あと3日
解放まであと3日
魔法騎士団で一夜を過ごし、学校の前まで送られて登校したテリィは、授業中ほぼ居眠り状態だった。
朝ごはんさえ食べるのを惜しみ、行きの馬車の中でも寝ていたらしい。
ということは、夜も仕事してたのか?
こんな時でも仕事を回すなんて、絶対に敵は魔法騎士団の中にもいるに違いない。ただの学生の僕でさえおかしいと思うのに。
もしや、悪党は泳がされているのか、それとも…
居眠りの様子もおかしい。寝ているようで寝てるんじゃない。少しうとうとしても、びくっと体を揺らし、頭を抑えたまま大きく息をつく。
傀儡を操っているのか。
過労にもほどがある。このままじゃ死んでしまう。今までもこんなことをしてきたのかもしれないが、今の魔力は八分の一。回復が追い付かなくなるのは当たり前だ。
「テリィ、傀儡で参戦するの、やめた方がいい」
ゆっくりと開く目の光は鈍い。
「あと3日でリュートも戻る。姉上も戻れば、正式に引退だ」
引退。そうすれば四聖は欠員になる。そこに「テレシア」が入るなんてことはないんだろうか。別の誰かが四聖になったとしても、それでもまだ魔法騎士団に必要とされたなら、今度は下っ端として今以上にこき使われる生活が続くかもしれない。
ふと思った。
テリィは、本当はどうしたいんだろう。
元々、自ら望んで四聖と呼ばれる存在になったんだろうか。
今日のパンは堅めで、あまり評判がよくない。匂いはいいけど、堅い皮が口に刺さる。
別の何か食べやすいものを買うために立ち上がろうとすると、腕を引っ張られた。
「たまごパンでも買ってくるよ」
「いらない」
顔色が悪い。
こんな風に世話するのもあと3日。この後、テリィはどうなるんだろう。
今後ずっと八分の一の魔力で過ごすなら、引退することで少しはゆっくりと自分らしく過ごせるようになるんだろうか。今までを知る人に利用されて、手を抜いている、と責められたりしないんだろうか。
3分ほど経って、深い息を一つつくと、しかめていた眉間がほどけた。
「…終わった」
オオトカゲ討伐は終わったようだ。
手を振って傀儡と自分のつながりを解く。その場に崩れた傀儡は、現地の魔法騎士団員が回収するらしい。
安心したのか、崩れるように体が傾き、隣にいた僕の肩にかかる重みが増した。テリィは眠りの世界に引きずり込まれていた。
ふと気が付くと、僕たちの前に人が立っていた。
見覚えのない「大人」だった。黒ずくめの上下に、銀の髪、半端ない威圧感。使いっパシリの下っ端には見えない。テリィに新しい「仕事」を持って来たんだろうか。
「仕事なら無理です。今討伐が終わったばかりで…」
「そのようだね」
そう言った大人がゆっくりと手を差し出した。その指先には数センチほどの黄色く光る玉があった。
魔具だ。
警戒するよりも早く、黄色く光る玉をテリィの足元に投げつけた。玉が割れて、中の黄色がテリィを包む。
「よい夢を」
黄色い光が僕にも滲んでいき、より深い眠りの世界に引きずり込まれたのは、テリィだけじゃなかった。
体のきしみで目が覚めた。
開いた目に映ったのは、大理石の床。薄いラグさえない石の上に、僕は放り投げられたかのように横たわってた。
心当たりのない景色。テリィは、
少し見回せば、同じ部屋の中、すぐそばにいた。
待遇の差がすごい。
テリィは、身長よりは小さめながらも、赤いソファの上に横たえられ、膝から下を肘掛けからぶらりと垂らしていた。このサイズだと寝がえりできないな、と思った矢先に腕が弧を描き、体をひねらせた。
慌てて駆け寄ったけれど、間に合わず、ソファの下に敷かれた足の長い絨毯の、そのまた上にぎりぎりたどり着いた僕の腕の上に転がった。どういうわけだか、今まで見た中で一番バカみたいな顔をして寝ている。油断しきった顔が、ちょっとかわいいのが腹立たしい。
そもそも小さめのソファに寝かせるのが問題だろう。そのまま絨毯の上に寝かせることにした。
部屋を見回すとちゃんとベッドもある。天蓋のついた、お姫様が使いそうな大きめのものだ。あれに寝かした方がよほど熟睡できるだろうに。
いや、いやいや、どこかもわからない部屋で、例え自分でないとはいえ、熟睡を勧めるのはよくない。
一人考えを巡らせながらうろたえていた僕を見ていたのか、ククク、とこらえきれなかったような笑い声が聞こえた。声とともにゆっくりと歩いて登場したのは、さっき「アリシア様」を迎えに来た全身黒ずくめの年齢不詳の男だった。
笑い声が聞こえた割に笑顔がない。いや、表情が薄いだけで、口元は緩んでいるかもしれない。
その無表情さを含め、テリィに似ている。
「何故君まで来てしまったのか…」
石の床に放り出されていた僕は、やはり招かれざる客だった。
「あんた、誰だ」
お貴族様なのかもしれないのに、僕の口から出た言葉はあまりいい言葉遣いじゃなかった。
「君こそ誰なのかな。テレシアの知り合いか?」
テレシア、と言った。テリィの本当の名だ。どういうことだ?
…とりあえず、あいさつは必要だ。
「失礼しました」
立ち上がって軽く服のほこりを払い、片手を胸の前において会釈した。
「フェルディナン・レオナール、と言います」
まだ寝ているテリィに目をやり、
「ここにいる、テレシアさんの、…部下です」
「ほう、…部下か」
ちょっと眉をひそめたような、あまりいい反応ではなかったような気がする。
「いろいろ、ありまして。学校の中で護衛しています」
全然守れてないけど。その証拠に一緒に連れ去られたあげく、こうしてここにいる。
男は薄い笑みを浮かべて
「ああ、呪いの護衛だね」
と納得した。
僕がテレシアと呼んだことにも、大きく反応しなかった。
「では、間もなく不要になる。ご苦労だったね」
男はゆっくりと近寄ってきた。
「9日待ってもこの程度だ。もう3日も待つのに飽きてしまった。娘は返してもらうことにしたよ」
娘? この人は、…違う。
「失礼ですが、リーヴェ侯ではありませんよね」
テリィの父であるリーヴェ侯爵を見たことはなかったけれど、こういう感じではないとわかる。
これは、この人は、普通じゃない。
「そうだね。私はヴィットリオ・ヴァレンティン。ずいぶん古い名だから、君たちのような若い世代にはわからないかな」
頭の奥に引っかかる名前だ。
「たかが12日。だけど、やっぱり10日でよかったかな。いっそ3日くらいにしておけばもっと浅ましく四聖『アリシア』を痛めつけてくれたんだろうか」
痛めつける?
「君たちが早くこの子を見限ってくれるのを待っていたんだ」
見限るのは、…誰だ?
「欲のままに唇を奪われ、心も魔力も傷ついてわが元に泣きつく姿は、さぞかしかわいいだろう」
この人は、何だ?
僕を怒らせようとしているだけか、本心なのか。読めない。ただ怒りがわいてくる。
「少しづつ、魔力が削られるのを味わうたびに恐怖に震えるか、」
違う。テリィは怖がりもしなかった。
「もう魔法は使わなくていいと安心して眠れるようになるか」
減る一方の魔力でも、逃げることもなかった。
「ぎりぎり4人目で時間切れになったら、人間並みの魔力で生きられる。それもまた幸せかな」
人間並み?
「面白くはないけれど、真実の愛に目覚めるのならそれでもいいと思いはしたんだよ。この子に限ってあり得ないけどね」
血のように赤い目が、笑顔を作り出す。
思い出した。
「なにせ可哀想なことに、私に似てしまった。少しでも妻に似てくれれば、愛されることもあったかもしれないのに…」
200年を生きるという、ヴィットリオ・ヴァレンティン。
この国のすぐ近くに住む魔族。またの名を、魔王。
僕の横を通り過ぎた魔王は、娘と称するテレシアをそっと抱き上げた。
テリィに眠りの呪文が追加される。
「ここしばらく眠れてないね。可哀想に。人間どもにこき使われて、魔物退治に駆り出され、にもかかわらず魔力が無くなることを願われて。頑張っているのに報われない」
そうだ。この男の言うとおりだ。
この男は知っている。テリィの置かれている状況を。誰も止めない無謀な労働も、それを引き受けて平気な素振りをするのも、呪いでますます平気ではなくなっていることも。
そしてもしかしたら、この呪いを授けた張本人かもしれない。
テリィを腕に抱いたまま、男は僕に向き直った。
「娘に良くしてくれてありがとう。君は職務に忠実だ。送り先は学校でいいかな?」
職務に忠実、という言葉にカチンときた。
職務だ。部下なんだから。当たり前だと思うのに、腹立たしい。褒められているのに、何の役にも立たない護衛だ、と言われているような気がした。僕のことなど、その辺の石ころのように何の脅威にもならないと思ってる。
この男が秘めようとも、あふれ出す魔力の圧力がひしひしと伝わる。突然出くわせば、初見で心を折られるかもしれない。なのに、逃げようと思えない。思いたくない。…腹が立つ。
「テリィをどうするつもりだ」
男が返品するだけの僕を意識した。
「…君が知る必要はないよ」
「ここに閉じ込めておくつもりなのか?」
「閉じ込める? うん、それもいい。その方が安全だ」
嫌味な視線を送ってきた。
「もちろん、3日では済まないよ」
愛しげに頬についたテリィの髪をそっと指で後ろにやり、頬を撫でた。
「きれいな服を着て、おいしいものをたくさん与えて、魔法など使わなくとも安全な暮らしができるように、」
幼い子供のように無防備に眠る姿。
「だが、それではリーヴェのやり方と変わらない。この子を止めることはできない。どうすれば大人しくそばに置いておけるんだろうね。…君は知ってるか?」
突然の質問に何をどう答えたらいいのか、わからなくなった。
「この子の父親を称するフェルナン・リーヴェは、この子を家に閉じ込めることで守ろうとした。多すぎる魔力で恐れられ、悪しき心を持つ者から守るためとはいえ、あまりに大雑把な対応だ。親の目を忍んで通った先が討伐隊で、魔物討伐を正義だと教え込まれてしまった。魔物など大したことはない。逆らわない限り放っておけばいいのだ」
魔王、ヴィットリオ・ヴァレンティンは魔物を召喚することはなく、人を害することもないと聞いた。
この国は魔王の支配地に隣接しながらも、当たらず触らず、もめ事を起こすことなく平穏に共存している。場所によっては、魔族の襲撃で国を滅ぼしかけたところもあるという。
人と魔族の関係は、ひとえに強大な力を持つ側、魔族次第だ。
「この子は望んで魔物と戦う。あふれる力をそう使うことが自分の使命だと、信じて疑わない。閉じ込めたところで、私のこの屋敷の周辺は魔物だらけだ。さすがの魔物もおとなしく討伐されてはくれない」
魔物と魔族の関係も、魔族次第か。
「魔物に人を憎ませたいと思っているわけではないのでね。となると、拘束の首輪をつけて閉じ込めておくのが安全だと思うんだが」
鎖につながれたテリィの幻を見た。
「引きちぎりそうだから、まずは心を拘束しないといけないかな。」
いつもの無表情が、さらに心を失う。少しづつ見えかけてきた心が、沈んでいく幻。
「だが魔力が無くなれば、引きちぎる力も無用、心の縛りも必要でなくなる。その方が手っ取り早いね」
魔王は娘と呼んだ腕の中の女の子に口づけた。
「さて、これは何回目かな? もう5回になったなら、ありがたい。…その顔だと、まだ足りないか?」
怒りで手が震える。それなのに思いついた言葉は、
「ばっ、、、、お前、絶対嫌われるぞ」
だった。
魔王がとぼけた表情を見せた。
「どこの親が15の娘に口チューするんだ! ばかじゃないのか?」
言ってるうちに怒りと恥ずかしさがごちゃ混ぜになって、ちょっと混乱してたかもしれない。でも口は止まらない。
「娘ならせめてほっぺにちゅーだろ! 口にするなんて、せいぜい3歳どまりだ!!」
相手が魔王と呼ばれるほどの男だとわかっているのに、怒りからあふれる言葉を止められなかった。
しかし、無礼だと罵ることも、怒ることもなく、
「そうなのか? それは困ったな」
と魔王は少しも困ってない顔で愉快そうに言った。そして、テリィをゆっくりと慎重に寝台に運んだ。
「最後の5回目となるなら、多少嫌われてもよかったのだが。まだ5回に至らないか。思ったよりこの子はうまく守られていたのかな。悪意は2桁じゃすまなかったはずなのだが」
恐ろしいことを平然と言った。僕が聞いていたのは5件だ。騎士団でさえ掴んでいない悪意をあと3日間、どれくらい抑えられるんだろう。残りはあと1回だというのに。それを思えばここで残りの日を匿ってもらう方がより安全に思えた。
だが、魔王は「悪意」賛成派だ。娘の魔力が尽きる平和を望んでいる。
そもそも本人が掃除当番の代わりくらいな気軽な気持ちしか持ち合わせていない。
それが世間知らずだからなのか、本当に娘だとしたら、魔族独特の感性なのかわからない。
…あれ? テリィって、魔族?
魔族、なんだろうか。
反則級のあの魔力を思えば、そう呼ばれても納得だけど、僕の中では、どんなに力を持とうとも、普通の、ただのクラスメートだ。
視線に気が付いて、見ると魔王は僕を見ていた。
「お前は、私が怖くないのかな?」
普通、魔王は怖いだろう。
「怖くないことは、ないけど」
僕の方が先に目をそらせた。目をそらせれば負けだけど。
「怖いより、今は腹立つ」
魔王が笑わない目で口許を緩めた。
「腹が立っても手は上げないように。私は殴られれば、殴り返す。手加減はあまりうまくない」
「…気を付けます」
「ああ、それから、テレシアは私が父だと知らないからそのつもりで。君の口からそのことが漏れたら、きっと君は人がなぜ私を魔王と呼ぶのか、その意味を知ることになる」
脅すくらいなら、そんな話を聞かせないでほしかった。
「口はそんなに柔らかくないですが、嘘はあんまりうまくありません。感づかれたら、ごまかせないと思います」
「まあ、…そのようだね」
魔王は納得してくれたようだった。まあ、そんな事態になったら考えよう。
魔王は部屋を出た。僕を学校に返すことは忘れていたようだった。
僕としても、まだ護衛の日は3日残っているので、特に何もすることはないにしろ、近くで見守ることくらいならできるだろう、と、部屋にあった椅子を寝台のそばまで運んだ。
家具類はずいぶんと古そうだったけれど、決してくたびれてはない。ふかふかした布団の中で眠る魔王の娘は、眠りの魔法が追加されたこともあって当分起きそうになかった。
僕の肩で眠る時以上に、まともに眠っている。
また守れなかった。
後悔ばかりだ。
起こさないように用心しながら、時々眉間にしわを寄せるテリィの頭を撫でた。
髪が指に絡まる。今はきれいな銀色だった。魔王の館が魔力にあふれているせいかもしれない。
今でも、本当は侯爵家令嬢だ。姉のアリシア様を見ても、美しくなるよう大事にされ、手間暇をかけて磨かれ、輝くべき人なんだろう。学校だって、今僕らが通っている学校より、もっと適した、お貴族様が大半を占めた王立の学校もある。僕とテリィがクラスメートでいることさえ、本来あり得ない奇蹟なんだ。
卒業するまであと3年。その間だってずっとあの学校にいるかなんてわからない。
今でさえ、無理して学校に通ってる。この事件が片付いた時、それを続けることが許されるかどうかなんてわからない。本人が続けたいと思うのかも。
急に距離を感じた。
命を懸けることを厭わないほどに、今の仕事に誇りを持っている。そんな彼女が力を失っていい訳がない。
今考えるべきことは、テリィの力を、テリィを守ること。
魔王の気まぐれでも、まだここにいられるのなら。
例え力足らずでも。




