姫のわがまま
隣国リヴァーサ王家の血筋を引くベアトリーチェ・プリマヴェーラは、ここフィオレンツァの王宮の別館に戻り、大事な箱の封印強化を見届けると、ようやく息をついた。
そして、今日の恐ろしかった、見たこともない魔物の襲撃を思い出し、開けてはいけないと言われた「箱」を開けてしまったことを少し後悔した。
しかし、そのおかげで思いがけず素敵な出会いをすることができたのだから、と失敗さえも自分の手柄ととらえた。あれほど怖がっていたにもかかわらず…。
今日、自分たちを助けてくれたのは、たまたまその近くにいた騎士団の団員と、その家族と聞いた。馬車の揺れで箱を落としそうになり、中身が音を立て、不安になって確認のために箱を少し開いて安心したのもつかの間、形を見せない不気味な魔物が巣を崩された蜂のように突然飛来してきた。そして何度も体当たりをし、とうとう窓を割られ、馬車の中で襲い掛かられて車外に出るしかない状況になった。
侍女も護衛さえも逃げ惑うしかなかった中、自分たちを助けてくれた者の中に、同年代の者を見かけ、俄然興味が沸いた。
今、留学で来ているフィオレンツァの王立学校は、母国リヴァーサでベアトリーチェが通っていた学校とほとんど変わらなかった。貴族の子息が集まり、派閥を抱え、地理、歴史、政治、経済などの学問は充実していたものの、魔法の授業は基礎的なことばかり。
自国よりも魔法使いが多いフィオレンツァであれば、もう少し魔法を学ぶ機会も増えると思っていたのに、期待外れだった。
そもそも、自分の役割は魔法を学ぶことではなく、国と国との交流。交流を持つべき人々は王立学校に通っている以上、そこに行くのはやむを得なかったが、やはり物足りなさがあった。
そこへ、同年代の人間があれほど魔法を簡単に操り、剣を使って魔物を退治する姿を見て、昔物語を聞かされていた時のようにドキドキした。
あの人達と話をしてみたい。それなのに、無事を確認し、再度出発できるまで世話をしてくれたのは騎士団の面々で、同年代の二人は箱の封印をすると、早々にどこかに去ってしまった。
兄だという人の話では、二人は街の学校に通う級友同士らしい。
思い立ったら即行動。
「わたくし、あの者たちと同じ学校に転校しますわ!」
そう宣言し、ひと騒ぎになっていた。仮にも隣国の王家に所縁のある人物が、そうそう簡単に転校などできるはずもない。
しかし、留学の期間は残りもさほど長くなく、国に戻れば結婚も決まっているベアトリーチェは、もう何度目かわからない「最後のわがまま」として、いつになく激しく要求を唱えていた。
充分に折れた周りのものが見出した着地点は、「社会見学」の一環として、1週間だけ、街の学校に通う、というものだった。
希望の学校に行くのは難しい、と念を押されていたが、王族が滞在できるほど警備がしっかりした学校は、魔法専科を併設する西の塔の学校以外にはなかった。そして、そこはあの二人が通う学校だということが知らされた。
寄宿舎に侯爵家の人がいることもわかり、早速侯爵家にも姫に便宜を図るよう通達があったが、なにせ王立学校に行きたがらない変わり者なので、と、やんわりと拒否まではいかないものの、あまり期待しないよう言われていた。
それが余計にベアトリーチェを喜ばせた。
貴族はほとんどいない環境。
侍女3人だけを連れた寄宿舎生活。
今までの自分では得られなかった新しい世界に足を踏み入れるような気がして、1週間とはいえ特別な時間を過ごせそうで、期待を胸に含ませた。




