分、型にはまりすぎて、謝罪という儀式っぽくて、危うく笑いそうになるのを必死でこらえた。テリィもそれに気が付いたようで、じろりと睨まれた。

「いえいえ、顔をお上げください。リーヴェ侯、事情は把握しております。うちの愚息の無理がたたったところに、お心遣いをいただいただけのこと」

 何か、また父が芝居がかっている。

 双方の夫人は、ただ笑って成り行きを見守っている。

 これ、多分、打ち合わせ済みだ。

「ついては、この度のお詫びと、この一件での風評を封じるため、ご協力いただきたいのだが」

 後から来た男が、おもむろに紙を取り出した。

「期間は5年、その後は2年毎に更新の意思を示すものとし、なければそのまま白紙に」

「そうですね。」

「拒否権は貴殿側のみで」

「よろしいのですか?」

「そうでなければ詫びは成立しないだろう」

 男がさらさらと、手慣れた様子で決まったことを書き上げていく。

「補償金については」

「不要でしょう」

「悪意ある不履行の場合は…これくらいで。家名はそっちでいいか?」

「ウリエレ様もいらっしゃいますから、それがいいかと」

「では…」

 男が

「ご確認ください」

と書きあがった紙を見せる。

 双方の父が確認し、サインを入れる。

 男が日付とサインをし、魔法で複製を作った。最後に修正できないよう結印を施し、

「お納めくださいませ」

 男は1部づつ双方の父に渡し、役目を終えると一礼し、家を出ていった。

「では、今後ともよろしく」

 リーヴェ侯は父と握手し、母同士も少しだけ話はしたが、リーヴェ侯爵夫妻は早々に家を出た。一仕事終えて呆けていたご令嬢は、父親に呼ばれて慌てて暇乞いの礼をした。

 僕とテリィは何かを話す暇もなく、あわただしく帰る姿を手を振って見送った。


「…父さん、あれ、やらせだよね。何あれ?」

 僕がそう言うと、ごほんとごまかすように咳払いをして、手にしていたさっきの紙を僕に手渡した。

「それ、お前のだから」

 広げた用紙には、婚約証明書の文字があった。

 そこにあったのは、フェルディナン・レオナールと、テレシア・リーヴェの文字。家長のサイン、そして、公証人の名前…。バリバリの公正証書だ。

 初めて見た、本物。

「これ……、」

 驚いて父を見た。

「テレンスの風評被害を避けるために協力してほしいんだとさ。まあ、お前には拒否権あるし、期限も5年間だから、気が向かなくなったらやめにできるし」

「な、なんで本人抜きで」

「お貴族様は家長に決定権があるんだと。子供は従うのが当然だってさ。大変だねえ」

 なんとなく他人事を装っているけど、父も同じ穴の狢であることは、見え見えだった。

 母も笑っていた。初めから知っていたらしい。

 目立つ馬車で来たのも、世間に知らしめるためだったんだろう。

 このために多忙を極めるリーヴェ侯がこんな街中まで来るんだから、貴族って怖い。

 多分、さっきの様子からして、テリィも知らない。

 そして、公証人の署名の下に、魔法のかかったインクで書いてあるもう一人の署名…。

 これ、父たちはわかってるんだろうか。テリィが見たら、どう思うんだろう。



 昨日学校が終わるとすぐに家に呼び戻され、翌日、つまりは今日、かねてから言われていた「謝罪」に行くことになった。

 母から何度も礼の角度を注意され、なあなあで済まそうとしたお詫びの言葉は、言い間違いもできないくらい何度も繰り返させられた。お詫びの魔法でリピートする鳥にでもなった気分だ。

 市中で馬車を止めると邪魔になるのはわかっていただろうに、フェルディの家の前に横付けし、侍女なんて入れたら身動き取れなくなるということで、侍女たちは馬車でそのまま待機。

 父がここまでに庶民感覚に疎い人とは思わなかった。

 まずはお詫びから。父が仕切るのを待って、練習してきたとおりに、見た目だけきれいなお詫びを向けた。

 それを見て、笑いそうになっているフェルディを少し睨みつけた。こっちにはこっちの事情がある。これを乗り越えないなら自宅から学校に通えと言われているのに。

 未だになんで謝らされるのかが理解できない。具合の悪い人を心配して何が悪い。

 世間体のばか。

 お詫びの言葉を言って帰るだけ、だったはずなのに、父同士で何か打ち合わせをして、家の前で待ち合わせをしていた男の人に書き取らせ、さっとサインを済ませる。

 かくして、頭を下げればおしまい、ということで、ドレス姿にあれだけ時間をかけながら、早々に退散する。

 フェルディと何も話せなかった。週明けに学校で話そう。


 帰りの馬車の中で、父が侍女に持たせていた紙を私に見せた。

 何だろう。

「お前のしでかしたことがちょっと良くない噂になっているので、レオナール家に協力してもらうことになった」

 広げると、 、、?

「こん…やくしょうめ…」

 誰の?

 フェルディナン・レオナールと、テレ…テレシア・リーヴェ。

「父上!」

 声がひっくり返った。

「はしたないわよ、テレシア」

 母が笑いながら言った。

「だ、だって、これ」

「家同士で決めたものだ。お前に拒否権はない」

「拒否権って」

「5年間、何もなければ、解消になる。延長条項もあるが、申し出がなければ、自然消滅だ」

 文書の中身をじっと見る。

 期間は5年間とする。申し出により2年毎の延長が可能。レオナール家には拒否権がある。保証金はない。悪意ある不履行は、指定の賠償金を請求できる。それ以上の請求は認めない。婚姻成立後はレオナール家に属する…

 フェルナン・リーヴェ

 ジェラルド・レオナール

 今日の日付

 公証人の名前。

 それから…ヴィットリオ・ヴァレンティン。

 何故ここに伯父の署名が?

「お相手が決まるまで毎週お茶会に帰ってらっしゃいと言ったのに、あなたが嫌だと言ったのよ」

 そんなもの、嫌に決まってる。

「学校を出たあと2、3年もあれば、自分の道も決められるだろう。嫌なら、向こうが拒否するようしむけるか、5年待てばいい。まあ、よほど恨まれることをしなければ、レオナール家の連中は無碍なことはしないだろう」

 レオナール家が信頼に値するのはよくわかっている。特にフェルディは。

 でも、どう考えても、これは罰の要素が全くない。

 自分を縛る鎖にはなり得ても、…。

 そうか。私を大人しくさせるための鎖なんだ。

 納得がいった。

 父が手を差し出したので、持っていた証明書を返した。

「ち、父上の、お心遣いに感謝いたします」

「…明日は雨か? 矢でも降るかもしれんな」

 せっかく丁寧な言葉でお礼を言ったのに、父はそっけなかった。


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