あと2日、真夜中
解放まであと2日
リーヴェ侯は連れてきた兵たちに、先に騎士団に戻るよう伝えた。
時刻は真夜中を過ぎているようだった。
「内部の犯行なのはわかったんだが、なかなか尻尾を見せなくてね。君たちには悪いことをした」
テリィが学校からここ、魔王の館に連れて来られたのは、長官を動かすためのおとりにするためだったのか。
「どうやらリュートがいない分の仕事は、テレシア一人に回されていたようだ。しかも傀儡で引き受けた仕事は四聖として出動したとはカウントしないようになっていた…。傀儡を使った遠隔勤務を勧めたのもあの長官だ。勧めたというより脅したといった方がいいかもしれない。まさか奴が1年以上も前から、テレシアがアリシアだということを知っていたとは…」
長官のやり口を語りながら、リーヴェ侯は眉間のしわを深くした。
「偉大なる魔法使いに過大な期待を持つ者は多い。しかし、あのやり方はつぶしにかかっていたとしか思えない。テレシアの魔力がどの程度なのか測っていた節もある。テレシアの呪いが成立し、魔力がなくなれば、長官の身内のものを四聖に取り立てたかったらしいのだが…。テレシアが潰れる前に救えてよかった」
事件はもう終わったような話し方だ。少なくとも過剰な勤務シフトからは解放されるだろうけど、呪いはまだ片付いていない。
「今後、テレシアには仕事は与えられない。四聖としても、街の討伐もだ。明後日にはアリシアも戻り、正式に引退を宣言する。テレシアは学生に戻る。王立学校になるか、今の学校を続けるかはわからないが…。君にはいろいろと世話になった」
侯爵でありながら、リーヴェ侯は平民の僕に深々と頭を下げた。
ここまででお役御免、と言われていることは分かった。ここは魔王の館。魔王直々の守りもある。非力な学生の護衛もどきの出番は、もうない。このまま魔王が守り切れば、十六分の一の魔力を維持し、多すぎる魔力を誰かに狙われることもなく生きていくんだろう。
侯爵家令嬢にはふさわしいほどほどさ、なのかもしれない。魔王のたくらみ通りになった…訳か。あまりすっきりはしないけど。
「テリィ…。テレシアさんは、家に戻るんですか?」
僕がリーヴェ侯に問いかけると、
「いや、まだどうするかわからないな。騎士団へのあこがれも、ここまでこき使われ、死にかけたら少しは冷めるだろう。力のないものが討伐に立つことはできない。それは、あの子が一番わかっているだろうからね」
わかってるかなあ…。全然わかってないような気もしないではないけど。
そもそも、魔力が減っていることに少しでも自覚があれば、空から落ちてくるなんてことない。十六分の一の魔力で生きて、本当に大丈夫なんだろうか。僕が心配しても仕方がないんだろうけど、それでも気になって仕方なかった。
「今日は遅いので、ここで休んでいくといい。明日家まで送ろう」
別室に案内させる、と、魔王が指をはじくと、食事を運んできてくれた執事が音もなく現れた。
「ありがとうございます」
お礼を言って、まだ眠っているテリィに目をやった。
少し異変を感じて近くに行くと、魔王もレーヴェ侯もテリィに視線を向けた。
眉間に小さなしわを寄せていた。何だか頭が痛そうに見える。
軽く額を撫でると、ゆっくりと穏やかな顔になり、静かに寝息を立てた。大丈夫そうなのを見て、会釈をして僕は部屋を出た。
■
「あの少年、なかなか面白いね」
扉が閉まった後、魔王ヴィットリオがにやりと笑った。
「なるほど、あの魔女の札を口に貼られて、あの程度で済んだわけだ…。なかなか興味深い」
少年からは全く何も感じられなかったフェルナンは、首を傾げた。
「どう面白いんだ?」
「癒しの魔法が漏れてる。ごくごく少量で、どうやら本人も全く気が付いていない。ずいぶん珍しい癒しの力だ。魔族である私でさえ心地いいのは困ったものだな」
「ウ…ン」
寝返りと同時に目を覚ましそうになったテレシアを見て、ヴィットリオはテレシアの目の上に手を当て、眠りの魔法を重ねがけした。
「まだ起きるのは早いよ。…いい子だ」
ゆっくりとふさがるテレシアの瞳を見て、さらに深く、深く眠りを紡ぐ。
「この私の眠りの魔法を薄めるなんて、どうしたもんだろう。目覚めたがっているテレシアを助けないでほしいな」
ドアの向こうの若者に、おせっかいな侯爵が心配そうな眼を送った。珍しく人間に関心を寄せ、久々に魔王様がご機嫌なのが気になった。
「…あの少年に貼られていた呪いの札の出どころは、北の魔女だったと言ったね」
魔王の問いに、レーヴェ侯がついさっき聞いたばかりの報告を伝えた。
「テレシアに扱わせていた遠隔の傀儡と、呪いの札の出どころが同じだった。そこからあの長官につながり、それをきっかけにとんとん拍子にまあ解決に至ったというわけだが」
解決と聞いて、魔王は鼻で笑った。
「北の魔女は魔王に比肩する曲者だ。『心なき5つの口づけ』の呪いはあの魔女が組んだ術式だが、実に優れた術式を編み出す優秀な魔女だ。あの少年に使われていた呪いの札は1枚でも相当高価だよ。お役所の長官風情があの札を複数枚手に入れ、傀儡まで用意するなんて、ずいぶんと羽振りがいい」
「いろいろ横領していることもつかんでいる。…テレシアの四聖の手当も、半分は奴が懐に入れていたらしい」
「お金持ちのお嬢さんは、お金に無関心すぎる」
自分の給金の管理もできない娘と、それに気が付かない今の父親を魔王はそっとからかった。
「お前だって、お金の使い方もろくろく知らなかったじゃないか」
「使い方を知らない訳じゃない。しばらく使ってなかったら、コインが変わっていただけだ」
「姉上はよく生活できたよな、こんな夫と」
「知らないのかい、古いコインは価値が上がる。私は彼女を困らせたことなど一度もないよ」
実は、妻アリシアがちょっとした服を買いに近くの街に出かけ、預かっていたお金がとんでもない価値の古銭であったために、大量のお金と換金されてかなり困っていた、などということを魔王は知る由もない。
「お金もさながら、どうやってつながりを持ったんだろうね。あの魔女が住む国の王は、かつての王ほど魔女につながっていないと聞いているが」
「リヴァーサの王家と魔女とのつながりはなかった。今のリヴァーサ王とうちの女王との関係は悪くない」
「ふうん」
魔王はあまり興味がなさそうに返事した。
「王なんて名の付く輩が信用できるとは思わないが」
「お前だって魔王だろう?」
「人が勝手にそう呼ぶだけだ。私は魔物も魔族も統治する気はない」
ヴィットリオ自身が自らを魔王と名乗ることはなかった。魔王と名付けたのは、あくまで人だ。
「だからと言って、人の味方でもないことは忘れないでほしい。私がこうして君たちに協力するのは、アリシアが君と私をつなげてくれたからだ。君とテレシアがいなくなったら、私と人をつなげるものなど、何もないんだよ」
「そうなんだよなあ…」
今はこうして対等に話をし、テレシアのために手を貸してくれるが、魔王の言葉通り魔王と人の縁はあまりに薄い。
魔王と友になることを許された男は、娘や国のこともさながら、この友のこともまた気がかりだった。




