あと2日(2)
フェルディの体から血が噴き出した。
背中から、胸から、口から、
心臓を貫き、胸から飛び出した剣が、さらに先を求め、呪いによりもう一つの心臓を求めて、前へ、前へと押し出される。
ぼろぼろの腕を突き立て、それでもなお止まらない剣を抑えようと、素手で刃を掴んだ。
赤黒い刃を握った途端、薄い硝子のように、その刃は砕け散った。
軽い、パリン、という音だった。
あんなに邪悪な色をしていたのに、虹のように光を帯びて、破片さえも残さず、消えた。
天に向いたフェルディの体から血が噴き出す。虹の光を追って、宙にばらまかれた血が、自らの体に降り注ぐ。
最後に突き飛ばされた、その勢いでしりもちをつく。自分のもとに、剣は、来ない。
「合わせ心の、呪いが…解けた?」
少し怯えを含んだ魔女の声が、耳の手前でただの音になる。
「…だが、心ない口づけの呪いは達成か! はははっ!小気味いい」
傀儡に流れ込む魔力が止まった。つながっていた糸が、青い光をなくす。
響く魔女の笑い声。
その刹那、糸を金色に変え、一気に流れた膨大な魔力は、傀儡を瞬時に吹き飛ばし、破片をことごとく蒸発させた。
折れた剣の柄だけが爆発から取り残されてぼとりと落ち、ゆっくりと黒い煙を上げて溶けるように消えていく。さっきの剣の刃が消えた時のような美しさはどこにもなかった。
足元に横たわった「もの」、それはさっきまで生きていた「もの」。
動かない。
手を伸ばし、傷をいやし、砕けた骨を接ぎ、体の中の血を増やしても巡ることはなく、閉じた瞳は開かない。
服の穴は開いたままだ。血もついている。その穴の下の傷はもうないのに、受けた攻撃を消すことができない。
「う………あ…」
ぐったりとした体を両手で抱え、上半身を起こし、そっと抱き寄せる。ずっしりと重い体は、まだ暖かい。だらりとした手が、背中の後ろで左右に動いても、何かをつかむことはない。
ぎゅう、っと手に力を籠める。
何の反応もない。
目から大粒の雨が降り注ぐ。
「うわあああああああああ」
子供が泣くような声がのどを飛び出した、その一音で、魔女は燃え尽きた。
■
魔女が現れてからの異変を、魔王は屋敷から黙って見ていた。
あれほど深く眠らせ、呪いをよけたはずが、北の魔女により屋敷から引きずり出された。そこへなぜかあの少年が出てくる。あの北の魔女の術をそれとは知らず解除し、魔王の術さえ解き、テレシアを目覚めさせた。眠ったまま処理するつもりだったのが、当てが外れた。
魔女は、テレシアが与えられていた魔導具傀儡の真の持ち主だった。それは予想通りだ。テレシアの魔力をすべてを吸いとり、傀儡を満たすか、あるいは魔法の供給源としてテレシアを飼うか、そのどちらかを選ぶつもりだったのだろう。
飼いならせないと判断するには、そうはかからない。
少年が剣を向けた。
相手が悪すぎる。自身も勝てないとわかっていたようだ。
テレシアに戻れという。判断は正しい。今の力では二人で戻るのは難しい。だが先に魔女がテレシアの転移魔法を断ち切る。
勝負にならないくらい、一方的だった。傀儡はテレシアの力を吸ってますます強さを増し、少年は突かれ、傷つき、それでも傀儡の動きを止めようとする。
傀儡を止めるための手段は限られている。テレシアは自身の呪いをささげ、魔力を枯らすつもりだった。それもまた答えの一つではあった。
しかし、少年はテレシアに力を残すことを選んだ。選ぶとは思えなかった選択肢だった。
そして、自身に呪された合わせ心の呪いを、うち破った。自らの腕で止められぬ刃を、手を添えただけで砕き果たした。
大した魔力を持たないあの少年が、あの北の魔女が呪し、テレシアの魔力を満たした刃を砕こうとは。
友人の死に、テレシアの魔力が目覚める。十六分の一どころか、以前より増した魔力が、自らを奴隷としようとした二つの悪意を跡も残さぬほどに吹き飛ばした。テレシアの思惑とは別に、あれほどまで見事に飛ばされれば、痛みも、恐怖も感じる暇はなかっただろう。
…そのまま死んでいれば。
蒸発した体から飛び出した魂を呪言の玉に入れ、親指と人差し指でつかんでしげしげと見つめる。
150年を生きた魔女の、魔力の果てた魂だった。
魔女としての才能があるが故に、最後に食らった魔法が何を意味するのか、身に染みているようだった。何度も恐怖をよみがえらせ、助けを乞う。決して叶わぬ助けを。
もうしばらくはその恐怖を抱いて、かりそめの玉の中で怯えてもらうことにしよう。
次の生は、魔王の気が向いたときに。
魔王は、もう一つの玉を手に取り、色もなく、静かに、今にも消えそうな炎を見つめた。




