依り代
フェルディがアリシアのそばから離れただけで、アリシアは動けなくなった。まるで、回路を切られたかのように、体を動かす機能と魂がつながらなくなった。
魔王は立ち去ろうとする男を魔法で引き留めると、男はそのまま崩れ、床に伏せた。
見えないようにしかけていた腕輪を外す。ここ2日間でそこそこの魔力が溜まっているはずだ。普通の、魔力なら。
男の腕から腕輪を取り外し、動かなくなったアリシアにつけた。しかし、全く反応はなかった。
急ぎアリシアを彼女の部屋の寝台に戻し、そのあとでフェルディの腕をつかみ、引きずりながらアリシアの部屋に放り込む。
寝台に近い床に寝転ばせ、しばらく様子を見るも、変化はなかった。
この男は、意識なく妙な波長の魔力をまき散らしている。
そばに置くだけでテレシアの体とアリシアの魂をつなげるのにいい働きをするだろう。魔王はそう予想していた。
アリシアの魂の入れ物は、いろいろなもので試したが、同世代の人間はもちろん、子供でも、赤子でも、血縁のあるアリシアの弟の娘も試したが、その体になじむどころか、入ることもできなかった。
魔物や精霊、動物、植物でも試したが、まれに入り込めることはあっても、長くはもたなかった。
アリシアの弟に頼まれ、テレシアを狙う者を捕まえるためにテレシアを館に迎えた時、あるいは、と思い、試した。やはり魂がなじむことはなかったが、その体は魂を拒否しなかった。
アリシアの体になり得るのは、テレシアの体だけ、と結論付けた。
一つの体に二つの魂が存在するのが影響しているのかと、テレシアの体から魂を抜くと、アリシアの魂は以前よりさらに易々と入り込めた。だが、体は動かなかった。
魂は呪言の玉に収まった時のように体に入っただけで、馴染まない。
だが、念のために連れてきたこの男をそばに置くだけで、少しづつではあるが、体の中に魂が溶け込んでいくのを感じられた。
魔王は待った。
この男の、恐ろしく少ない漏れ出す魔力が、ゆっくりとアリシアの魂を生き返らせるのを。
そしてついに目覚めた。
目覚めたどころか、アリシアは立ちあがり、よろけながらも自分のもとへと走って来た。
この男には、価値がある。
体にある少ない魔力をかき集め、アリシアに与えれば、すぐにでも魂と体が一つになる、そう思っていた。
しかし、時間をかけて腕輪に溜めたはずの力は、どこにもなかった。
魔具に溜められない。
無理に抜き取ると、倒れる。
倒れた体からは、魔力は放出されない。
何と面倒な、と魔王は思った。
力ずくが、効かない。
それならばいっそ、アリシアの力の源として、飼い殺しにするのも悪くない。もともとテレシアに思いを寄せていた男だ。そばにいることを悪くは思わないだろう。例え中身は死に絶えていようとも。
魔王は、役に立たなかった腕輪をアリシアから外し、消し去った。
次にアリシアが目覚めるのに、半日かかった。
しかし、目覚め、口はきけるようになったものの、体を動かすことはできない。
「あなた、あの口づけの他にもフェルディに何かしたのね?」
アリシアが笑みを消していた。
「少し力を引き出そうとしただけだよ、心配ない。彼を殺す訳にはいかないからね」
できるだけ優しく答えたつもりだったが、アリシアは目を伏せた。
「私…フェルディにお願いしたのよ。力を貸してほしいって。そうしたら、ちゃんと味方になってくれたわ。歩けるようになったのも、フェルディが協力してくれたから。それなのに、力づくで何とかしようなんてしてはいけないわ」
「協力とは? 彼に何をさせたんだい?」
興味深そうに、そのくせ疑いをにじませて、魔王が訪ねた。
「手に触れて、直接力を分けてもらったの」
すぐさま自分が座っていた椅子にフェルディを座らせると、ぐったりしたままの手をアリシアに握らせた。
アリシアの力も入らず、フェルディも握り返すことはない。
重なっていた手は、重みで離れ、何の変化も生まれなかった。
「お願い、無茶なことをしないで。フェルディはテレシアをずっと守ってくれていた子よ。テレシアを失って傷ついているのに、それでも私を助けてくれようとしていたの。それなのにあなたはこの子の力を無理やり奪い、今だって床に放り出していたのね。私が彼なら、そんな人に、助け手を出すなんて、できないわ」
口を動かすことさえままならない様子で、ゆっくりと、少しづつ吐き出された言葉は、アリシアの切実な思いだった。魔王は聞きはしたが、理解できなかった。
「協力しないなら、させればいい」
「させられないわ。心を奪えば、もう二度とこの力は戻らない」
ゆっくりと息をつくと、アリシアは不思議な笑みを浮かべた。
「そうなったら、私はテレシアと、フェルディと、一緒にこの世から消えられるのね。待ち遠しいわ」
その言葉に、魔王は動揺した。
「君が消える前に呪言の玉に戻す」
「戻らないわ。二度と。あんなところ、もう嫌」
「アリシア!」
魔王はぐったりとしたままのアリシアの手を握りしめ、手の甲を頬に摺り寄せた。
「この体は君のものだ。君は私の元に戻るんだ」
「本当にそう思っているなら、フェルディを大切にして。彼は道具ではないわ。テレシアの、大切な、お友達なのよ」
ゆっくりと、子供に言い聞かすように、アリシアは言葉を伝えた。
魔王が指を鳴らすと、執事がやってきて、ソファをアリシアの寝台のそばに寄せ、その上にフェルディを寝かせた。
そして、アリシアの頬に口づけすると、魔王は部屋を出て行った。
ヴィットリオがいなくなったのを見届け、アリシアはゆっくりと、大きな溜め息をついた。
残されている時間があまりないことは、わかっている。果たさなければいけない約束と、自分の思いは同じ。そこに自分の願いも叶えられれば。
アリシアの視線は、そばで眠るフェルディに向けられていた。
「…ええ、そうね。リーフィは、いつだって私の願いを聞いてくれる。あなただけは…。ありがとう。大好きよ」
フェルディの周りで、小さく何かが光っていた。




