予感
ベアトリーチェ姫からの依頼を受け、父に手紙を書いた。
姫が6つの指輪を持っていること。それが魔具だということ。
指輪が1つ、ジラルディ伯爵のもとにあり、それを引き取りに行くのに同行すること。
その指輪の呪いは『満つる月を見る花』
満月の夜の宵待ち草。ずいぶん洒落た呪いを刻む。
姫は意味を知らない、と言った。
姫のつけていた指輪は『黒百合の誘い』。
純潔、愛の憎悪、恋慕の情を誘う、魅惑の呪い。
フェルディの心臓を貫いた魔女を思い出す。
北の魔女か、それに近い誰かが作ったもの。その読みは外れていないだろう。
できるだけ穏便に返却願いたいところながら、ただ忘れたのか、悪意ある呼び出しなのかもわからない。
ジラルディ伯爵は魔法研究をしている人だと聞いたことがある。少し胡散臭い魔法や、呪術にも造詣が深いと言われていた。
女性に対してあまりよくない話も聞いたことがある。できればお近づきになりたくないが、仕方がない。一国の姫を相手にするのだから、理性的な対応を期待したい。
5日目は何事もなく終わった。
『黒百合の誘い』は、ほぼその機能を失っていた。魔力を追加した様子はない。
姫は決して魔力は多くない。むしろないと言ってもいい。
リヴァーサ国ではあまり魔力の多い人がおらず、魔法に関することは、あの「北の魔女」とその弟子たちが取り仕切っていると聞いた。今は北の魔女はいないので、弟子のうちの誰かが引き継いでいるのだろう。残りの指輪の呪いについても、聞いておけばよかった。道中にでも、聞けるだろうか。
姫はお別れパーティが終わるとその日のうちに寄宿舎を出て、元々滞在していた王立学校の近くにある、我が国の王の別邸の一つに戻ることになっていた。
当面の生活用と言いながら3日がかりで移動してきた荷物も引き取られていく。
パーティは途中まで参加し、姫に別れの挨拶をし退席を申し出ると、明日の待ち合わせの時間と場所が伝えられた。
夕方になっても、父からはまだ返信がない。
少し迷ったけれど、フェルディにも話をしておこう。そう思った時に限って、なかなか姿が見つからない。
もしかしたら、また体調が悪くなって、早めに帰ったのかもしれない。
門の方へ行こうとした時、渡り廊下でフェルディとティルが話をしているのが見えた。
ごく普通の、日常の風景。
伝えようとする話は、またフェルディの日常を狂わせるかもしれない。
ただ聞いてもらうだけでいい。父に伝わらなかった時の保険として。
それなら今より明日、手紙を置いて行くほうがいいかと思った。言えば姫に同行するのを反対されるだろうから。
くるりと進む方向を変えて、あえて顔を合わせず、その場を去った。
私が頭痛を感じたくらいなのだから、フェルディはあの呪いでかなり影響を受けていたのだろう。もしかしたら、私が中和する前は、フェルディが教室内の呪いを中和していたのかもしれない。それなら、あの体調不良も納得がいく。
幼い頃ならともかく、ある程度大きくなれば、それなりに魔力も増えていく。魔力がそう多くないとはいえ、空に近くなるまで使うのはよほどのことがある時だけだ。
トクン、
心臓の音がして、魔力を吸い取られた感触が、突然唇に甦る。
目が覚めていたなら、きっと遠慮して手を出さなかっただろう、私の魔力を。
以前はどうしてあんなことができたんだろう、と今更ながら思う。
掃除当番を代わってもらうためだけに、通りすがりの人を捕まえて、押し当てた唇。
目を見ても、なんとも思わなかった。手が触れるのと、何も変わらなかったのに。
私は変わってしまった。
戻りたい場所ができてしまった。
目を閉じて、深く息を吸う。
見上げた空に姿を現し始めた星に祈る。
どうか、明日が無事に終わりますように。
朝早く起きて、少し遠回りしてフェルディの家に行き、ドアの下端にメモのような手紙を差し込んだ。
立ち去ろうとしたとき、ドアが開いて、ラファエレさんが出てきた。
今日は早番らしい。
「テレンスじゃないか、おはよう。早いな、どこか行くのか」
「おはようございます。…ちょっと。…じゃ、」
素っ気なく立ち去ろうとする私に、何かを察したのかもしれない。声をかけられた。
「フェルディに用じゃなかったのか?」
「いえ、今日は別の用事があって…。お仕事ご苦労様です」
小さく会釈をして、その場を去った。
待ち合わせは、時計台の奥の広場。他国の姫が秘密裏に動くには、馬車を置く場所も限られる。時間はまだある。少し早いくらいなので、遠回りしてもいいかもしれない。
遠くで荒々しくドアが開く音がして、家を飛び出す足音が聞こえた。
濃紺のローブを深くかぶりなおして、気配を消して歩く。
しかし、迷うことなく駆ける音が追ってきて、腕をつかまれた。
「テリィ!」
反対の手には、さっき置いてきたばかりの手紙が握られていた。
「行くな」
いつになくはっきりと止められた。
「今回は行くな。嫌な予感しかしない」
「指輪を取り返しに行くのに同行するだけだ。今日中に戻れる」
「だめだ」
握られた手が痛い。少し顔をしかめた。それでも手が緩められることはなかった。
「教室にあった変な力は、北の魔女の呪いだ」
フェルディは、はっきりと言い切った。私には、恐らくという推測でしかなかったのに。
わかっていて、熱が出るほど無理をしていたのか。腹立たしさが殺気になったが、フェルディの場合、やろうと思って発動できる魔法ではないことを思い出した。
少し冷静になれるよう、呼吸を一つつく。
「何事もなければ、大げさにしたくない。それが姫の意向だ」
メモに書かなかった事情を告げた。
「友人を誰か一人、連れてくるよう言われているらしい。北の魔女が関わるなら、他の人を行かせるわけにいかない。クラスで私より強い者はいない。私は元四聖だ。向こうもそこまでの想定はしてないはずだ」
わかってもらえるはずなどなかった。行かないほうがいい、と自分の中でも何かが止めている。こういう時は、大抵何かある。
それでも、友達やフェルディを行かせるという選択肢はない。
「家にも連絡したんだが、父から返事がない。もし家に私の知らせが届いてなければ、意図的に私が呼ばれたことも考えられる。ないと思いたいけれど…。フェルディ、もし今日中に私が戻ってこなければ、その時は動いてほしい。それはその時のための手紙だ」
「駄目だ。それじゃ遅すぎる」
説得できるわけがない。できるとも思ってない。
そして、私も説得されるわけがない。できると思わないでほしい。
「ごめん」
目くらましをかけた。小さな閃光でひるんだところで、記憶遅れの魔法をかける。思い出すのは半日後でいい。
意に沿わない魔法はかかりが悪い。
やむを得ず、心の動揺を誘う。
胸ぐらをつかみ、頭を引き寄せ、魔法を口移しで飲み込ませた。
いつかのように、少し魔力も一緒に吸い込まれた。少し驚いたけど、魔法は緩めない。
うつろになった目に効き目を確信してゆっくりを手を放し、フェルディに家に戻るよう手で導いた。ゆっくりと私に背を向け、家に戻っていく。
それでいい。
私もまた背を向け、待ち合わせ場所に向かって足を進めた。
心が揺るがないよう、決して振り返らずに。




