あと4日
解放まであと4日
本部に戻ったテリィを心配する者はいなかったそうだ。
どこに行ってたの? と聞かれ、ちょっと死んでた、と言ってもみんな笑って終わった。そう言って、またあくびをしていた。
班のみんなにサインをもらって、まとめたレポートを提出した。感謝された。
今日は昼から先生方の会議があって、学校は午後から休みだった。
もともと決まっていた休みだったのでのんびりしようと思っていたら、狙いすまされたように僕とテリィは魔法騎士団本部に呼び出された。連日というのはちょっと困りものだけど、一応雇われている身なので仕方がない。
その後、アリシア様の別の影武者の活躍で、五組の不届き者が捕まっていた。アリシア様の魔力0を目指す団体は思いのほか多いらしい。
今回の五組は現ボンキュボン型麗しのアリシア様を敬遠、あるいは信仰するバカ者たちで、魔力を0にして自分の利を求めるという点では共通していた。魔力をなくした魔法使いを追い出す派、追い出されたかわいそうなアリシア様を我が物にしたい派、そのほか。
テリィのことを知っていたのは、直接襲ってきたクラウスのほかは今のところいない。
この素っ頓狂で厄介な呪いを仕組んだのは、どうやら人間ではなく魔族のようだ、という話も聞いた。
魔物をばっさばっさとなぎ倒す四聖の力を削ぐことは魔族にとっても利があると言われればその通りながら、魔物ならともかく、魔族と直接戦うようなことはこの国ではほぼない。それは魔力の差もさながら、この地の近くにいる魔族があまり人間に関心を持っていないため、襲われることがないからだ。
その関心のない、と言われる魔族がなぜアリシア様に呪いをかけたのか。
人を特定したわけではないのではないかという説もあった。誰かが呪いに引っかかって面白がる魔族の悪い冗談だとすれば、なかなか迷惑な話だ。
昼食やおやつにいいものを出してもらえたけど、大した進展もなく今日も過ぎる。
昨日のような死にかけイベントなどはないに限る。たまたまとはいえ、兄の水難救助の合同訓練に同行してて、本当に良かった。自分でも役に立つことはあるんだ。何事も経験だ。
テリィは今日はこのまま魔法騎士団本部に泊まるらしい。
ここにいると余計な仕事を回されるから学校の寄宿舎に帰りたい、というテリィの意見は全く聞いてもらえなかった。僕より魔法騎士団の見張りのほうが信用されているのはもっともながら、少しは本人の意向も聞いてあげればいいのに。
僕は早々に家路についた。
今日が過ぎればあと三日。
昨日の一カウントは、二人の秘密になっている。死にかけたことを伝えるのもやばいけど、それ以上にやばいのは魔法の残量。
残りは二回。魔族の高笑いが聞こえそうだ。
昨日のことは大して記憶に残っていないのに、掃除当番代行の不意打ちが頭をよぎった。
ケッとでも言い出しそうな無表情の目で近寄ってくる顔を、今更ながら思い出す。なんだか不愉快だった。
急に立ち止まったせいか、後ろで誰かがぶつかった。ごめんよ、と言って通り過ぎる。
立ち止まった先に、不愉快に上乗せするように不愉快がいた。「乗っ取られ」て事件を起こし、自宅謹慎になっているはずのクラウスだ。
街中で僕に会うとは思っていなかったのか、びくっと体を揺らした後、まっすぐにこちらに向かって歩いてきた。こっちが被害者だっていうのに、今にも殴り掛かってきそうな眼をしてる。
こいつ、乗っ取られたと言われていたけど、あの時の記憶があるんだろうか。
「なんか悪かったな。迷惑かけたって聞いた」
意外にも近寄ってきた理由は謝罪だった。
話を聞くと、あの日、父親に渡された巾着を持っていたことは覚えているらしい。突然巾着が光って、目は開いているのに体の自由が奪われた。自分は何もできないのに、何が起こっているかは見える。自分が隣のクラスの二人を襲ったことも、…テリィに無理やり口づけたことも。そして最後が僕の回し蹴り。
いっそ忘れていてほしかった。僕のこともだけど、何よりテリィのことは。
不愉快がマックスになって、僕は謝ってきた奴に対して目をそらすという無礼な態度をとり、悪態をつきそうで唇をかんだ。息が浅くなって苦しい。
あの時口に貼られた呪言の札の黒い影が体の奥でうごめいているような、いやな気分がする。
クラウスは急ににやりといやらしい笑みを浮かべた。
それが目に入った途端、背中にぞわりとした悪寒が走った。
頭の中を掻きまわず黒い影。まだ残っていたのか。
「まだ抵抗できるのか。雑魚の割に頑張るな」
狙いは僕じゃない。僕を介した、テリィだ。
クラウスはまだ乗っ取られたままなのか? それともこれが本性なのか?
人通りのある道で、体に呪いが満ちてくる。
駄目だ。いけない。
駄目だ、ダメだ、ダメだ、ダメだ!
僕は増殖していく悪意の抑え方がわからず、クラウスの背後に回って首を締めあげた。周りから見たら、一方的に僕が暴力をふるっていることになるだろう。
目が熱い。自分の中で黒い影が笑う。
「何の呪いだ」
クラウスの耳に語り掛ける。急がないと乗っ取られる。そう直感した。
「とっとと解け。さもないと」
「さもないと?? どうするって?? かわいいあの子を襲ってしまいそうってか??」
下衆な言葉が返ってきた。容赦なく首を絞め、奴が声を出せなくなる。何の手立ても聞けないまま、奴の意識が落ちた。
まずい。自分が消える。
誰かが騎士団を呼んだらしい。あいつが何かに乗っ取られていたと知らなければ、僕が襲いかかったとしか見えないだろう。
自分の中の黒いものを抑えられない。
騎士団と一緒にかけつけた獲物の気配に、自分の中の黒いものがざわつき、喜びに満ちる。
ようこそ、愛しい偉大なる魔法使いよ。破滅の愛へようこそ。
自力ではなし得ない跳躍で、この騒動に駆け付けた騎士団とそれに混じるテリィの前に立ちはだかる。にらみつける魔法使いの目は、僕の中の敵に気が付いている。
満身の力を込めて、自分の口の制御を奪った。
「テリィ、僕に、容赦、…は、いら、…ない」
走る自分の足を絡ませ、襲い掛かる手を空振らせる。
自分がどんどんいなくなる。
手がテリィの手首をつかむ。
ああ、ダメだ。
自分の中の黒いものが高笑いをする声と、僕が吹っ飛ばされるのにさほど時間差はなかった。
目が覚めると、きりりと頭痛がした。
僕は横になっていて、頭の上には誰かの両手があった。指の間からテリィが見える。
どういうわけか僕はテリィの膝の上に頭を置いて寝ていた。何でこうなっているのか訳がわからない。
「動かないほうがいい。おまえの兄の蹴りはおまえとそっくりだ」
どうやら、魔物に乗っ取られそうになった僕を倒したのは兄だったようだ。
鉄格子の向こう側にいた兄のレオナルディとラファエレが、難しい顔で話をしている。
テリィの声を聞き、僕が目覚めたことを知った長兄のレオナルディが笑顔で手を振った。
「テレンス、終わったか」
笑顔は僕ではなく、テリィに向けられたものか。さすが兄だ。小癪な。
「もう大丈夫だ。こちらの不手際で、完全に解呪できていなかったことを詫びる」
頭を下げ、目を伏せたテリィと目が合った。
「セオンは手の縛りの解呪に気を取られすぎて、おまえの中にあった札の呪いの破片を拾い損ねていたようだ」
「加えて、呪いのおかわりされていたら、さすがにきついよな」
次兄ラファエレが魔封袋に入った札をこっちに見せてきた。
「背中に貼られてた。複数犯だね、こりゃ」
立ち止まった時にぶつかってきた奴か。
「お祓いが終わったら、出てきていいよ」
ラファエレがいつもの軽いノリで言う。起き上がると頭に猛烈な痛みが走った。蹴りを入れたのは多分ラファエレだ。痛がる僕に笑いを抑えられない。
「子供だと思ってたのに、おまえも随分と紳士になったもんだねえ。女の子の前だと、お札の呪いもはじいちゃうとか」
檻から出てきた僕の頭をガシガシとなでるので、痛みが倍増した。
「しかもかわいい女の子の膝枕で寝られるなんて、超ラッキーだね!」
「痛くないならね。このくそ兄貴」
振り上げた拳は見事によけられた。
「そんなおいたしてると、母さんに言っちゃうよ? 女の子を襲いそうになって、兄貴に蹴り入れられましたーって」
「やめてくれー」
真実だけに、やめてくれー。
焦る僕にテリィが言った。
「あの呪いにあそこまで抵抗できるのは、かなり貴重だ。…どの程度の耐性があるのか、試してみたい」
きらりと光る好奇の目に、さすがの兄も僕もちょっと引いた。
隣の牢では、クラウスが再び倒れていた。
こっちも再度お祓いをされはしたものの、自らの意志も多少なりとも介在しているようで、魔法騎士団が取り調べを引き継ぐことになったらしい。それでレオナルディが騎士団まで引き取りに来ている、というわけか。なるほど、それでこの場に二人がそろっているんだ。
上の兄レオナルディは魔法騎士団に所属し、魔法の使い手としても、剣の使い手としてもそこそこ名を上げている。
下の兄ラファエレは騎士団所属、剣もさることながら格闘技の才があり、僕が下手ながらも回し蹴りなんて技を決められるのは、このラファエレの指導があってこそだ。
二人とも僕とはちょっと年が離れていて、体格も二人に比べると貧弱な僕は期待されない三男として結構のらりくらりと自由な生活を送れている。
親から二人を目指せ、なんて下手なプレッシャーをかけられないのは、本当に感謝している。兄二人は、もうちょっと僕を鍛えたいみたいだけど。
あの時、あの場所に意図的にクラウスが出現したということは、僕も敵のターゲットに入っていたということだ。呪いが残っていたから便利に使われただけかもしれないけれど、僕といることでテリィの危険度が上がるのは嫌だ。
あと数日とはいえ、檻の中でもいいからどこかできちんと見張られている方がいいのかもしれない。テリィは絶対に承知しないだろうけど。
自分の役立たずっぷりが嫌になる。
兄達とテリィに見送られ、僕は今度こそ家に帰った。
もう月が出ていた。
晩御飯は残ってるかな。




