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黒百合の誘い

 ベアトリーチェは大事な指輪をなくしていた。

 その指輪を「見つけた」と、連絡があった。


「週末にお友達を連れて、取りにお越しください。そう、お知り合いの中で、例えば学校で、できるだけ魔力の高い女性がいい。魔女の指輪のおかげで仲良くなられたでしょう?」


 そう言われても、どうしたらいいのか…。

 あの指輪は、母から預かっている大事なもの。

 魔力の研究をしている男に是非見せてほしいと言われて、持って行ったけれど、やはり持ち出すのではなかった。

 魔封箱の力が弱まっていて、ただでさえ開けるのが不安定なのに。

 もしかしたら、落としたのではなく、盗まれていた可能性も否定できない。


「何も、取って食ったりはしませんよ。われらが偉大なる魔女に捧げる力を、少し、お貸しいただきたいだけです」


 王立学校の友達は皆貴族だ。護衛なく連れ出すのは難しい。

 でも、今いる街の学校なら、頼めばついて来てくれる人がいるかも…。

 父の知り合いで、魔法研究の第一人者。呼ばれて3度ほど屋敷を訪ねたけれど、舐めるような目線が不愉快だった。

 早く指輪を取り返さなければ。



 翌日、朝早く教室に行き、浄化の魔法を試してみた。

 悪意は感じないものの、何かあるのかもしれない。

 あまり浄化は得意ではない。それでも何か試さないと落ち着いていられなかった。

 フェルディは翌日には元気になって学校に来ていた。

「昨日はありがとう」

と言われ、黙って頷いた。

 ベアトリーチェ姫が侍女を連れて登校する。

 今日も朝からアニエルが声をかける。

 普通の一日が始まる。

 席に座って、教室中にゆっくりと魔法を巡らせる。

 授業が始まる。

 …何だろう。妙にだるい。

 また頭が少し痛みだす。

 隠されている何かを感じる。

 追跡していて、カクン、と落下感。居眠りしていたのに気が付く。

 その瞬間、見えた。

 鳥肌が立った。

 黒い光が、こっちを見ている。黒…黒い花? 隠しの魔法も付与されている。…心を奪う、呪い。発現元は、白い指に光る、黒い指輪。

 ベアトリーチェ姫だ。

 姫の指輪を壊すわけにはいかない。

 隠しの魔法を維持したまま、黒い花に力を注ぎ込む赤い血のような魔力をゆっくりと抜いていく。薄く、ごく薄く。急に止めると、気づかれてしまう。

 この薄さなら、きっと影響を受ける人は少ない。頭の痛みも治まってきた。

 指輪に仕掛けられていたのは魅惑の呪いながら、悪意はなさそうだった。

 見知らぬ人と早く打ち解け、仲良くなるために、こうした魔法を使うこともなくはない。あまり好ましいとは思わないけれど。

 姫がここにいるのはあと2日。たった1週間でも姫がこの学校での生活を不安に思い、魔法に頼ったのなら、このまま明日まで黙って知らぬふりをし、立ち去るの待つだけだ。

 指輪に潜むねちっこい赤い魔力だけは、どうしてもなじめない。さっきの鳥肌は、その魔力のせいだ。

 少し休んだだけのつもりだったのに、気が付いたら授業が終わっていた。

 指輪の力は、制御できている。誰も気が付いていない。


 待ち伏せされ、ほかの女の子たちの勧めもあり、その日のお茶会は参加せざるを得なかった。

 フェルディはまだ体調が十分でないから、と、辞退してほかの友人と帰っていた。

 私が初日に私室に行くのを渋っていたので、食堂の近くのサロンを準備してくれていた。男女合わせて10名ほどが参加していた。私には少し苦手な空間だった。それでもアニエルやナタリアたちが一緒だったので、まだ気分は楽だった。

 魅惑の魔法は切れているはずだったけれど、彼女たちは変わらず明るく世間話にのめりこむ。高級なおいしいお茶が出て、お代わりもし放題。こんないいお茶を飲み慣れると、後々つらくなるかもしれない。

「テレンス、昨日ね、フェルディと一緒にいなくなったでしょ? ベアトリーチェ姫が心配してたのよ」

「姫様ったら、どうしてもあなたたち二人とお茶会をしたかったようよ」

 姫が私達を呼びたいのは、お礼の気持ちなのは分かっていた。

「明日は最終日で、お茶会どころじゃないものね」

「1週間、早かったわ」

 名残惜しそうにベアトリーチェ姫が言った。

「明日はお別れパーティでしょ?」

 そういえば、そんな話を先生がしていた。すっかり忘れていた。

「テレンスも、パーティくらいはスカートで参加したら? ドレスとは言わないから」

 ナタリアの言葉に、私は顔をしかめ、ベアトリーチェ姫は目を見開いた。

「スカート?」

「テレンスだって、スカートくらいは持ってるんですよ。お母様がせっかく送ってくださるのに、着てるところ、見たことないんだから」

 早々に自分が話題の中心でなくなることを祈った。ナタリアは服の話になると長い。調子に乗ると、私の服、から誰の服がどうで、今の流行は、王女様のドレスは、とどんどん話が広がっていくので、そっちに転がることを期待して、そのまま話すのを止めることなく聞いていた。


 時間が来て、みんなと一緒に帰ろうとしたとき、姫に「テレンスに話があるの」と声をかけられた。

 クラスのみんながいなくなると、温かいお茶のお替りを入れた後、侍女も退出し、姫と二人きりになった。

「あなた、女の子でしたのね」

 言われるまで、勘違いされていることに気が付いていなかった。

「…はい。こんな格好でいますので、誤解されても当然かと」

「よかったわ。テレンスとフェルディナンがお付き合いされていると聞いて、皆さんずいぶん理解があって、国はずいぶん前衛的なのだと思っていたのよ。あなたたちも公認のようだし」

 口をつけていたティーカップの傾きを止めた。

 ずいぶんな展開にも、お茶を噴き出さなかった自分をほめたい。

「そういう人も、います。公認は、…よくわかりません」

 周りが「認める」と思ってくれているのかどうかは、正直言って、よくわかっていなかった。周りの人の公認以前に、自分の、自分とフェルディの立ち位置がわかっていない。

「私も国に戻れば、早々に嫁ぐことになるでしょう。自由にできるのは、この国にいる間だけ。わがままを聞いてもらって、この学校で皆さんとお話しできて、嬉しかったわ」

 父の言葉を思い出した。「最後のわがままが、最後になったためしがない」

 これは、何かおねだりをするときの、姫君の殺し文句。

 にっこりと微笑み、手を前に組んで、その上に顔を乗せた。黒い指輪がよく見えるよう、こちらにむけられている。

「実は、困ったことがあって…助けてほしいの」

 魅惑の指輪は、効いていない。そのことをわかっていない。

「この国に、お父様の知り合いの方がいらっしゃるんだけど、私がなくした指輪を預かってくださっていて、取りに行かなければいけないの」

 指輪、と聞いて、今つけている黒い指輪に目が向いた。

 一つじゃない?

 あの時、魔物に襲撃されたとき、姫が持っていた箱。呪い付きの魔具が複数入っている気配がした。もしかしたら、その中身は、指輪?

「その席に、お友達を連れてくるように言われているのだけど…、私が見た中では、あなたが一番魔力が強そうだから、あなたに来てもらえると安心で、護衛もしてもらえるんじゃないかしら、って思ったの」

 よりにもよって、あと1日で終わる、と思っていたところで、護衛の話が来るとは思わなかった。

「他の方にお願いすることも考えたのだけど、あんな風に攻撃魔法を使えるあなたがいいと思うの。お願いできるかしら?」

 他の方、…クラスメートを人質に取られている気がした。

「それともフェルディナンに頼んだ方がいいかしら。彼も充分強いし、あなたの代わりと言えばきっと」

 最悪だ。断れないように話を持ってくる。

 こういう人間は嫌いだ。

「…いつですか?」

「明後日よ。明日この学校を去って、来週には王立学校に戻るわ。その間のお休みに、さっと行って済ませてしまいたいの」

 明後日。姫との別れが1日延びた。

 伯父との約束は、そのもう1日後。何とかならないこともない。

 ただし、指輪のことは聞かなければ。

「その指輪は、魔具ですか?」

 私はこちらに向けられている黒い石の指輪を視線で示した。

「これ? …そうよ。やはり気が付いていたのね」

 姫は自分の指にはまっている指輪に触れた。

「『黒百合の誘い』というおまじないがかかっているの。この指輪をつけていると、お友達が増えるのよ。初めていくところでは、いつも身に着けるようにしてるわ」

 おまじないではない。「呪い」、それも相当確実な。確かで、強く、人の心をかき乱す。使い方によっては悪用もできる。

 姫は軽く考えすぎている。

「取りに行く指輪も、おまじないがありますか」

 ベアトリーチェ姫は、少し迷った後、

「…ええ。」

と答えた。

 「『満つる月を見る花』というおまじないがかかっている、と聞いてるわ。どんなおまじないなのかはわからない。使ったことはないの」

 呪い付きの魔具が他人の手に渡り、取り戻す必要がある。

 これは、行かずに済ませられるものではない。

「大変失礼ながら伺います。先日の箱に入っていたのは、指輪ですか?」

 姫がビクリ、と体を動かし、ゆっくりと息を吐きだした後、覚悟を決めて

「ええ」

と答えた。

「いくつ入っていますか?」

「今は、5個。この指輪も合わせると6個よ。もともとは7個入っていたの」

 道理であの時、ざわりとした嫌な気配がしたはずだ。

 6個も、あの時が失う前だったなら7個もの呪いが入っていたのだから。

「あの箱自体が魔封箱なのだけど、ずいぶん前に作られたもので、封じる力が弱まっているの。それでもあの箱に入れなければいけないと聞いていたので、開けるときは必ず結界の台にのせて、取り出した後は必ず蓋をしておいたわ。この前は、馬車が大きく揺れて、変な音がしたから、確かめるためにうっかり開けてしまったの。そうしたら、魔物たちが集まってきて、あの箱を持っていこうとしたのよ」

 魔物たちはなぜ魔具に反応したのだろう。魔物にとっても価値があるものなのか、それとも…

「今回は、他の指輪は置いていくんですね」

「そのつもりよ」

「護衛は?」

「内緒の旅なの。あまり多くは連れていけないわ」

「騎士団や、魔法騎士団の力を借りては?」

「指輪の件は、国の秘密なの。他国に持ち出したとわかれば問題になるわ。お願い、他の人には言わないで」

 他の指輪は置いていく、というのなら、前のように魔物が襲ってくる可能性は低い。魅惑の力を持つ今の指輪は、きっとそのままつけていくだろう。交渉相手がどういう者かはわからないけれど、有利な立場に立つには、時には呪いの力を借りる必要があるかもしれない。

「全く誰にも話さずに、というのは無理です」

 ベアトリーチェ姫が、落胆した表情を見せる。

「でも、ごく一部に留めます。御身を守るため、ご了承ください」

 姫はしぶしぶ

「わかったわ」

と答えた。

「行先のお相手の名前は?」

「ファブリツィオ・ジラルディ伯爵よ」


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