あと3日、夜
魔王の屋敷には、ほとんど人も魔物もいなかった。
こっそりと屋敷の中を探ってみたけど、誰とも会わない。
途中でハリボテっぽいながらも剣を見つけ、借用した。
魔王相手に使おうなんて命知らずじゃない。護衛として、手ぶらでいるのは心もとなかったから、何か手にしておきたかっただけだ。魔王の屋敷まで乗り込んでくるような奴がいるかどうかは判らないけど。
1度食事が運ばれてきた。
二人分の食事をワゴンで運んできたのは、執事と思われる爺さんだった。多分、魔族だ。
テリィはまだ起きそうになかったので、お礼を言ってまずは自分の腹ごしらえをした。
腹が満たされたところで、テリィが寝かされていたソファに寝そべって仮眠だ。
僕らの通っている学校は、魔法専科があって魔術書や魔具なども置いてある関係で、割と堅固に守られていた。昼休みに人目につかないところで居眠りしていても、そうそう外部から襲われる心配はなかった。
でもここは違う。ここは魔王の力に満ちてはいるが、どこまで守りがあるのかわからない。
夜が深まっていく。
カタカタ…
不安が聞かせた幻聴が聞こえた。
カタッ
いや、幻聴じゃない。
僕はソファから飛び降りて寝台の下に潜り込み、様子をうかがった。
何も起こらない。
緊張しすぎたか、と思って息を吐こうとしたその時、少しの軋む音とともに窓がゆっくりと開かれた。
1…2人。
ゆっくりと寝台に近づいてくる。
足がすぐそばにあった。
自分の心臓がうるさすぎる。
「…寝てるな」
「殺せるくらい近い」
「殺すと魔王とリーヴェ家が面倒だ。価値さえなくせばいい」
「お姫様に目覚めのキスっちゃあ、割のいい仕事だ」
潰れそうなくらい激しい鼓動を胸に、僕は足めがけて剣を振った。
「ぎゃあっ」
悲鳴が上がり、血しぶきが舞った。
ハリボテっぽく見えた剣は結構切れ味のいい真剣だった。うずくまったでかい男のみぞおちに、剣の柄を埋め込み、効き目もろくに確認せず、もう一人に切りかかる。
僕の剣を受けた腕はぶるぶる震えている。僕程度の剣でこうなるとは、もう長く剣を持っていないらしい。
相手の剣を払うと、剣先が相手の手首に当たり、そのまま剣を遠くに跳ね飛ばした。
この男を僕は知っていた。
魔法庁の長官だ。
「小僧…」
「勤務中です」
長官が鼻で笑った。後ろの男が起き上がったらしい。ちゃんと伸してなかった。
テリィに近いのは長官だ。僕は迷わず長官の胴に峰打ちを食らわせた。
でかい男が走り寄る。
正面からの1対1で勝てる相手ではない。わかっていた。でも、引けない。
僕は手にしていた剣をデカ男に向かって投げた。
よけてひるんだすきに、身を縮ませて足を払う。
ウェイト差がありすぎて、うまく転ばせられないが、よろけさせることはできた。
次の手を考えていると
「止まれっ」
長官の声に振り返ると、長官は手に持った呪言の玉を見せつけ、今にも寝台に向かって落とそうとしていた。
玉の中の黒い影が揺らめく。
気を取られていた隙に男に足を払われ、顔から転倒した。
「役立たずと聞いていたのに、忌々しい。どいつもこいつも」
打った鼻から血の匂いが広がった。もがく僕を焦らせる。しかし僕は背を男に踏みつけられていて立ち上がれない。
玉が寝台に届き、後は割れるだけだった、その時、呪言の玉が何かに包まれて軽く浮かび上がった。
男に抑え込まれた僕と、勝利を確信した長官の前で、呪言の玉はそのままふわりとドアの方に飛んでいき、黒づくめの男が指で拾い上げた。
「ずいぶん物騒な来客だ」
物騒という言葉が似合わないくらい、穏やかな声だった。
「このような危険な物は人の家に持ち込んではいけないのだけど…知らなかったかな」
長官が、薄笑いを浮かべたまま固まり、身動きしない。
同じく、僕の重しになっているデカ男も、固まったまま浮いているかのように重みを失い、僕が匍匐前進で抜け出しても、僕を踏みつけたポーズのまま固まっていた。
「窓からの侵入もご遠慮いただいている。このままお帰り。外で天空狼が待ってるよ」
窓が勢いよく全開になった。
外は嵐クラスの風が吹き荒れ、部屋の中にも風が入り込んできた。
「ああ、忘れ物だ。持ってお帰り」
魔王は長官の口に持っていた呪言の玉を近づけ、口に当てるとそのまま指で奥へと押し込み…
「そこまでだーーーー!」
大声と共に廊下から6人ほどの兵を引き連れた男が現れた。
「容疑者を殺すな、この魔王がっ!」
身なりのきちんとした中年の男が、魔王に対してひるむことなく怒鳴りつけた。
「魔王なんてものはいないと言っているだろう。全く君は」
魔王は長官の口に入れかけた呪言の玉を引き出すと、男に投げて渡した。割れるんじゃないかとびっくりしたけど、新たに現れた男は呪言の玉を受け取り、魔封袋に入れた。既に呪言の玉には封呪がされていたようだ。
男が連れてきた兵が固まっていた二人に触れると、二人の拘束は解けた。魔法でない新たな拘束を受け、二人は部屋の外に連れ出された。
この騒ぎの中、テリィは目覚めることなくぐっすりと眠っていた。
魔王は娘の無事な姿を確認すると、安心したように微笑んだ。表立っては口角のミリ単位の変化でも、微笑んでいることはわかった。
「また、守ってもらったね。君は実に優秀な護衛だ」
娘に視線を向けたまま、魔王が言った。
「私からも礼を言う」
もう一人の男が、胸の前で右手を当てて、深々と礼をした。
「わが娘、テレシアを守ってくれてありがとう」
その男は、テリィの父、リーヴェ侯だった。




