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アリシア

 死んだはずのフェルナンの姉、アリシアが、娘の体に乗り移って訪ねてくる、この衝撃的な事件に、リーヴェ家は騒然となった。

 娘テレシアの振りをして様子を見るだけだった、と語る姉に、絶対その気はなかった。

 どう見ても、姉はテレシアに寄せるつもりはなく、同行していた魔王も、テレシアの友人フェルディも、テレシアではない、という(てい)で扱っていた。


 アリシアを単独でリーヴェ家に残せるほどには、フェルナンは魔王から信頼を勝ち取っていた。

 アリシアが父の命で一時的にこの家に戻った時に、何度か二人を引き合わせ、父の説得にも努めた。

 アリシア亡き後も、娘であるテレシアを育て、時には相談事を打ち明けて力を借りるようなこともできるようになっていた。

 それにはずいぶんと時間が必要だったが、そうするよう求めたのは、ほかならぬアリシアだった。


 魔王を敵にしてはいけない。


 それは、魔王の元で暮らすようになる前から、アリシアが言っていたことだった。

「魔物は人を襲うことはあるけれど、フィオレンツァの隣人は、静かに暮らしている。人が害しない限り、むやみに人を害することはないわ。友になれなくても、決して敵にはならないよう、敬意をもって接するべきよ。それなのにお父様は…」


 周囲の国の要人と裏で手を結び、魔王や魔女と呼ばれる存在をも利用し、利益を得ようとしている実父を、アリシアは心配していた。

 心配が故に父に投げた言葉が、父と王の逆鱗に触れ、アリシアは国をつなぐ以外何の役にも立たない男の元へと追いやられることになった。

 その途中の事故により、魔王と呼ばれる男と巡り会い、その寵愛を受けることができたのは、偶然に過ぎなかったが、そうなって余計にアリシアは自分の愛する夫と、自分の愛する国、どちらも平穏であることを願い続けた。

 魔王に接するときは、常に笑顔を忘れず、もともと朗らかで明るい気質ではあったが、叱りたいときや怒りを持った時も、決して激することなく自分を律し、優しく、言葉で理解を求めようと心がけていた。

 中でも難しいのが、娘、テレシアとの関係だった。

 アリシアに言わせれば、魔王は、父ではなかった。

 急に妹ができた兄のように、時に可愛がりはするものの、アリシアの関心が自分に向けられることが少なくなれば、機嫌を損ねてしまう。

 兄でもいい。少しづつでも家族として互いを思いやれるように。5年もすればきっと娘も父を理解し、父の愛の対象になるだろう。

 共に遊ぶ娘は、顔立ちは父親である魔王に似て、甘えるのが下手なところはあったが、愛らしく微笑み、自分と同じように好奇心に満ち、冒険しては心配させるところも心を惹いてやまなかった。

 この屋敷に住むと言った自分を受け入れて、愛してくれたのなら、きっと娘も愛せるはず。

「必ず森の館に戻るわ。私はあの人より先に死ぬことは判り切っているけれど、テレシアやその子供たちが私の代わりにあの人のそばにいて、淋しい思いをしないように、きっと見守っていくから」

 アリシアの願いは、突然絶たれた。


 心のかけらが寄せ集められ、何もできないガラスの中に閉じ込められ、時々見える光景に胸が締め付けられるばかりだった。

 違う。違うわ。私の願いはそうじゃないのよ、ヴィットリオ

 どんなに思いを伝えたくても、(すべ)がなく、生きても死んでもいない心だけになった自分。

 時々嬉しそうにもたらされる、半分死んだ「依り代」。

 2日だけ鳥になったこともあった。

 魔王には失敗したと思われ、鳥かごに入れられた。

 世話をしてくれる執事が「アリシア様」と呼びかけ、そっと出してくれた。

 声は出せなかったが、肩に停まると心を理解してくれた。

 屋敷にいた間、魔王の世話の仕方を共に工夫してきた優しい魔物は、飛ぶに飛べない鳥を肩に停まらせたまま屋敷を移動し、アリシアの追加の指示を聞き、庭の管理の仕方も学んだ。

 アリシアがいなくなり、また瘴気が戻っていた庭は、アリシアがいた間ずっと使っていたじょうろの水を与えるだけで少しづつ回復し、枯れかけていた薔薇も、ライラックも、アネモネも、百合も、水仙も、すみれも、寄せ集められた花々が息を吹き返した。

 魔王は鳥が息絶えるまで鳥に話しかけることはなく、死後、滲み出してきた心を再び呪言の玉に閉じ込めた。


 魔王が気が付かないだけで、アリシアは何度か依り代の中に留まることができていた。

 大半は留まることさえできず、留まれたとしても、仮に眠らされている本来の心に体を譲った。

 思い出したように時々与えられる依り代に、ある日、テレシアが選ばれていた。

 一度目は心があった。いつものように、本来の心に体を譲った。

 二度目、その中に心はなかった。

 さらさらと体に溶ける。にもかかわらず、その動きは封じられている。

 近くに感じる三つの光…。懐かしい光、愛おしい光、そして温かい光。

 時々、この館にテレシアとともに訪れていた少年、フェルディ。その中に友人リーフィが、娘テレシアの心が宿っていた。

 二つの心を体に取り込み、己の意と反してここに連れて来られながらも、ゆっくりとあふれてくる「特別」な魔力。

 あえて、時間をかけてその魔力に応じる。

 リーフィと話す時間が欲しかった。

 甦っても、自分に与えられる時間は長くないことはわかっていた。

 これは最後のチャンス。自分の願いを叶えるための。


 懐かしい侯爵家を訪れ、魔王が来客のため一旦屋敷に戻った後、アリシアは弟フェルナンの元を訪れた。

 部屋にはフェルナンと、嫡子ウリエレがいた。

 アリシアはフェルディを連れていた。そのフェルディは、悲しみさえも表情からなくしていた。

「テレシアは明日、あなたに返すわね。どうか、これからもあの子を見守ってあげてね」

 姉の決意に、フェルナンは頷いた。

「策はあるのですか?」

「いいえ?」

 あっけなく答える。

「戻すのは私ではなく、フェルディよ」

 テレシアの姿をしながら、その表情はひどく大人っぽく、魔王には決して見せることのない、挑戦的でからかうような笑みを見せた。

「テレシアの方は任せておけば大丈夫。私の方があの人を怒らせてしまうかもしれないけれど、あなた達は、決してあの人の敵になっては駄目よ。あなた達は何も知らなかったのだから」

 アリシアの目はフェルナンと、ウリエレ、その両方に向けられた。

 自分の意志で魔王に何かをするのだ、リーヴェ家は関わるな、と、念を押している。

 ウリエレは父から聞いてはいたが、伯母アリシアは、魔王も、リーヴェの家も、この国をも愛し、守ろうとする策士だった。

「私が去った後は、魔王へは私を連れてきてくれてありがとう、と、それだけ思えばいいの。それ以外のことは忘れなさい。テレシアにしたことは忘れ、決して恨まないこと。恨んでいいのは、テレシアとフェルディだけ。リーヴェの者も、王も、決して敵対してはいけない。私は遠の昔に死んでいるのだから」

「…わかりました」

 フェルナンはそう答えたが、堅く握られた拳は小さく震えていた。

 アリシアは、フェルナンを抱き寄せた。

「フェルナン。あなたの努力には敬意を表します。誰もがなし得なかった、魔王との交流を果たし、友として、時にきついことを言っても許されるところまで、ずっと耐えながら努力をしてくれたわ。私の自慢の弟よ」

 フェルナンから手を離した後、少しふらついたアリシアを、フェルディが支えた。

 フェルディからは、屋敷にいる間ずっとアリシアに放たれていた魔力が消えていた。

「本当は、テレシアの父として小言の一つも言いたいんですけどね」

「私も兄として、嫌みくらいは言いたいです」

 アリシアは二人のその言葉に、テレシアに向けてくれた愛に感謝した。

 母を目の前で殺され、心を閉ざした娘を、不器用ながらも愛を忘れることのない人に導いてくれた家族に深い礼をささげた。

「リーフィ、行きましょう」

 ともに立ち去るフェルディに語り掛けた名は、ウリエレは知らなかったが、フェルナンは知っていた。

 かつて、幼いテレシアを守った精霊。

 あの時より格段に力を増し、白百合の王と呼ばれた頃と比肩する力を秘めていた。

「アリシアは私が、テレシアはフェルディが守る。案ずるな」

 濃い緑の瞳が、アリシアとともに立ち去った。


 そして、アリシアは、戻ってくることはなかった。


 次の日、散歩に行くと言ったまま、日が暮れても戻ってこないアリシアに、リーヴェ家の者はその場で待つしかなかった。

 詳しい事情を聞いてはいなかったが、レティシアもまた、友はもう戻ってこないと覚悟はしていた。しかし、テレシアはきっと戻ってくるはず。

 沈黙が重く、進まない食卓で、

「旦那様、テレシア様がお戻りになりました!」

 無作法と知りながらも、家の主人が最も求めていた回答を、執事が足早に伝えた。

 駆け付けると、従者に抱えられ、眠ったままのテレシアが、部屋に運ばれていくところだった。

 後ろで庭番に声をかけているフェルディが見えた。いつもと同じ、少しはにかむ少年が戻ってきていた。

 フェルナンと目が合い、そっと会釈をしてそのまま立ち去ろうとしたフェルディがぐらりと揺れ、倒れ込んだ。慌てて庭番がフェルディを抱え、フェルナンの指示で昨日フェルディが使っていた部屋に通された。

 テレシアは眠っていただけだったが、フェルディはかなりの高熱が出ていた。

 至急医者が呼ばれ、レオナール家にも連絡をつけると、夜更けだったがフェルディの父ジェラルド・レオナールが駆けつけた。

「フェルディに無理をさせてしまった。申し訳ない」

「いえいえ、こちらこそご迷惑をおかけしました」

と双方が謝り、フェルディの様子を確認した後、双方の父は別室で膝を突き合わせた。

 多くの情報は伏せる必要があった。

 魔王に関する対応は、リーヴェ家に一任され、秘匿される。

 ジェラルドも騎士団員であり、察するところはあった。

 かつては四聖として活躍するほどのテレシアのそばにいる以上、何らかのトラブルに巻き込まれるのは必至。特に今回はフェルディは自ら進んで後を追って行ったのだ。

 例え何かに巻き込まれようとも、守ると決めて突き進む者の意志を尊重するのが、レオナール家のやり方だった。


「うちの子は、お役に立てましたかね?」

 事件の詳細を問わないジェラルドの言葉に、フェルナンは心から感謝した。

「役に立つどころか…。うちのじゃじゃ馬には本当にもったいない限りだ」

 深い、深いため息をつき、フェルナンは爵位を気にせず、ただの親になって、旧友ジェラルドと向かい合った。

「長官の策略とはいえ、四聖の時にも十分迷惑をかけ、怪我を負わせたというのに、今回もうちの子は無傷で、フェルディが体調を崩すことになってしまい…。正直、テレシアと一緒にいるとフェルディが持たないのではないかと心配しているんだよ」

「寿命が持たないような相手を選んだんだから、しょうがないんですよ」

 ジェラルドは苦笑いをして、言葉を続けた。

「四聖のことで呼び出される前から、あいつはうちに出入りしていたテレンス…テレシア嬢が気になってしょうがなかったんでね。小さい頃は、自分より強い子を守れないとしょげてたもんです。やっと隣に立てる程度の人間にはなってきたんです。少々痛い思いをしようと、本人がやめると言わない限り、そばに居させてやってもらえませんか」

 子供が熱を出しているときに不謹慎かと思いつつ、少し上等な酒を取り出すと、フェルナンはジェラルドに勧めた。

 ジェラルドは受け取ると、くっと一気にのどに流し込んだ。

「うちじゃ、家格が合わないことは承知しています。テレシア嬢にふさわしい方が見つかるまででかまいませんので…」

「見つかると思うか? あれに」

 フェルナンもぐっと一気に飲み干して、眉間にしわを寄せた。

「あれを道具としか思えんような奴にでも利用されれば、国家の危機だ。そうそう誰にもなつかない気難しいのが、なついてくれたのがお前の家でよかった」

 グラスに、次の1杯が注がれた。

「引きこもっていた頃の脱走先がおまえの家で、発散できる程度に遊んでもらえ、騎士を目指して生きようなんて思ってくれただけでもありがたい。…しかし、上の二人のどちらかだと思ってたんだが、三男坊を選ぶとはなあ…」

「わかってないなあ」

 ジェラルドが2杯目に手を伸ばす。

「フェルディは、癒し手ですよ」

「癒し手?」

「あいつが熱を出すのは、誰かを癒した後だ。今日も多分そうでしょう。調子の悪いものがそばにいれば肩代わりするかのようにフェルディの体調が悪くなり、2、3日寝込む。そして具合の悪いものは回復する。うちじゃ日常茶飯事で」

 侍従が来て、軽いつまみを置いて立ち去った。早速手を伸ばす。

「うちのもんも、自分達は治りが早い元気者なのにフェルディはって言うもんだから、あいつも自信を無くしてあんな控え目な性格になってますけどね。あれはあれで下手に利用されると命を落としかねないんで、本人には言わず、まずは力をつけろとスパルタで育ててます」

「癒し、か」

 ジェラルドの言葉は、集めていた情報とも一致していた。

 本人に自覚なく、癒しの力を発動している可能性が高い。

 魔王もまたその力に興味を持っていた。

「ま、優秀な兄達のおかげで、普通以上には動けるようになってますし、体力もついてそうそうくたばることもなくなってきた。上の兄二人と比べるとそりゃ見劣りはすると思いますけどね、その程度に思ってもらっていた方が、こっちも安心なんで」

 直接フェルディに向けられることはなかったが、父ジェラルドのフェルディに対する評価は、二人の兄に比べても決して劣ることはなかった。

「お前がそう評価するということは、かなり、だな」

 フェルナンは、あごに手を当て、そのままにやり、と笑った。

「よし、決まりだ。じゃ、うちのじゃじゃ馬の手綱取り、三男坊に任せるよ」

 ジェラルドは、グラスに近づけていた口を寸止めし、ぎょっとした顔でフェルナンを見た。

「真の価値は、身分なんぞで測れるか。うちが身分だのそんなもんを気にする家に見えたのか? アリシアの夫のリュートは、四聖とは言えバリバリの成り上がりの平民だぞ?」

「いやいや、ちょっとは気にするところでしょ?」

「あの二人の価値を誰かに気づかれる前にとっとと仮押さえくらいはしておいてもいいだろう、こっちも、そっちも」

「まあ、こっちも、そっちもねえ」

 とうの昔にわかっていた結論ながら、相変わらず柔軟でかつ強引なやり方に、ジェラルドは笑うしかなかった。

「うち、上二人がまだ相手がいないんですよ」

「うちも一人まだだ」

 無駄と承知の言い訳も、さらりと流される。

「まあ、仮押さえ的な予約で、周りを牽制しといて、あとは本人達次第ってことでいいなら、こっちは構いませんけどねえ。リーヴェ先輩にはかなわないなあ…。」


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