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あと2日

 ひと部屋をあてがわれ、早々にベッドに横になると、体のあちこちが痛くだるかった。殴られたところが熱を持っている。

 家には、僕がここにいることは伝わっているんだろうか。父は僕の事情を知っているから、母にうまく伝えてくれているといいんだけど。

 やはり疲れていたのか、眼を閉じると眠気がどっと寄せてきた。その割に何度もうとうとしては、痛みで目が覚めていた。夜は明けていたので、ある程度は眠れていると思うけど、時計がないので、時間は分からない。

 窓の外は薄暗かった。

 時々窓の外に「魔物」と呼ばれる生き物が見えたけれど、この家に入りそうな素振りはなかった。人の前では敵意を見せ、襲い掛かってくるくせに、この屋敷のそばでは犬や羊と大して変わらないように思えた。…あえて近寄ろうとは思わないけど。

 机の上に軽食が置いてあった。ありがたくいただく。大きめのマフィンはまだ少し温もりがあった。


 このまま自分で帰っていいのか、一応魔王に聞いておこうと思い廊下に出た。

 昨夜は執事さんに案内してもらったので、自分が今屋敷のどのあたりにいるのかよくわからない。魔王やテリィのいる部屋も。昨日この部屋に案内された時、階段を上り下りした覚えはないから同じ階だと思うんだけど、全部の部屋をノックして回るのも失礼なので、大人しく元いた部屋に戻ってもう少し時間をつぶすことにした。が、今度は自分がどの部屋にいたのかが、わからなくなってしまった。信じられない失態だ。

 部屋のドアには何の目印もなく、どの部屋のドアも見た目は同じだ。

 豪華なドアがあれば、そこにこの屋敷の主がいる可能性もあるだろうに、ほぼ等間隔で並んだドアは、ゲームのように僕が開けられるのを、そして僕が間違えるのを待っているように思えた。

 こんな時は、深呼吸。

 別に戻れなくても問題ない。部屋がわからなければ、廊下にいたっていい。その方が、だれかが通りすがればすぐに気が付く。窓からみた高さからここは2階だろう。このまま探検がてら下の階に行ってみてもいい。

 元来た通りに廊下を歩き、階段を探していると、ぎい、と途中の扉が少し開いた。魔王が魔法で呼んでいるのか、と思って覗いた部屋は、さっき僕がいた部屋だった。ここで大人しくしていろということなのか。

 部屋の中には、誰が運んだのか剣があった。昨日借りたのと同じものに見えた。僕は剣を手にして再び階段を探し、1階へと降りた。


 廊下を曲がると、中庭につながる大きな窓が開いていて、木漏れ日が差し込んでいた。ここは日が当たるようだ。魔物ではない鳥が木に停まり、奥には花壇もあって、何色かの花が見えた。普通の庭の光景だった。

 さっきまでいた部屋の窓から見えた外庭とはずいぶん印象が違う。屋敷の外側は「魔王の領地」っぽいのに、中庭だけが特別なのかもしれない。


 それにしても、人がいない。

 魔王はお世話をする人を雇ってないんだろうか。僕が見たのは、執事らしきただ一人。こんな大きなお屋敷だ。他にも使用人が何人かいても不思議ではないのに。

 薄暗い方の外で、何か、カチャンと金属が当たるような音が聞こえた。開いたままになっている掃き出しの窓から、カーテンが揺れている。

 誰かいるのかも。

 早足で音がした窓に近づき、外をのぞくと、白い影が体をゆらゆらと揺らしながら窓の向こう、森の方に向かって遠ざかっていくのが見えた。

 灰色の髪が揺れるのを見て、僕はすぐさま駆け寄り、腕をつかんだ。

「テリィ!」

 声をかけると、驚いたように僕を見て、ゆっくりと周囲を見回した。

「…フェルディ?」

 テリィは今目覚めたような顔をしている。

「ここは…どこだ?」

 きょろきょろと周りの様子を確認し、続いて裾の長いネグリジェを着ていることに気がついたようだ。少し動じながらもすぐさま藪に紛れるように身をかがめ、僕を引っ張った。

「状況が知りたい」

 テリィは昨日の学校の昼休みまでしか知らないはずだ。場所も着ているものも変わっているこの状況で、ここまで冷静になれるのは、さすがというべきか。

「ここは魔王の館、らしい」

 父、のことは決して言わないように気を付ける。

「君はおとりとして眠らされていて、悪い奴は長官で、窓から襲ってきたのを魔王とリーヴェ侯が連れて来た兵隊でこう、がーっと捕まえて」

 下手に言ってはいけないことを意識しすぎて、言葉が続かない。

「…リーヴェ侯と魔王は知り合いらしいよ」

 自分の説明の下手っぷりに、自分でも情けなかった。あぁ、大事な報告をしなければ。

「あと、ごめん。今、君の魔力は十六分の一だ。大きな魔法は使わないほうがいいと思う」

「大きなって…どれくらい」

「いや、それは僕にはわからない。でも下手に大技使ったら、この前の湖みたいに命に関わることも…」

「大技…どれが大技なんだろう。考えたことない」

 実に心もとない返事だ。

「ローブもないし、こんなペラペラな恰好…」

 警戒心もなく、服を変える魔法を使ったとたん、

「おや、ここだったか」

 いきなり、僕とテリィの背後、それもごく至近距離から声がした。思わず飛びのく。

「まっすぐ来るように呪したのに、どこで覚めたのやら。さすがは四聖といったところか」

 僕らの真後ろにいたのは、見たところ3、40歳くらいの女で、黒いローブから血のような艶やかな赤い髪をちらつかせていた。魔女なのは間違いない。

「もう少し奥まで来て欲しかったんだけどねえ」

 いきなり杖を振り上げて上から殴りかかってくるのを、鞘をつけたままの剣で受けとめる。手がジン、としびれた。結構怪力だ。

 僕は鞘を投げ捨てた。

 テリィが魔法で着替えたのは、学校で見る普段着だった。支給品のローブまでは出せない。

「まだ魔法が使えるってことは、ちょうどいい」

 魔女が杖を持った手を振ると、その背後に赤黒い鎧を着た人が現れた。

 いや、人じゃない。鎧だけが立ち姿勢で浮かんでいる。

 テリィが一歩下がる。

「…傀儡…?」

 それは、テリィが長官から与えられていた、遠隔操作用の傀儡だった。

「程よくなじませてくれてありがとう。お前の魔力は吸い応えがあって、気に入ったようだよ」

 魔女は口の端が裂けそうなほどの笑みを浮かべた。

 テリィはすぐに心の動揺を抑えこみ、傀儡に氷の魔法を飛ばした。傀儡は衝撃をすべて吸い込み、金色に輝く。明らかに魔法を吸い取っていた。そこから瞬時に移動して、赤黒い腕を剣の形に変え、テリィに剣先を向ける。

 僕は傀儡の剣をギリギリのところで跳ね上げた。向こうの剣には魔法がかかっているようだ。さっきの魔女の杖の一撃など比じゃない。強い。

「早くお前の残りの魔力を食わせてちょうだい。防御で食らったどの魔法より、中身だったお前の魔法がおいしいって。早く食わせろって、しつこいのよ」

 討伐時に魔法発動の依り代として使っていた、と聞いていたけど、実際には操作主の魔力を吸い取っていたのか。魔法を発動しながら、道具に魔力を吸い取られていたんじゃ、あれだけ辛そうにしていたのもわかる。それでも尽きない魔力って、一体どれほどのものか。

 吸われた魔法を向こうの力に替えられるんじゃ、テリィは下手に攻撃できない。僕だって、あんな傀儡相手で勝てるような見込みはない。

「テリィ、屋敷に戻って誰か呼んできて」

「誰かって」

「魔王でも君のお父さんでも、転移できるなら」

「こんな状態でおまえを置いていけるか」

「全滅したい? 僕、勝てないよ」

 瞬間迷ったテリィが、僕の腕をつかんだ。

「逃がさないよ」

 魔女が両手を大きく広げて呪文を唱え、杖を地面に突き刺すと、転移しようとしたテリィの魔法を渦に巻き、屋敷からより遠く離れたところに飛ばした。

 受け身を取り損なって背中から倒れた僕の前に、傀儡が転送されていた。

「面倒だから、お前からね」

「させるかっ」

 傀儡を操ろうとする魔女に、テリィが仕掛ける。

 火の蛇の魔法が魔女の左半身に絡まると、よけそこなった魔女の顔の半分が老婆に変わり、炎のようなうねりを見せていた赤い髪がひとつかみ分白くなっていた。

「おのれ…半魔ごときが。まだまだ魔力が余っているようなら、容赦はしないよ!」

 火の蛇が暴風に飛ばされ、傀儡の体に触れると、傀儡が赤く光って蛇を溶かし、飲み込んだ。そしてそのまま強さを増し、僕の左脇を何かが走った。

 血が流れているのがわかった。

 魔女の爪から青い光の糸が飛び、テリィの首と傀儡の首をつなぐ。猛烈な勢いで青い光が傀儡に向かって流れ込んでいる。

「いい魔力だ。敬意を表して、『合わせ心』の呪いをやろう」

 傀儡の速度が上がる。受ける攻撃の3回に1回はよけられない。左の太腿に食い込んだ剣は、骨まで達した。

 こっちの攻撃はほぼ効かない。傀儡の欠けた破片はすぐさま魔法で修繕される。

 次の攻撃で頬と耳たぶが切れた。

 大きな攻撃の後は動きが少し鈍くなるも、すぐさま魔力が補給され、どんどん早くなる。後はほぼ一方的だった。

 魔女へ向けられたテリィの魔法も、効きが悪くなっている。傀儡が吸い取った魔力は魔女も共有していた。ズン、と吸われて、魔女が若返る。

 足りなくなれば、また補給される。

 テリィの目が変わる。覚悟の目だ。

 傀儡の剣に込められた力にはじかれ、僕の体が吹き飛んだ。

 木に当たって体は止まったが、剣は右肩を貫いていた。腕も折れたようだ。

 駆け付けたテリィは両手で僕の頬を包んだ。

 迷うことなく近づく、射貫くような瞳。

 僕は自分の口に左手を当ててふさいだ。

 魔力をなくさせるわけにはいかない。

「補給を切る。いらない、おまえを傷つける力なんていらない。なくていい」

 もう一度、鼻が触れるか触れないかのところで、剣が迫ってきた。

 僕はテリィを思いっきり左に突き飛ばした。

 赤黒い剣が僕を突き刺す。

 心臓が貫かれても、頭が死ぬまで、秒まで生きる。

 一つの心臓を貫いた呪いは、もう一つの心臓を追いかける。それが『合わせ心』の呪い。


 狙わせない。


 折れた自分の右腕を胸の前に出し、剣を受ける。強くなった力が腕をも貫く。

 勢いが落ちない魔剣を素手で握った。例え、止められないとわかっていても。

 自分の体をひねって、剣の向かう先を天に変える。


 絶対に、テリィには、向けさせるもんか!


 落ちていく自分が地面を感じることはなかった。


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