「アリシア様」の引退と探し物(2)
往来の真ん中で人にしがみついて泣く、という自分の行いが恥ずかしいと思える程度冷静になるのに、少し時間がかかってしまった。落ち着くのを見計らって立たせてもらい、少し歩いた先にあった広場に行き、真ん中にある大きな木を取り囲む石の上に座った。周りにはさっきの騒ぎを知っている人はいなくなっていた。
「その腕輪…」
やはり普通の腕輪ではないとわかるのか、フェルディは魔封じの腕輪を訝しげに見た。
「3回脱走しようとしたら、つけられてしまって。」
「3回…。らしいと言えばらしいけど。…きつそうだ」
フェルディが手首と腕輪の間に指さえも入らないのを気にして、腕輪にそっと触れた。少し鈍く光ったような気がしたけれど、何も起こらなかった。
「大丈夫。魔法が使えないのは、ちょっと大変だけど」
自業自得なので、苦笑いでごまかした。
「いつ目が覚めた?」
私が聞くと、
「多分、1日くらい経って。そっちは?」
「フェルディが起きた次の日って言ってた」
「僕も心配してたよ。あのまま起きないんじゃないかって。でもずっと家を空けてたから、まずは家族に連絡しなくちゃって思って」
そういえば、あの前も襲われたり、騎士団に呼び出されたり、ずっと迷惑をかけていた。フェルディの家の人も心配しただろう。
「僕もしばらく家で大人しく寝かされていて、昨日から学校には行ってるんだけど、実は今日、家に黙って抜け出して来てるんだ」
抜け出した、とは言っても、さすがに脱走3回は企てた様子はない。ちょっと自分が恥ずかしくなった。
「なんだか、心臓が借りものみたいで。ようやくなじんできたんだけど、あちこち傷もふさがってはいるけど、うまく動かせないというか、何かぎこちなくて。」
私の治癒魔法が下手だったのかもしれない。潰れた心臓も、切れた手足の傷も、私が治したものだ。
「兄さんたちも、そんなもんだって言ってた。どこかの誰かさんみたいに、魔法で治したからって、即日平気そうに次の仕事に出かけるのは絶対にやめないと」
「私の治癒が下手だっただけで」
「違うってば。」
じろっと睨まれても、反省のしどころがわからない。
「治癒は完璧だ。さすがテリィだと思う。でも魔法で治すのは部品として見た目は戻せても、本当に自分の体の一部になるには時間がかかるってことだよ。自分で自分に気が付いてあげないと」
本当に自分のことを心配して言ってくれているのを感じて、反省しなかった自分を反省した。
言われるとおり、私は自分の限界をよくわかっていない。何とかなる、で何とかしていたけれど、あのままいつまでも何とかなったのかは、わからない。
限界はすぐ目の前だったように思う。
「でも、やっぱりテリィが治してくれたんだ。…ありがとう」
お礼を言われるのは、違うと思った。
「私のせいで巻き込まれたんだし。フェルディがあんな痛い思いをする必要なんてなかった。ごめんなさい。本当に…」
私のせい。
もう泣かない。出そうになった涙を食いしばると、顔が沈んだ。
「それでも、ありがとう。むしろ、僕こそ力足らずで、頼りない『部下』で申し訳ない」
うつむいたまま、首を横に振る。
「もう、部下じゃないし。…かっこよかったし」
「僕は君を守れてたのかな。あんまり覚えてないんだ、あの時のこと。僕は死んだと思ってた」
フェルディは一度切り裂かれてしまった心臓に手のひらを当てて、まるで心臓を掴むかのようにこぶしを強く握った。あの時の痛みを思い出しているかのように見えた。
フェルディは知らない。自分が呪いを受けた刃を消し去ったことを。魔女の呪いを打ち破ったことを。でも、それは知らないほうがいい。
「私は反魂の魔法は使えないから。ぎりぎり間に合ったんだと、思う」
本当にぎりぎりだった。
もう二度と会えないと、一度はあきらめかけた。
あの時、一滴の魔力を見逃すことなく感じとり、魔法を届けることができたことが何よりも嬉しい。自分の力をあれほどまでに心強く思ったことはない。
「フェルディがいてくれたから、私は助かった。私が助かったから、フェルディも助けられた」
このまま、自分の思いをちゃんと言葉にしよう。ゆっくりとでいいから、ちゃんと。
「私は魔力だけの魔力ばかで、力がなければ何にもない。剣の腕だって、きっとフェルディのほうが強い。行儀も悪いし、勉強だってできるわけじゃない。みんなが欲しいのは私の力だけ。力がなくなれば、私なんて、何の役にも立たない。わかっているつもりで、全然わかってなかった。フェルディが命がけで守ってくれた私の力は、なくせばみんなを守れる自分を失う。とても大事な、大事な力だった。私よりも、私を大事にしてくれて嬉しかった。それでも」
フェルディがどんな顔をしているのか見えない。
「それでも、私は自分の力がなくなっても、フェルディに生きていてほしい。もし今同じことがあっても、私は迷わない。心ない口づけで力をなくしても、フェルディを守ることを選ぶ」
「無理だ」
否定されたと思った。膝の上にあった手に力が入り、柔らかなシフォンが指に食い込んでいく。
伸びてきた手が、私の手の甲に触れた。こわばっていた手に絡まっていた布が、呪文が解けたかのようにほどけていく。
トクン、トクン、と、自分の鼓動が全身に伝わった。
「それじゃ、もう心なくない」
顔は私と反対の方を向いていた。その言い方はちょっとぶっきらぼうで、なのに触れている手は優しい。少し怒ってるような、照れてるような。
触れたところから、優しい魔法がこぼれてくる。
しばらく沈黙が続き、それでも手は離れなかった。




