指輪を集める者
待ち合わせの場所には馬車が2台止まっていた。
前の馬車には黒いローブをかぶったものが3人、侍女と思われる女性が1人、それとベアトリーチェ姫が乗っていた。
以前魔物が出た時にいた護衛と思われる人たちは見かけなかった。後ろの馬車に乗っているのかもしれない。
「どうぞこちらへ」
ベアトリーチェ姫のいる、前の馬車のドアが開けられる。
姫は顔色が悪かった。
私が乗り込み、指定されたベアトリーチェ姫の正面に座ろうとすると、私の行く手を阻むように姫が手を伸ばした。
「やっぱり、…テレンス、いいわ。あなたは来なくて」
そう言った姫に押し戻されそうになりながら、ドアの近くにいたローブの男に押され、指定された席に座らされた。
「姫様、困りますな」
同じ男が、うろたえるベアトリーチェ姫の腕に触れた途端、馬車のドアが閉まった。そして、教室で感じたものの何倍も強い不快感が、狭い空間に広がった。
指輪!
とっさに反応し、姫の指にあっただろう指輪の黒い石がはじけ飛んだ。
ベアトリーチェ姫の上半身が、がくんと前にうなだれる。
数秒、前に倒れたままだった姫がゆっくりと起きあがった。その目には光が無くなっていた。
私を挟むように左右に座っていたものが私の腕をつかんだ。とたんにすごい勢いで魔力を吸い上げられているのを感じた。
触れているものの触感は、人の手ではない。金属…?
弾き飛ばそうにも動かない。形を変え、蔦のようになった腕を絡ませ、手首から上腕まで締め上げてくる。
ベアトリーチェ姫の左手が、ゆっくりと目の前に突き出された。
その手には、すべての指に指輪がはめられていた。深緑、黄緑、群青、深紅、空色、酔うような光に秘められた悪意を振り払おうと、力を込める。左右の蔦の腕が折れて飛び散り、深緑、空色の石に亀裂が走り、赤い霧が噴き出して消える。しかしすぐさま右から新たな蔦が伸び、首を絞められた。意識が遠のく。
あと3つ…
蔦が私から吸われた魔力で太く成長する。
右に座る者を蹴り飛ばすと、ローブが脱げ、白い鎧のような見覚えのある姿が現れた。人じゃない…傀儡だ。
つかさず、左が再び腕に巻き付く。
押さえつけられ、身動きが取れなくなった私に、無表情の姫の手が伸びてきた。
群青の指輪から放たれる光をはね返す。
しかし、指輪の群青の石を額に押し付けられ、そこから先は闇に飲み込まれた。
■
「姫様」
姫が目を覚ますと、ジラルディ伯爵邸の前で馬車は止まっていた。
目の前にはテレンスが眠っていて、その両腕を蔦のように絡んだ人形の腕が抑えこんでいた。
馬車の中は、一見何もなかったように見えたが、ところどころ焦げたような形跡や、何かの破片が突き刺さった跡が残っていた。
「さあ、中へ」
言葉に従わなければいけないように、体が勝手に招かれる。
テレンスもまた、人形に挟まれたまま立ち上がらされ、目を覚ますことなく、半ば引きずられるように屋敷の中に入っていった。
招かれたのは、以前も通された客間だった。
「お約束をお守りいただき、ありがとうございます」
自分と一緒に歩いていた、さっきまで馬車に同席していたローブの男がローブを取ると、にやりと笑った。
この館の主、ジラルディ伯だ。
テレンスは、ベンチソファの上に放り投げられていた。腕には人形からのびる鞭のような長いひも状のものがしっかりと巻き付いたままで、人形たちが一見傅くように左右に座っていた。
この状態が普通ではないことはわかっていたが、ここに来た真の目的を忘れたわけではなかった。
「ゆ、指輪を返してもらいに来ましたのよ」
「存じております」
ジラルディは、ゆっくりと姫のもとに歩み寄ると、自身の指にはめていた黄色い宝石の付いた石を姫に見せた。そしてゆっくりと外すと、自分の手のひらにのせ、姫に差し出した。
姫がつかもうと手を伸ばすと、ぐっと手を握りしめ、にやりと笑みを浮かべた。
「あなた程度の者に扱えるものではありませんよ」
そして、反対の手を、手の甲を姫に見せつけるように顔の前で広げた。
そこには5つの指輪がはまっていた。その指輪は、確かに家に置いてきたものだった。よく見ると、2つは大きなひびが入り、2つは石が無くなっている。
ふと自分の手を見ると、『黒百合の誘い』の力を持つ、黒い宝石が付いた指輪が無くなっていた。
「これはお返ししましょう」
ジラルディは姫の手を取ると、自身の手からかつて黒い石が付いていた指輪を外し、震える姫の左の薬指にはめた。『黒百合の誘い』の指輪だったものだ。
そして次に黄緑の石の付いた指輪を外すと、その石を姫の目の前に差し出した。
石は、ゆっくりと光を増す。
「あなたの用事は終わった。あなたは指輪を手に入れた。あなたは一人でここに来た。あなたは帰る。そしてすべて終わる」
『忘れ草』の指輪の光が額から吸い込まれ、姫は言われた言葉にこくりと頷くと、客間を出、後方の馬車に乗り込んだ。
馬車には先に眠らされていた侍女もすでに乗り込んでいた。
後ろの馬車には、本来の侍従達もいた。『忘れ草』により、部分的に記憶を失い、偽りの役目を果たした記憶と共に一行は伯爵の館を去って行った。
「箱を」
後ろの馬車に積んでおいた魔女の箱を手元に運ばせると、ジラルディは着けていた指輪を外していった。
箱には10の空間があった。
『勿忘草』『忘れ草』『宵闇の月』『有明の月』『海に戻りし雨』の5つを箱に収める。
2週間前に手に入れていた『満つる月を見る花』だけ指に残した。
『黒百合の誘い』は餞別に姫に分け与えた。偽りの記憶にも根拠が必要だ。魔女の力を補給できないあの女には、もはやただの指輪。しかも石は砕かれている。
指輪の箱には、血のような赤い色をした液体が入っていた。
これこそが、あのリヴァーサの大いなる魔女が残した力の源。
これを指輪に1滴たらすことで、指輪はその力を発揮する。
指輪の箱が封印を薄めている今、魔法の理を知るものが正しい封印をしていなければ、この赤い血の色の力を狙って魔物たちが集まり、見る間に奪われていくだろう。
あのように何の力も持たない者たちには、まさに宝の持ち腐れ。機会を見て、『黒百合の誘い』もまた取り返せばいい。あの姫が国に戻る前に。
もうすぐ、もう一つの指輪、『白百合の静寂』も手に入る予定だった。
リヴァーサの大いなる魔女の遺物。長年行方知れずになっている3つの指輪のうちの1つ。
それを持つ男の引換条件が、目の前にいる「魔女」の提供、だった。
リヴァーサの姫が連れてくる魔女を差し出すなら、コレクションを譲ってもいい。
どんな魔女を連れてくるのかと思いきや、見た目は愛想のない子供だった。
しかし、馬車の中で見せたあの力。魔女の指輪7つを発動させ、大いなる魔女の遺産、傀儡を模して作った人形2体で縛り上げ、魔力を吸い上げたにもかかわらず、指輪3つを壊された。
目を覚まさないよう、額から呪いを充満させた『宵闇の月』の石そのものを吸収させた。石の光だけでは目を閉じさせることもできなかった。
対の『有明の月』が照らすまで、目覚めることはない。
とんでもない力の持ち主。だが、本当に女なのかもわからない。
依頼主の条件は「魔女」だ。女と指定して連れてくるよう言ったが…
「女かどうか、確かめておいた方がいいか。」
ジラルディは口元を緩ませ、引き出しからナイフを取り出した。
首の下に刃先をおくと、ローブを止める金具にひっかけ、切る。
そして、その下のシャツのボタンを見ると、ナイフを置き、あえて手でゆっくりとそのボタンを緩めていった。
1つ。2つ、3つ。4つ目を外し、その布を左右に広げようとした時、目の前に赤い血しぶきが広がり、人差し指、中指の先が宙に浮いた。




