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「魔女」の気配

 テリィが熱く熱された腕輪を拾おうとして、危ない、と思ったとたん、腕輪がはじけて砕けた。

 あんなのを見たのは、初めてだった。魔王が何かを仕掛けたんだろうか。呪いの習作なのかもしれない。

 テリィが急に部屋を出た間に、魔王はくすりと笑いながら、

「面白い実験だった」

と言った。

 何が面白かったのかわからない。何かがうまくいったんだろう。

 時々起こる、軽いだるさが沸いてきた。

「大事なものを守れるように祈っているよ」

 ドアの向こうを透して見ているような視線だった。

 続いた言葉は、独り言のように小さかった。

「君の守りたいものは、君だけのものではないからね」


 自主練に誘われて、兄の友人たちと一緒に少し遠出をして野外訓練をすることになった。

 僕とテリィも同行して、山の中腹の湖まで出かけた。

 特に討伐の予定はないけど、何か出るかもしれないから、と、一応武器を持っていく。

 森を抜け、山道を通り、道中は特に何事もなく、ハイキングのような気楽さだった。

 天気も良く、初夏の山にはところどころおいしそうな木の実があった。持って帰れば、母がジャムを作ってくれるだろう。

 小さな天幕を張り、交代で昼食の準備をしたり、練習をしたり、中には昨日が忙しかった、と木の下で寝ている人もいた。

 今日は仕事ではないので、訓練とは名ばかりで、半分は遊びに来ているようだ。

 とはいえ、サバイバル鬼ごっこは結構大変だった。大人の本気の鬼ごっこは、捕まった後も逃げきればセーフ。攻撃も半端なかった。

 テリィは、ラファエレの剣裁きをよく見ていた。

 はじめのころはよく真似をしていたけれど、レオナルディに言われてからは、自分の筋力に合わせた、でも似せた太刀筋を開発中で、一緒に来ていたナディアさんに力不足を補う方法を聞いていたようだった。

 昼食の後の自由時間でさくらんぼやあんずを見つけて、家のお土産ができた。テリィも結構摘んでいたけど、たくさん食べたから後はいい、とすべてうちの土産になった。その分、ジャムをごちそうできるかも、と言ったら、とてもうれしそうな顔をしていた。


 そろそろ帰り支度をしようか、と言っていた時に、遠くの方で馬車が猛烈なスピードで走るのが見えた。

 ちょっとおかしい、と思っていたら、その背後から黒い影が追いかけてきていた。

 ラファエレをはじめ騎士団員は、迷うことなく即座に馬車に向かって走り出し、僕とテリィも後を追った。

 黒い影が馬車の窓を突き破り、中に入った。

 「姫様!」

 御者が馬を止め、馬車のドアが開いた。中から飛び出たのは4人、走って逃げようとするが、黒い影がまとわりつき、行く手を遮る。

 腰を抜かした者、かばわれながら走る者、その中でドレスを身にまとった令嬢を狙って影が動き、取り囲みながら元来た森へと引きずり込もうとしているように見えた。

 一番にたどり着いたラファエレが令嬢の影に刃を向ける。

 一瞬散った影がまた集まり、邪魔をする兄を押しのけようとする。

 「右奥!」

 テリィが令嬢より奥にいた男にまとわりつく影に、何かを放った。

 弧を描く炎が男まで届き、影が悲鳴を上げて切り離される。

 さっきまで見当たらなかった「本体」が浮かび上がった。続けて炎の矢が2発発動され、合計3体の本体が正体を現す。

 核が炎に照らされ、ラファエレの正面からの一太刀を受けると、1体が蒸発し、消滅した。

 核が見えるようになると討伐にそう時間はかからなかった。僕とナディアさんとテリィとで1体を片付け、もう1体もほかの騎士団員が2人がかりで消し去った。

 ガタガタと震える令嬢の手には、古めかしい箱が握られていた。その箱にあまりいい印象がしなかった。テリィも同じ意見のようだ。

 令嬢を立たせると、テリィは箱に手をかざし凍結の魔法を唱えた。

 令嬢は箱に何かされたのが気に入らなかったらしく、テリィをにらみつけた。

「その中身、魔物が好きなもののようだ」

 テリィの言葉に、令嬢は少し身をすくませ、両手で守るように箱を抱きしめる。

「凍結の魔法は、あまり時間が持たない。早くちゃんと封をしてもらった方がいい」

 箱を狙っているわけではないと分かり、令嬢は安心したようだったけれど、テリィはそれ以上は関わらないように離れ、少し暗い顔をしていた。

 後片付けを兄たちに任せて、僕とテリィはそのままになっていた自分たちの天幕の片づけに戻った。

 幸い馬には被害はなく、馬車も窓は割れてはいるものの、街まで走るには支障ないようだった。


 兄が、せっかくの休みが、とぼやきながら戻ってきた。後で報告に行かなければいけないようだ。

 「二人にもお礼を言っておいて、って言われたよ」

 僕は軽く頷いた。

 テリィはずっと浮かない顔をしていた。

 時間も遅くなったので、できるだけ早く街まで下りたけれど、家に着いたときはすっかり暗くなっていた。

 うちで夕食を済ませ、テリィを寄宿舎まで送った。その途中、

「あの箱…」

 先にテリィが口を開いた。

「魔具が複数入っている気配だった。多分…」

 言い淀んだテリィに

「『北の魔女』がらみの?」

と言うと、感じていたものは同じだったようで、ゆっくりと頷いた。

 あくまで魔具で、魔女がいるわけではなかったけれど、心臓を狙われた僕らにとって、あの魔女の魔法を感じるのはあまりいい気がしなかった。


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