表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/51

同じ願いを分かち合う者

 自分に割り当てられた一室に入ると、ベッドの上に飛び乗り、正座したまま顔を枕にうずめた。

 なんであんなことを言ったんだろう。

 恥ずかしさに後悔を口にしてはみたものの、心の奥ではアリシアさんの願いを叶える手助けができたのを、さほど悔いてはいなかった。

 アリシアさんの、テリィを思う気持ちは、本物だと感じた。そう思えるなら、アリシアさんの言った「テレシアを返す」という言葉を信じられるかもしれない。

 丸めていた体をゆっくりと伸ばす。

 うつぶせになった体に異変を感じた。

 胸に感じる妙な圧迫感。

 やせていて、決して豊満とは言えない体つきだと思っていたのに、そこに胸があるのを体で感じ取ると、自分がまだテリィの体のままなのだと改めて思い知らされた。

 ついさっきまで、テリィのことをあきらめようとしていた自分が、急に変態じみた執着心を持った。

 もし、これが本人の体を忠実に再現しているとしたら、

 頑張って鍛えている割に、細い腕だ。魔法の強化なしだと剣を振り遅れるわけだ。

 肩が薄い。すぐに鎖骨に当たる。細い首。心臓に届くまでに、柔らかな筋肉が隆起して…

 それ以上は駄目だ。ゆっくりと動かしていた手を止める。

 安易に好きな子の姿になると志願した自分が、下衆で最低な人間に思え、それなのに妙にドキドキして、疲れを感じているのに眠れなくなってしまった。


 冴えてしまった目に、机の上で光る白いものが目に入った。

 起き上がって確認すると、乳白色の石が付いた指輪が置いてあった。誰かの忘れ物だろうか。

 青白く光る指輪に乞われて、月の明かりが届く位置に移動する。もうすぐ満月が近かった。

 白い石は月の光を浴びて、その光の中の青さを強めていた。

 石の望むまま、しばらく月光浴をさせた。忘れ物なら、そのうちだれかが取りに来るだろう。


 ノックの音がして、ドアを開けると、アリシアさんが立っていた。

「少し、いいかしら?」

 周りから見れば、鏡のように同じ顔のものが向き合っているんだろう。

「どうぞ」

 アリシアさんが発するよりも低めの、同じ声が答えた。

 机用の椅子を用意してアリシアさんに座ってもらい、僕はベッドに座った。

「その姿、ありがとう。フェルディ、本当にありがとう」

「いえ、あの…術をかけたのは魔王、ヴィットリオさんですから」

「私の願いを伝えてくれたのは、あなたでしょう?」

 微笑みながらも、少し寂しそうな顔をしていた。

「あの人は、私の願いがわからないの」

 懸命に、笑おうとしていた。いつも笑顔で柔らかく話す人だった。そういう人だと思っていた。

 でも力尽きたように、笑顔が少しづつ、消えていく。

「あの人の中にあるのは、私はこう望んでいるだろうと思う自分勝手な解釈だけ。それは自分の望みでしかないことに、気が付いていないの」

「…今、ヴィットリオさんは?」

「夜に来客があるからと、黒い森の館に帰ったわ。明日の夕方に迎えに来ると言って…」

 ここには、魔王の目はない。アリシアさんは、本心を告げようとしている。僕もずっと聞きたかったことを、聞いてもいいのかもしれない。

「アリシアさんは、テリィの体で生きることを望んでいますか?」

「いいえ」

 その答えは、すぐに返ってきた。少しの迷いもなかった。

「私は、自分の体を失ってから、ずっと長い間、ガラス玉の中に閉じ込められていた。生き返る方法を探ると何度も外に出されて、また閉じ込められて…」

 手がぎゅっと握りしめられる。手に爪が食い込むほど、強く。

「あの人は、魂さえあれば、私が生き返ると思い込んでいるの。それが私の幸せだと。だけど、そうじゃない。私が消えた時から、いえ、消える前から私の願いは変わることはなかった。ずっとそう言っていたのに、あの人は私の願いを叶えようとしてくれなかった。だから、私は自分の願いを叶えることにしたの。自分の力で」

 ゆっくりと、アリシアさんは立ち上がった。

「手伝ってほしいの」

 向かった先は、机。

「私は、もうすぐ消える」

 机の上の指輪を手に取った。

「月の光を与えてくれたのね。フェルディ、やっぱりあなた、素敵だわ」

 そして、ゆっくりと僕のそばに来て、

「月の光の加護を、あなたに託すわね」

 僕の手のひらに、その指輪を乗せた。同じ指輪が、アリシアさんの左手にもつけられていた。見た目は全く同じなのに、感じる力は全く異質のものだった。

 手の中の指輪には、さっき持った時には感じられなかった、圧倒的な力が込められていた。

 吸い込んだ月の光をまき散らすように光り、目がくらむ。

 思わず目を閉じると、体が後ろに倒れた。吹き飛ばされるような衝撃だった。


 目を開けると、そこは荒れ狂う世界。

 指輪を狙う3人の魔法使い。

 指輪を守ろうとするアリシアさん。その姿はさっき見た、テリィより少し背の高い、金色の髪の姿。


 リーフィ、テレシアを守って!

 薄緑色の髪をした何かが、小さき者を守る。灰色の髪をした、小さな女の子を。

 母を求めて駆け寄ろうとするその子を、緑の髪の守り人が異質な魔法で守る。

 ――本当は、本当に守りたいのは、我が友、アリシア。

 ――だが、その時の私に守れるのは、一人だけ。

 ――アリシアの望みは、娘を守ること。

 ――私はアリシアの望みを叶える。そう約束した存在だ。


 再び暗くなる。

 もっと、ずっと過去へ。


 白い百合の咲き誇る、森の中の一角。

 黒い魔法の塊が空から落ちてきて、一瞬のうちに、一面の百合は枯れた。

 何かの争いに巻き込まれた、それだけだった。

 白百合を愛した魔女が泣き叫ぶ。悲しみに絶叫が呪いに変わる。

 魔女の呪いを受け、白百合の王は、黒く折れた百合の中に閉じ込められた。


 長い時を経て、無様な百合が館の庭に植え替えられる。

 黒き森の館には、人間の女がいた。その指には指輪が光り輝いていた。指輪の名は『白百合の静寂』。

 指輪からあふれる浄化の力が、じょうろを通して水に広まり、黒い森にありながら、中庭にはいろいろな花が咲き乱れていた。森から拾ってきた花たちが。

 ――かつて、私が魔女に教え、浄化の力を与えた指輪だった。

 黒かった百合の葉や茎が土に戻り、その球根から新しい芽吹きを得る。あれほどの呪いを受けながら、奇跡的に再び元の姿を現すことができた。

 花が開いた時、敬意と感謝を込めて、白百合の王は人の女にひざまずいた。人は、友になることを望んだ。


 森に入り込んだ人間が、黒き森の館に住む人間の母子を見つける。

 行方のわからなかった、高貴な家の娘であることがわかると、連れ戻そうとする者が何度も何度も現れた。時に脅しの手紙を持って。

 ――アリシアは、大事な者を守るため、人の世の家に戻った。

 ――私はアリシアとその娘のそばにいた。

 ――かの父は強欲で、黒い森の館の主を恐れず、アリシアが説得できる相手ではなかった。

 ――アリシアには、別の国に嫁がされる算段がつけられ、娘テレシアも他国に引き渡される話がついていた。

 ――黒き森の館の主との間で、アリシアは館の主が、テレシアは私が守ることが決められていた。

 ――だが、その日、館の主はいなかった。


 一番初めに見た、指輪を奪い合う光景が繰り返される。


 ――私が守りうるのは一人。

 ――私は、選ばねばならなかったあの時、アリシアの望みを選んだ。

 ――魔法使いの欲と、魔物の飢餓に巻き込まれ、アリシアは消えた。

 ――テレシアは守ったが、我が力は潰える寸前だった。


 黒い森の館の百合は、世話をするものを失い、少しづつ弱り、色あせていった。


 子供たちが森に入る。小さな森の恵みと、ささやかな勇気試しのために。

 子供たちの後ろに、近づく魔物。

 一番後ろにいた幼い者に狙いが向けられ、近くにいた二人が庇う。

 そのうちの一人、テレシアに魔物の爪が伸びた。

 その魔物の爪から、緑の魔法がテレシアを庇う。


 ――この時、魔物からテレシアを守ったのが、私の最後の力だった。


 人間の、魔物を退治する者たちが駆けつける。


 ――後の守りは人に任せることにした。

 ――力尽き、消えることを覚悟した。

 ――その時、泣き叫ぶ子供の声がした。


「早く、早く助けてあげて!」

 もう魔物はいないのに。

 周りの者がうろたえる。


 ――人には私は見えないはずだった。だが、私がテレシアを助け、散っていくのを見ている…いや感じている子供がいた。


「死んじゃだめだ!」


 ――その子供のもつ魔力は心地よく、引きつけられ、気がつけば取り込まれてしまった。

 ――だが、それだけだった。

 ――何年たっても、我が力は戻ることはなく、姿を取り戻すこともなく、長い間、ただ取り込まれていただけだった。

 ――だが、その者の願いは、その時も今も、私の願いと通じていた。

 ――私の代わりに、アリシアの願いをつないでいる。

 ――もし、いつかこの身が役に立つ時があるなら、必ず、テレシアとこの者のために役立てようと心に決めていた。


 ――その命がその役目のために散りかけた時、最後の魔力の雫を我が手元に隠した。

 ――私にできたのはその程度に過ぎず、それも長くはもたないはずだった。だが、わずか一滴残ったそれに気づき、手当てする者が命をつないだ。

 ――その者の願いも、また、私の願いと同じだった。

 ――同じ願いを分かち合う者に、

 ――私は乞う。

 ――我が見守りし二人に。我が願いを継ぎし、二人に。

 ――力をなくした私に最後の力を貸してもらいたい。

 ――私の最後の願いは、アリシアを救うこと。

 ――命を長らえさせるのではなく、

 ――アリシアの願いを叶えること。


 目を開けると、指輪を手渡した直後のアリシアさんがいた。

 僕も、倒れてはいなかった。

 手の中の指輪には、光はなく、その手は見慣れた自分の手に戻っていた。


 目の前のアリシアさんは一人ではなかった。

 うっすらと、陽炎のように、アリシアさんの隣に立つ、薄緑色の髪の、人ではない何か。

 薄い硝子に映った影のようにその姿は儚く見える。にもかかわらず、何物にも揺るがされない強い意志を持ち、確かな存在感があった。

 さっきの白日夢の中で、幼い「テレシア」を守っていた存在だ。

「あなたが、さっき見えた、精霊ですか?」

 ――いかにも。10年近く、お前の中で眠っていただけの、役立たずの精霊。リーフィと名乗るものだ。

 音ではない言葉が聞こえた。

 精霊リーフィが僕の手の上に手をかざすと、手のひらにあった指輪が光に代わり、僕の左の薬指に絡みつき、その光がそのまま指輪に戻った。

 ――お前の心の瘴気が取れてよかった。やはり人はあの黒き森に長居すべきではない。

 指輪についた乳白色の宝石は、かすかな光を放ちながら、僕の中の迷いや絶望を少しづつ癒そうとしていた。

「この指輪の力ですね」

 ――いや、お前は自分の力で甦った。指輪はそれを補っているに過ぎない。

 ――力を、貸してほしい。お前の魔力を、だ。

「魔力、ですか? 僕の魔力は大したことは」

 ――構わない。自らを侮るものも、やがてその真実を知るだろう。己を知らぬものは身を亡ぼす。…お前だけに言っているのではない。私もまたそうだ。


 さっきの話が本当なら、リーフィさんは「テレシア」を守ってくれていた人だ。

 「テレシア」を守ることが願いだというのなら、僕らは同じ願いを持っている。

 そして僕もまた、アリシアさんの願いを叶えたいと、今、そう思っている。

「僕は魔力が少ないので足りなくなるかもしれませんが、どうぞ使ってください。」

 リーフィさんはゆっくりと頷くと、僕に近づき、耳元に顔を寄せた。

 ――呪文を3つ、教えておこう。使う、使わないは任せる。

 そして、3つの呪文をつぶやいた。そのどれも、そのまま覚えることはできなかった。

 ――そして、意志をもって、干渉を止めてもらいたい。

「干渉?」

 ――お前は無意識のうちに慈悲の力を使う。だが、意志を持てば、止めることができるはずだ。黒き森の館の主が、アリシアを通してテレシアを辱めようとしたとき、お前は怒りからその力を止めただろう。

 そのことは覚えていない。僕の心が黒い闇に飲み込まれたときだ。どうやったのかも、どうすればいいかもわからない。

 ――お前は、聞き届けるべき願いがわかる者だと信じる。

「努力、します」

 その時になって、考えよう。本当に自分に慈悲の力があるとしたら、それを止めるべき時が来たら、自分に呪いをかけるしかない。

「どうにも駄目だったら、僕の力を吸い取って、変な力を使えないようにしてもらっても構いません」

 そういうと、アリシアさんだけでなく、リーフィさんまでもが変な顔をし、そのまま笑い出した。

「変…変な力、ですって」

 ――あの力を吸い尽くせと言われた。面白い。

「やっぱり素敵でしょ? フェルディって」

 ――アリシアの素敵は計り知れぬが、気に入るのはわかる。

 笑う二人の柔らかな表情に誘われるように、急に眠気が襲ってきた。

 あなたが、あなたの思う人の願いを叶えられるように

 リーフィさんに伝えたかった言葉が口から出る前に、僕は眠りに落ちた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ