姫の学校訪問
珍しく家から使いが来て、父に呼び出された。
何でも、リヴァーサ国から来ている留学生の姫、ベアトリーチェ様が私の通っている学校に1週間滞在されるとのことで、同じ学年であり中では一番家格が良い私に相手をしてほしい、との申し出があったそうだ。
しかし、それは人を見て頼むべきだろう。姫君の相手をできるくらいなら、私は王立学校に通っているはずだ。
「一応お前の人となりも伝えてはいる」
と、父も抵抗はしてみたことをほのめかしていた。
珍しいわがままが通るものだと思った。
自分の他にも、同じ学校に通っている貴族階級の者もいるにはいる。それは主に魔力の研究をしたい者たちで、魔法専科に通っているか、将来通うことを目標としている。そのほとんどが家督を継ぐことのない立場の者で、嫡子をサポートするか、成人後の職を考慮した進路だ。
専科に行く気はないにしろ、自分も似たような気持ちだった。
「大方の例にもれず、なかなかにわがままな姫のようなので、まあお前の性格からすると、恐らく気が合いそうにもないが…、無下に扱うことのないように」
お守りを任せられたわけではないことで少し安心したが、それなら何故家まで呼ばれたのか、少し疑問に思っていると、
「実は、姫の周りで少し気になる動きがあって、お前の耳にも入れておいた方がいいと思ってね」
さすが父上。聞くまでもなく私の疑問に応じてくれる。
「姫はこの国に来てから頻繁にリヴァーサ国に縁を持つ者に招待を受けているが、その中にはあまりいい噂を聞かない者もいるようなので、もし、変な輩が近づくようであれば、気にしておいてほしい」
「それは、護衛をしろと? それとも見張りを?」
「とりあえずは、見張り程度でいい。学校の中では護衛をつけることはないが、侍女はつけるようだし」
仲よくしろと言われるよりは、まだやりやすい依頼だった。
父もだんだん偉くなってきて、気苦労が絶えない。その気苦労の少なくない量に自分がいるだろうことは、本当に済まないと思う。
「私にできる範囲であれば…」
父は小さくうなずいた。
「国に戻るまでの最後のわがまま、とまあ、いろいろ要求が多くてね。女王陛下も少し困っているんだが、まあ、いつかはいなくなる人と思ってやり過ごすしかない。最後のわがままが最後になった試しがない。この前は禁書庫の本を持ち出そうとして司書とけんかするわ、遠出に出ては魔物に追われて帰ってくるは、アリシアの退位式もご学友達と一緒にお忍びで見に行っていたらしいしねえ。ああ。うちにもいたね、退位式の日にやらかしたのが」
なんだか、余計なことを思い出されている。つついてない藪からでも蛇が出てきそうなのに、下手に姫にまつわる魔物騒ぎに関わっていることを言えば、藪蛇大脱走だ。ここはしらばっくれることにした。
恐らくばれているだろうけど。
「意外と類友で仲良くやれるかもしれないな」
「…ご冗談を」
姫が学校に滞在するのは来週1週間となることが決まり、おもてなしはせず、いつも通りの学校を見ていただくという建前ではあったけれど、結界や防御装置など、安全に関する設備がすべて再点検され、普段使われていない寄宿舎の特別室に荷物が運び込まれて、着々と準備が進んでいた。
学生には、掃除を念入りにするよう言われた以外、特別変わったことはなく、無礼のないよう、されどかしこまりすぎず仲良くやってほしい、と先生から話があった。
父から伯父に話がいったのか、来週は夜の呪術の講義もお休みになった。
寄宿舎の私の部屋から学校の結界を無視して黒い森の館に行っているけれど、この期間はさすがにリスクが高い。警戒が強い時期は避けておこうということだった。
週末にフェルディと行く予定も、その次の週末に延期になった。その頃にはお姫様騒ぎも終わって一息ついている頃だろう。
ベアトリーチェ姫は、やや庶民に寄せながらも格段に上等な服で侍女を引き連れて教室に現れた。
先生が紹介しているうちに侍女は立ち去ったので、教室に常駐はしないようだ。
最初の休み時間に、向こうから私とフェルディに声をかけ、「あの時はありがとう」と礼を言った。
あの魔物に襲われていた時のことを言っているのだろう。
「礼には及びません。騎士団の皆さんのおかげですから」
向けられた笑みは好意的なものだった。
「お名前を伺ってもいいかしら?」
「フェルディナン・レオナールです」
「テレンス・リーヴェです」
「リーヴェ…。じゃ、あなたがリーヴェ侯の?」
「はい」
知っていた名前がより身近に感じられたらしく、一段と上機嫌な様子で
「よろしくね」
と、手を差し出してきた。
私が差し出された手を取り、片膝をついて挨拶をした。続いてフェルディが同じように挨拶する。続けて
「これからの教室でのあいさつは、こうです」
私が立ったまま普通に握手をすると、
「この方がいいわ」と言って、そっと手に力を入れてきた。
自分が何をするでもなく、アニエルやナタリア、クラリッサ達、女子力高い組がベアトリーチェ姫を早々に取り巻き、教室移動や教科書の手配など、かいがいしく働いていた。王立学校の子女とはまた違った元気な町娘の素直な好奇心は、ベアトリーチェ姫にも好感が持てたようだった。
その日の放課後、早速お茶会を開くらしい。女の子達は皆誘われて嬉しそうだった。町娘が王族とお茶をする機会なんてまずないだろう。きっと良い経験になる。
私にも声がかかったけれど、辞退した。
寄宿舎も別の建物だったので、会うことはなく、初日は特に何もなく終わった。
2日目の魔法の実習では、同じ班になった。
相変わらず、学校での実習は苦手だった。
伯父からもらった腕輪のおかげ(?)で、いくらか魔力は弱まっていて、出力を下げるのも以前よりは楽だったけれど、不発の失敗をすることが多かった。
今日は比較的簡単な内容で、濡れたハンカチの水分を取り出し、その水をコップに入れる、というものだった。
下手な乾かし方をすると、水分が蒸発して、水を残すという課題に失敗する。
姫君のために課題はやさしめに設定されていて、失敗する人のほうが少なかった。
姫も2度目の挑戦で成功し、みんなから拍手を受けていた。
実習が終わり、部屋から移動するときに
「ずいぶんと地味な魔法なのね」
と、私に声をかけてきた。
「あの時の、火の玉が飛ぶような魔法が見たいわ」
「ここでやれば、怪我人が出ます」
「それはそうだけど…」
姫は、この室内であのド派手な魔法を見られると思っていたのだろうか。
「毎日の小さな訓練で、制御法を身につけます。私もまだまだですから」
正直に話したつもりだったのだけど
「ご謙遜ばかりじゃ、つまんないわ」
と言われてしまった。
なんだろう。姫と話していると、目がちかちかする。少し頭も痛む。
飛んでいる虫を払うように、手で目の前を振り払うと、少し治まった。
「ちょっと…失礼します」
忘れ物をした振りをして、実習室に戻ると、フェルディとティルが先生の片づけを手伝っていたので、一緒に手伝った。
いつの間にか、さっきの不調はすっかり治まっていた。
3日目には、姫はずっと前からここにいるかのように、クラスの誰とも普通に話をしていた。
ずいぶん人懐っこい人なんだな、と思った。
特に最初に声をかけたアニエル、ナタリア、クラリッサの3人は、なかなか熱狂的な姫様ファンになっているようだった。
元々、あまりしゃべるのが得意ではない自分にでも声をかけてくれるような人達だから、そんなものだろうと思う反面、少し、なんとなく違和感がある。気のせいなんだろうか。
午後になり、フェルディの様子が少し変だった。
授業が終わり、掃除当番になっていたけれどはかどらない様子。見ると顔が赤いので、額に手を当てると、かなり熱い。
他の当番の人に声をかけると、「早く帰って寝てろよ」と言ってくれたのに、妙に義理堅く掃除してから帰るというのを無理やり引っ張って家まで送った。
■
「あら、テレンスとフェルディナンは帰りましたの?」
ベアトリーチェ姫が教室からいなくなった二人に気が付き、周りにいた掃除途中のクラスメートに声をかけた。
「フェルディがちょっと具合悪いみたいで、送っていったよ」
「あら、今日こそはお二人もお茶に誘おうと思っていましたのに」
「お邪魔はなしですわよ、姫様」
お茶に誘われ、姫を待つ集団の中にいたアニエルが、意味深に、退屈な姫が興味を持つように言葉をかけた。
「あの二人は、公認ですから」
「みんな知ってるよねー」
本人たちがいないのをいいことに冷やかしあう友人たちに、ベアトリーチェは、意外だ、という表情を隠さなかった。
「あのふたりが? …そういう、ものなのかしら。皆様も認めてらっしゃるの?」
「認めるも何も…二人の問題ですし、まあ、お似合いだし」
ベアトリーチェは、少しがっかりして、小さなため息をつき、にわかな恋心に別れを告げた。そして、せかす友人たちとともに、寄宿舎の自室へと向かった。
■
フェルディの家には誰もいなかったので、部屋まで連れて行き、とりあえず服のままでいいから横になるよう勧めた。
「鞄は机の横に置いておくから」
この家には何度か入ったことがあったけど、フェルディの部屋に入ったのは初めてだった。
机の上には開いたままの本。植物の絵が描いてあった。
机の横に立てかけてある模擬刀は、時々使っているものだ。すぐそばに帯刀ベルトもあった。よく使い込まれていて、誰かのお古のようだ。
「お水持ってくる」
台所に行き、水差しは見当たらなかったので、グラスに水を入れて部屋に戻った。
2口ほど飲んで、また横になったので、グラスは机の上に置いておいた。
こんな時、どうすればいいのか、よくわからない。
「…大人しく寝とくから、心配しないで…、気を付けて帰って…」
フェルディはそう言ったけれど、とりあえず、誰かが帰ってくるまではここにいることにした。
額はまだ熱かった。額に当てた手を氷の魔法で冷やしてみた。冷えすぎないように気を付けてゆっくり魔法を巡らせていると、少しづつ、手の中の魔法が額に吸い込まれているような感じがした。
魔力が不足してる? 何故?
少し、流す魔法の量を増やしてみた。
少し楽そうになって、やがて寝息が聞こえてきた。
「フェルディ、戻ってるのか?」
家の人が戻ってきた。
ゆっくりと額から手を放し、フェルディの部屋を出ると、ちょうどレオナルディさんが部屋に向かってきているところだった。
「お邪魔しています」
「あれ? テレンス、来てたの?」
「フェルディ、熱が出てて…」
レオナルディさんは部屋に入ると、寝ているフェルディの額に手を当て、布団を肩までかけた。
そのまま二人で部屋を出た。
下に行くと、マリエラさんも戻っていた。
「母さん、フェルディ熱だって。テレンスが付き添ってくれてた」
「あら、テレンスちゃん、ありがとう。大分悪そう?」
「今は寝てる。あいつ、昔からよく熱出すからなあ」
「最近は結構丈夫になってきたけど、昔はしょっちゅうだったわね」
そういえば、初めてこの家に来た日も、熱があったとか話していたような記憶がよみがえってきた。
「俺やラファエレが熱出すと、よくつられて寝込んでたよな。俺らが怪我しても泣き出してそのまま熱出したり」
「あなたたちの方が先に元気になってるのに、いつまでも寝込んでたわねえ。」
マリエラさんは、濡れたタオルを用意して、フェルディのいる2階へ向かった。
今日の熱の原因はわからないけど、レオナルディさんやマリエラさんの話の熱は、フェルディの「力」のせいなんじゃないか、と、思い当たる。
本人は気づいていない。でも、フェルディの力は、昔から無意識に周りに作用して、力を使い果たしていたのだろう。
きっと、レオナルディさんも、ラファエレさんも、気づいていない。自分たちの回復力だと思っている。そこに足された、不思議な力に気付かない。
兄たちは元気なのに、弟は…
そうじゃないことを、誰も知らない。
フェルディの、劣等感の破片。
でも、私には言えない。知らないふりを続ける。
図々しくも夕食をごちそうになり、クルミを使ったマフィンをお土産にもらった。
フェルディの部屋に自分のカバンを忘れてきたのを思い出し、もう一度部屋に入る。
暗い部屋で、ゆっくりとした寝息が聞こえる。
気配がずいぶん穏やかになっていた。
額に当てていたと思われるタオルがずり落ちていた。
額に手を当て、もう少しだけ、魔力を分ける。熱はまだ治まっていない。
昔誰かがしてくれたおまじないを思い出した。
早く良くなりますように。
額から手を放し、そこにそっと唇を寄せた。ほんの一瞬、触れただけ。それなのに、手とは比較にならないくらい多くの魔力が吸われていった。
熱が伝わる。
濡れたタオルを額に置きなおす。
フェルディは何も気づかず、眠り続ける。
私の魔力を10、いや100与えても、1にもならない、特別な魔力。私の力で満たすのは難しい。
指先に魔力を流して、そっと唇に触れる。
触れた途端、魔力が吸い取られていくのを感じた。
それなら、
指の代わりに、唇で触れる。
少しづつ量を増しながら、勢いよく奪われていく力。
片手が背中に回される。ゆっくりと動く唇が、力を求める。
惜しみなく与えよう。だから、どうか目を覚まさないで。
祈りを込めて、目を閉じた。
流れ出す自分の魔力の奥で、逆流して与えられる力。異質な魔力が絡み合いながら、馴染んでいく。
少し経って、寝息に合わせるように、吸い取られる魔力もゆるやかになり、背中の手がゆっくりとずり落ちていった。
起こさないよう、ゆっくりと離れる。
フェルディはそのまま眠っていた。
これは夢。覚えていなくていい。
私が覚えてさえいればいい、独りよがりで自分勝手な思いだ。
顔は動かない。笑いも、泣きもしないのに、抑えられない鼓動。
もう二度と、心なくはなれない。
私は、フェルディが好きだ。




