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「アリシア様」の引退と探し物

 「アリシア様」の引退セレモニーがあるまでの5日間は、家で過ごしていた。

 魔法で傷はふさがり、魔力もほぼ戻っているにもかかわらず、とかく安静に、大人しく、と言いつけられ、ちょっと抜け出そうとしては見つかり、脱走3度目には部屋に脱走感知の魔法を張り巡らされたうえ「魔法制御」の腕輪を無理やりつけられてしまった。

 伯父につけられた腕輪は強力で、魔法を使うことができないだけでなく、外そうとする思いが起動力になり、ごっそりと魔力を奪い取り、腕輪に封じる。

 吸われた力はどこに行くのかはわからない。


 母は実の母と友人だったらしく、少し実の母の話をしてくれた。

 実の母は姉と同じアリシアの名を持ち、いつも笑顔を振りまき、前向きで明るくかわいい、そのくせ少し大胆なところもある人だったらしい。

 母は、私が実の母にも今の母にも似せようがない人間なのに困り果て、いつも周りからも家からも逃げようとするのにどう扱えば良いのかずっと迷っていたのだそうだ。でも、誰に似てなくてもいい、私は私で、元気でいてくれればいい、そう思えるようになったと言って、少し開き直ったように笑った。

 世話を焼きたがり、自分の趣味の服を押し付けてくるのは、今も変わらない。母と自分の服の趣味は永遠に合わない気がした。

 昔からいる侍女に頼んで、兄のお古の服を出してもらってひと心地ついていると、学校でも同じような恰好をしていること、さらにはせっかく送ってもらった服を人に譲っていたこと(実は売っていたのだけど…)を言い当てられてしまった。友達が気に入って、評判がよかったと言ったら、呆れながらもまんざらでもない様子だった。

 女の子としての作法を身につけるためにも、王立学校に行くことをしきりと勧められた。幼かった頃ほど中傷は怖くなかった。だけど、はいと言える気持ちにはなれなかった。

 かと言って、街の学校に戻ると決意するのもためらわれた。

 引退セレモニーの後、自分がどうなっているのが正しいのか、自分でもわからない。

 夜になると伯父のいる客室を訪れ、呪いの術について理論的なことを学んだ。

 勉強というより謎解きのようで、一生涯「師」についても学びきれなさそうな難解さだった。


 退任式当日は、朝から慣れないドレスを着せられた。忘れてた作法の粗を指摘しまくられ、兄に何度も「ばかだ」と言われながらも、伯父のエスコートを受け、ステージから少し離れた家族席までたどり着くと、目立たぬよう小さくなっていた。

 本当の父と私が並ぶ姿は、普通に親子に見えるようで、好奇の視線はあっても悪意じみたつぶやきは聞こえてこなかった。

 姉は美しかった。呪いから覚めるまでの期間、二人の仲はより深まったらしく、愛される人はより美しさを深めていた。

 女王から、退任の労をねぎらわれる。

 姉が頬を赤く染めながら、美しく、揺るがない立ち姿勢で礼を尽くす。

 英雄にして偉大なる魔法使いの頂点、四聖の引退に多くの人が詰めかけ、美しく強き魔法使いに惜しみのない拍手を送る。

 この日、四聖第4席アリシア・リーヴェは、その座を降りた。


 会場には、フェルディの兄、レオナルディさんがいた。

 魔法騎士団に所属しているので、四聖の勇退の式典に参加は必須だ。

 あまりにいつもと違った恰好をしているので、はじめ、自分だと気づいてもらえなかった。

 邪魔にならないよう軽く挨拶をした程度で、世間話をする暇もなかった。みんな変わりない、と言っていた。みんなの中に聞きたかった名が含まれているはずだけど、確かなのかわからない。

 一般席の人ごみの中で、警備に駆り出されたラファエレさんも見かけた。働き者の兄弟だ。

 アリシア様を一目見ようと集まっていた群衆がステージから離れ、便乗で出だされた屋台がにぎやかになる。にわかお祭り状態が少しずつ収まっていき、少しのごみを残し、次第に人影はまばらになっていった。


 王家主催の晩餐会までの待ち時間、家族はそれぞれ所用で呼ばれ、渡り廊下で一人、外を見ていた。

 靴擦れが痛む。晩餐会は遠慮して帰れないかと考えるも、「アリシア様」の裏事情を知る人がいる中で指名されての参加なのだから、欠席は許されはしないだろう。

 ふいに吹き抜けた風が髪を揺らし、頬を撫でた。

 目の隅に移った、角を曲がった影。

 なぜかその影が、探していたもののように思えた。

 周りに気付かれないよう、そっと、ドレスの裾をつまみ上げてゆっくりと移動した。そして階段にたどり着くなり3段飛ばしで駆け下りる。

 片方の靴が脱げたのをいいことに、もう一方も大きく足を振って脱いで、そのまま階段にほったらかしにした。

 ぐるぐる回りくねる階段のせいで、方角を見失いそうだ。

 下から渡り廊下を見上げ、遠くに見えた塔を確認し、位置を測る。

 ドレスの裾をわしづかみにして走り、角を曲がる。

 いない。

 風が残した魔力のかすかな糸をたどってみようとしても、腕輪に邪魔されて、何も感じない。こんな時、魔法が使えたら…。いや、魔法を使えば家の者に見つかる。走って探すしかない。

 片方のイヤリングがいつの間にかとれていた。あとで謝って済むといいけど。

 きれいに結い上げられていた髪がひきつり、長さが足りず付け足したつけ毛が暴れて邪魔だった。

 髪に気を取られてスカートの裾を踏んづけ、見事に転んだ。分厚いペティコートのおかげで足は怪我しなかったけれど、肘に痛みが走った。こんな格好で転倒するとずいぶん目立つらしく、通りにいた人の目線が集中した。でも気にせず立ち上がり、また走る。

 足に絡まるドレスの裾に、いつもより息が切れる。

 またつまづいて、腹が立ち、座り込んだままスカートの裾を引きちぎろうと持ち手を変えたところで、その手をつかまれ引き上げられた。

「何…してるの?」

 探し物が、戸惑った目で見ていた。

 滅多にないドレス姿で暴走する淑女もどきの転倒は、フェルディの目までも引いたらしい。つかまれた手が、温かい。何も変わらない。

 ぼんやりとつかまれたまましばらく呆けていて、ようやく出た言葉は

「生きてた」

だった。

 やや苦笑を浮かべて、

「うん」

と答えられても、同じことを繰り返した。

「生きてた」

 誰からも無事だと言われてたのに、目で見るまで信じられなかった。

 確かめたかった。

「うん。…大丈夫だよ」

 急に襲いかかってきた布の塊を受け止めそこなって、フェルディがしりもちをつく。

 体当たりしてきた布にしがみつかれても、何とか上半身の転倒は免れていた。

 戸惑うように受け止めていた腕が、少しだけ力を増しながら、背中に伸び、その輪を小さくした。

 あの黒い森で抱きしめた体だった。手は動き、背中を包んでいる。肩越しに重くぶら下がっていただけの「もの」ではない。

 安心して、涙が一気にあふれ出た。

 しゃくりあげながら大粒の涙をぼろぼろとあふれさせる子供のような私を、フェルディはただ黙って抱きしめ、泣き止むまでずっと待っていてくれた。

 ずっと探していたものが、見つかった。


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