表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/51

呪いを解く

 慟哭は一度で終わった。腕の中には動かないフェルディ。背中に手を回して、ただぎゅっと抱きしめる。魂を失った重いだけの体なのに、失いたくなくてしがみついた。

 思い出したのは、肩。

 眠くて、眠れなくて、疲れ果てて、何も考えられなかった日に、貸してもらった肩は、すべてを忘れて眠ることを許してくれた。


 魔法騎士団にあこがれたのは、迷子になった時。

 家を抜け出て魔物に出くわし、助けてくれたのがフェルディの父と兄だった。

 迷子の自分を自宅で預かってくれ、少し近所の子供たちとも遊んだ。

 フェルディもいた。おぼろげにしか覚えていないけど、昨日熱があったので、あまり遊べない、と言っていたのに、気が付いたら一緒に遊んでいた。

 怪我をした足を、誰かが舐めた。怒ったのはラファエレさん。

「それくらいの怪我、なめときゃ治るよ」

 その言葉通り、傷は本当に治っていた。

 …あれは、誰?


 子供だけで森に行った。

 魔物に狙われ、一番後ろにいた誰かに襲い掛かってきた。自分と、もう一人の誰か、二人がかりでも止められなかった。緑の魔法がはじけ、レオナルディさんが魔法で防御し、その父が剣で断ち切った。

 かっこいいと思った。

「あんな風に強くなれたら」

 そうつぶやくと、一緒にいた誰かが同じ思いを打ち明け、「君も魔法騎士団員になりたいんだね」と言った。

 「きっとなれるよ」そう言って笑った瞳は淋し気だった。

 あれは、誰だった?


 レオナール家の子供たちが通う学校に行きたい。先に試験を受け、父に合格通知を見せ、無理を通した。

 学校での生活は、四聖の仕事と折り合わないことも多く、決して成績もよくなかった。

 仲が良かったレオナール家の長兄・次兄はすでに卒業していて、末の弟のフェルディは同じクラスだったけれど、話すことはほとんどなかった。二人の兄たちのように名前で呼ぶことも慣れてなくて、家名の「レオナール」で呼んだ。

 あの兄弟たちと同じように、名前で呼びたかった気持ちは消し去った。

 フェルディだけでなく、クラスのほとんどの人とあまり話さなかった。

 自分が常識に欠け、愛想もない人間だとわかりすぎていて、それを非難されるのが恐くて、構えてしまっていた。

 寄宿舎の部屋に戻っても一人だった。


 討伐先でも、「アリシア様」を同等に扱うのはせいぜい四聖の3人。昔のように誰かと一緒に技を競うことも、注意されることもなくなっていた。

 王の前でのみ姿を現す「アリシア様」は、姉の美しさで神々しく、神格化されていく。

 どこに行っても、自分ではないような気がした。

 魔物を倒す以外に、自分は必要とされていないのではないか、と思うことがあった。

 不安を隠すと、表情が作れなくなった。

 嫌なことは、忘れてしまうしかない。心から消し去るしか…。


 「テレンス」として町の討伐に加わってみた。

 仕事が増えて、疲ればかりが残った。自分への戻り方がわからない。


 1年前から、日中も傀儡を操って務めを果たすことになった。

 はじめは月に1回あるかないかだったのが、少しづつ増え、自分の仕事ばかりが増えているのは明らかだった。


 学校の茂みの向こうの木の下が、昼寝場所になった。

 時々、優しい風が吹いて、少し楽になった。


 誰かが横を通りすぎる。

 誰かが隣の席になる。

 誰かが落としたノートを拾ってくれる。受け取った指の先がわずかに当たる。

 それは、誰?


 先生に当てられて、寝ている背中を指でつつかれる。

 休んだ日の課題を教えられる。

 誰かの謂われない中傷を叱る。

 それは、誰?


 呪いをかけられても、護衛はいらないとあれほど断ったのに、レオナール家の者と言われて、承知した。

 守ってもらえると期待したわけじゃなかった。でも、そばにいても信頼できる、と思った。

 肩を借りて眠ると、熟睡できた。

 枯れた力がいつもより早く満ちた。

 目覚めたい心を起こしてくれた。

 それは、

 誰…

 それは

 答えは腕の中にあった。

 その人は、いつも自分の力のなさを受け止めて、それでも剣を振り続けていた。

「強くない」

 そう言いながら、あきらめない強さが好きだった。


 連れて帰る。

 どんなに重くても、もう二度と瞳を開けなくても、あの暖かい家族のもとに帰さなければいけない。

 腕に力を込めると、頬と頬が重なった。

 ドキっとしてバランスを崩したとき、背中の指が動いたように思えた。

 しかし、力なく倒れる体は「もの」でしかなかった。受け身を取ることもなく、ただ、ばたりと崩れる「もの」。

 抱きしめていた手をほどかなかったので、一緒に倒れ、胸の上に頭が乗っかった。

 刺されて、血が出て、穴が開いた服。その下は、傷はもうない。そして鼓動も・・・


  トクッ


 聞こえ、た?

 聞こえるはずのない音が?


 フェルディの首に手を当てる。

 不確かながら、かすかに、脈が指に伝わる。

 唇に手の甲を当てるが、あまりにかすかで、息遣いがわからない。

 体の中に残っている光を求めて、魔力を体に流す。

 何も感じない。何も。

 目を閉じて、力を巡らせてかすかな気配をたどる。

 魔法で治したはずの傷が光る。刃物の刺し口の形で、何かが残っている。虹色の、何か。

 その奥に、…ほんの一滴。

 息を吹きかけただけで蒸発しそうな、最後に残された魔力の一滴を感じた。

 そこへ向けて、魔法を注ぎ込む。

 何も起こらない。


 時間がない。落ち着いて考えろ。

 これは、呪い。魔法より複雑で、ねちっこく、醜悪な呪い。

 合わせ心の呪い、と魔女は言った。

 心…

 合わせる、心。

 まだ自分の中に残る「5つの心なき口づけ」の呪い。

 心には…心の呪いを、「合わせる」。達成しない術の名残を切る。

 深く深呼吸をし、肺を息で満たす。

 息に、魔法を込める。

 届けるのは、あの、1滴の魔力。

 目を閉じ、心に感じながらも目には見えない傷を手繰り寄せ、胸の傷のあった位置にそっと口づける。

 吐き出す息に水竜の魔法を乗せると、魔刃の傷跡が砕け散り、今にも尽きようとする命に、溢れんばかりの魔力を届けた。

 行先は水竜が知っている。

 最後の息まで、雫に滴る最後の1滴も残すことなく、深く、深く。

 川のように流れ、時に速く、時に緩やかに。

 無限を感じるその先の果てに、当たった水が跳ね返った。

 ゆっくりと満ちてくる波のように、懐かしく、柔らかな魔法がよみがえりの力を発動した。

 自分の力を10注いでも、1にもならない。決して大きくはない器の筈なのに、魔力が満ちない。傀儡と魔女を砕いた魔力の残りは、思った以上に少なかったのか。

 少し考えれば、先に自分の魔力を増しておくべきだったのかもしれない。そんなこと、思いつきもしなかった。

 ただ、戻ってきてほしい。今は力が尽きるまで、自分のある限りの魔力を捧げる。自分の願いのために…。

 そして、願いが通じたかを知ることもなく、意識は遠のいていった。



 遠く、見えないところで魔王が持っていた玉は、割られていないにもかかわらず、その中の光を失い、空になった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ