黒い森の館の講義
呪術の学びは、夜の講義とは別に、月に1回程度、昼間に黒い森の館に行くことがあった。
伯父から直々にお誘いがあってフェルディも同行し、一緒に講義を受けていた。
始めフェルディは私以上に緊張していたけど、徐々にその緊張感は伯父に対してではなく、講義の内容に向けられるようになった。
「月と日は常に対照的であり、月は闇に属する。日は光の象徴だ。星は闇にありながら光とみなされ、月とも離れがたい。しかし、日と月は共存し、日と星は相克する。白い月は、日の中で現れるも、闇となる。闇に引きづられ、闇に光る」
謎解きのような言葉が唱えられ、しばらくすると呪術の実習。私よりもフェルディが質問することが多かった。
私は、質問ができるほどよくわかっていなかった。
「魔女が月の光から力を集めるのも、闇だからですか?」
「そう、闇属性の光、という言い方をする者もいる。闇がなければ、弱い光は消える。」
「闇は悪を意味するわけではないんですよね?」
「その通り。名が闇であるだけで、そこには善悪はない。」
呪術を学ぶと決めながらも、聞く話はいつもさらさらと頭を抜けていくような気がする。二人が話しているときは、特にそうだった。
こんな、聞き流す状態で自分の力にできるのかわからないけど、聞いたことが何気ないことで理解できることもよくあって、今は知恵のストックを増やすことが大事なように思えた。
「腕輪を見せてもらっていいかな」
言われて、腕輪を外して伯父に渡した。伯父はじっと、外側も、内側も観察すると、
「まだ壊れそうにないね」
と言って、私にではなくフェルディに手渡した。
「壊せるかい?」
フェルディには前の腕輪が壊れたことは言っていなかった。
「いや、…無理だと思います」
フェルディが指ではじくと、金属独特の音はしたけれど、びくともしなかった。もちろん、亀裂も入らない。
もう一度伯父が受け取り、少し魔力を流した。あの時と同じように、呪いを強化しているようだったけれど、今度はひびが入ることはなかった。
「では、返そう」
伯父が私に腕輪を手渡した。
受け取ろうとすると、火にくべていたかのような熱さを感じ、思わず手を離した。
「っ…」
はずみで落ちた腕輪が少し転がり、左右に揺れながら止まった。
もう一度拾おうとしても、熱さで拾えず、手を引っ込めた。
不思議そうな顔をしてフェルディが拾おうとしたけれど、やはり熱かったようで、ちょっと触ってすぐに手を引いた。
「テレシア、拾って」
指名されて、もう一度拾おうと手を伸ばす。
「危ないよ」
フェルディが横から手を伸ばした。私のほうが近かったので、先に手が触れようとした時、腕輪が何かにはじかれ、手から遠ざかった後、大きなひびが走った。そして目の前で、瞬時に劣化したかのようにぼろっともろい塊になって崩れた。
伯父が、にやりと笑った。何か試していたのだ。不快になり、顔が歪んだ。
フェルディは、何が起こったのかわからず、きょとんとしている。
「ああ、すまない。ちょっと魔法の入れ方を失敗したようだ。新しいものを渡そう」
今度は熱くなっていない腕輪を私に直接渡した。
砕けた2つ目の腕輪にかけられていた呪いを思い出した。
「崩壊の祝福」
この解釈は、私の宿題だった。
崩壊、つまり、砕けることが喜ばしいということ…。
砕けたきっかけは、熱さ。おそらく本物ではない。熱自体が砕けさせたわけではない。
熱いと言って、手から離した。熱いとわかって、もう一度拾おうとした。「危ないよ」と言われた。
危ないのは…私。
私の手から、腕輪は遠ざかり、砕けた。
以前、指輪が砕けた時は、腕輪がきついのではないかと心配していた。
「私」に仇なすものは、崩壊し、姿を消す。
あの呪いは、元々、試すためのものだったのだ。フェルディからあの力が出るきっかけを。
普段から魔法が少しづつ漏れ出してはいても、何かに及ぼす力は小さい。それが特異な呪いには予想外の力を呼び起こす。
合わせ心の呪いの時もそうだった。
呪われた剣は、次に私の心臓を狙っていた。そして、狙いをそらすために、砕けた。
1つ目の腕輪が壊れた時、この伯父は答えを出していた。
「愛されているね」
からかわれているのだと思った。
愛、かどうかは分からない。でも、守られていたことはわかる。
意識した途端、急にくすぐったいような、ざわざわした気持ちが沸きあがって、どうしたらいいのかわからなくなった。
「テリィ?」
声をかけられ、目が合って、心が揺れた。
「ち、ちょっと、…失礼!」
慌てて部屋を出て、ドアを閉じると、そのままその場にうずくまってしまった。
フェルディじゃない。呪われていたのは、私だ。
「崩壊の祝福」…自分がどう思われているのか思い知れ、の呪いだ。
少し落ち着くのを待ち、ついでにトイレを借りてから部屋に戻った。
機嫌のよい魔王と、ちょっと心配そうなフェルディが部屋で待っていた。




