あと5日
解放まであと5日
翌日は休みと言われていたけれど、あんな事件があったおかげで次の日も僕は魔法騎士団の本部にいた。
あの後、テレンス・リーヴェと僕が廊下に出ると、そうしないうちに通りすがった先生が僕らを見つけ、僕らが拘束の魔法をかけられているのに驚いて、すぐさまあちこちに連絡が取られた。
学校でテレンス・リーヴェの正体を知っている人は少ないけれど、何かあった時のための連絡網はあった。
クラウスはすぐに身柄を拘束され、魔法騎士団の本部に連れていかれた。
僕らも一緒に魔法騎士団に移動した。
拘束の玉は割れた後消えてしまっていたけど、僕の口をふさいでいた呪言の札は半分に裂かれたままその場に残っていて、魔法騎士団が回収していた。
「剥がせるのか、あれ…」
「半分に切れるって、どうやって…」
僕と一緒に事情を聴いていた魔法騎士団の人から驚愕の声が漏れた。
拘束の魔法は二巻分で用意されていたようだった。本当はテレンス・リーヴェの手足を拘束するつもりだったのが、おまけの僕がついてきたために二人の手に使わざるを得なくなり、足には足りず、僕ごとき雑魚でも引きちぎれるほど弱くなったのではないか、と、若い魔法騎士団員から解説があった。
完全に巻かれた手は、あの後四聖の一人であるシェスタ様の弟、セオン様の手で解呪してもらった。
あの部屋には「アリシア」様とは相性の良くない呪文が複数かけられていて、あの部屋にいる限り解呪に二、三時間はかかっていただろう、と言われた。
それでも二、三時間あれば解呪できるのか。四聖、恐るべし。
「アリシア」様ことテレンス・リーヴェとセオン様はもともと知り合いだったらしく、ほぼ一方的にセオン様が話していたけれど、気心知れた様子で話を聞きながら二人一緒に部屋を出て行き、そのまま戻ってはこなかった。
明日の討伐に向けた話し合いがあるらしい。
こんな目にあっても明日も働くのか。才能ある人は大変だ。
父が迎えに来てくれたけど、遅くなったので家には帰らず、魔法騎士団の一室で仮眠をとった。
大きな男たちがごろ寝をする夜勤用の控室で、父も時々家に帰らないときはこんな感じで寝泊まりをしているようだった。もっとも今いるここ、本部の控室ほど広くはないらしい。
せっかく本部にいるのだから、と、長官の部屋で昨日の事件以外のこれまでの経緯を話すことになった。
昨日はやむを得ないと眉をひそめていた大人たちも、実はすでに残り三回と知り、そのうちの一回が自身による掃除逃れのためだったと話したときには、全員が頭を抱えていた。
僕は加害者じゃないけど、部下でありながら止めることができなかった責はあるかもしれない。…二回目は。一回目、僕に咎がある? いや、あってほしくない。僕よりも、掃除当番もできないくらい急ぎで仕事場に呼び出す鬼魔法騎士団こそ、その責任を問われるべきだ。相手は学生なんだから。
しばらくして、昨日の事件の中間報告があり、僕も一緒に聞かせてもらえた。
今回の首謀者はコリンズ家。クラウス・コリンズの実家だ。クラウス自身は同じ学校に通っているということで、実行役の魔法使いの依り代に使われていたと考えられた。
コリンズ家はテレンスの実家リーヴェ家とは敵対関係にあり、次期四聖を狙う一派とも組んでいて、リーヴェ家の英雄「アリシア様」は目の上の瘤でしかない。
偉大なる美しき魔法使いの引退に惜しむ声も上がったが、いなくなることを喜ぶ声も多い。
しかし、引退したからと言って安心はできない。「アリシア様」の魔力はとびぬけて強く、魔力を感知できる面々にとってはいるだけで脅威だろう。可能であればその力を抑えたいと思って当然だ。
アリシア様がテレンス・リーヴェであるということが広まりつつあるにもかかわらず、今日も討伐は中止にならなかった。
学校では睡魔と戦っていようと、ローブを着れば決して弱みを見せず、常に自分を大きく見せ、子供とは悟らせないように注意しながら、彼女は戦い続ける。
命ぜられるまま、だれかを守るために。
父が送ると言ったけど、詰め所でまだ仕事が残っているらしかったので、僕は一人で魔法騎士団本部を出た。
途中、兄レオナルディが剣を振り、術を行使する姿が見えた。友人とともに鍛錬している最中のようだった。
僕とは比べ物にならない魔法の発動の速さ、例え魔法がなくとも剣で十分食っていけるほどの腕前。あれくらい強ければ、テレンス・リーヴェに二度目の「屈辱」を与えることはなかったんだろうか。
よくよく自覚していたつもりだったけれど、自分の弱さが身に染みた。
ちょっとへこんでいたので、まっすぐ家に帰りたくなかった。
今日はもう一人の兄も非番で家にいるので、劣等感の二乗で心をやられるかもしれない。
森のそば、湖の見える丘に足を向けた。
古い廃城が見えるここは、デートのおすすめコースとしても有名で、何組かのカップルとすれ違った。
テレンス・リーヴェが守る世界は平和だ。
甘々な二人組たちが見当たらないちょっと奥まで足を延ばし、木の下に置かれたベンチを見つけて座った。
湖が夕方の日の光を浴びて、金色に近づいている。みんなが知る表の「アリシア様」の髪の色だ。
挫けるくらいなら、兄たちに頼んでもっと鍛錬をつけてもらえばいい。上の兄なら魔法の指導もうまい。忙しいので、そうそう頼めはしないだろうけど、こうやって何もせずに考えているよりずっと前向きだ。あと5日だけじゃない。その後も、自分が役に立てる人間になるには、今のままでは駄目だ。
そう思うのに、ずっとうつむいていた。
僕の頭を上げさせたのはかすかな甲高い音だった。
空から小さな何かが近づいてくる。
周りに気付いている人はいない。
どんどん近づく。近くに…
落ちてくる?
見上げた目に映ったのは、星が落ちたかのような小さく、でも鋭い光。あっという間に空から降ってきて、湖の中に落ちた。
小石を投げた程度に小さくトプンッと響く音が、かえって怖かった。湖に飲み込まれたものはもっと大きなものなのに、跳ね返る飛沫さえ小さい。
嫌な予感でざわざわして、気が付いたら走り出して、そのまま湖に飛び込んでいた。
恐ろしく澄んだ湖は、飛び込んだ勢いをもってしても濁ることはなく、今落ちてきたものを僕の目から隠すことはなかった。
真っ白い塊。
丸い塊から手足がゆっくりと伸び、水面に向けてだらりと力なく浮き上がるが、体はどんどん下へ、下へと引きずり込まれていく。水底が呼んでいるかのように。
腕をつかんで引き寄せたけれど、あまりに反応がない。すでに気を失っている。
背後から首に腕を回し、水面まで浮かび上がった。
体が酸素を欲しがって息が荒れ、むせ込みながらもすぐさま拾い上げた人を岸まで運んだ。
白いローブに包まれたテレンス・リーヴェは息をしていなかった。
何で、…なんでだ?
心音もない。
死んで捨てられた?
そんなばかな。
ずぶぬれだけどまだ体温は感じる。命が止まってそんなに時間が経ってないなら、まだ可能性はある。
頬を叩くも反応はない。
「リーヴェ」
どんどん青白くなっていく。髪から色が抜ける。さっきまで光っていた銀が灰色になっていく。
迷うことなく、呼吸と鼓動を取り戻す作業をする。
反応がない。
止まってどれくらいなんだろう。
死んで落ちてきたなら、ずいぶん時間が経っているのかもしれない。湖で水を飲んだせいなら、さっき拾い上げたばかりだ。気を失っていたなら、大して水も飲んでいないはず。
何度も頬を叩きながら直に酸素を送り込み、鼓動を取り戻すよう心臓に伝える。
蘇生の魔法は知らない。習得しようにも僕では魔法が足りない。それでもこの蘇生方法を知っていただけでもまだ望みはあるはずだ。
やがて、心臓は弱々しくも鼓動を戻した。
「リーヴェ!」
頬を叩いて、名前を呼ぶ。息を吹き込む。何度も何度も繰り返した。
合わせた口からコプリ、と水があふれ、生きようと肺の水を追い出す。横倒しにして、せき込む背中をそっとさすった。
このままでは風邪をひいてしまう。魔法でずぶぬれだった全身を乾かしたけれど、僕の魔法ではまだ半乾きだ。ローブが魔法をはじいたのか、ローブをかぶっている部分はほとんど乾いていない。そっとローブを脱がせ、もう一度乾く魔法をかけると、さっきよりはうまくいった。
不思議なことに、ローブ自体は濡れていなかった。魔法をはじき、水をはじき、おそらく天から落ちてきた衝撃もはじいたのだろう。体には目立った怪我はないようだった。
もう一度ローブをかけようとしたけれど、手で押さえられた。場所を移動しようと立ち上がらせようとしても、片手で顔を抑え、揺らめいただけで、膝を立てることもできないようだった。
誰か助けを呼んだ方がいいかもしれない。
「人を呼んでくるから、ちょっとここで」
「駄目だ…」
ゆっくりと、でもはっきりと大きく首を振った。
「三時間」
辛そうに息をしながら、つぶやいた。
「三時間だけ、匿ってほしい」
今何時かわからないけれど、人が落ちて三時間も捜索に来ないなんてことがあるんだろうか。
でもこれは、彼女の頼みだ。
「わかった。うまく隠れられるかわからないけれど」
あたりを見回し、とりあえず森に入ることにした。
もう夕暮れが迫っていた。
「アリシア様」の追手だけじゃない。遅くなれば僕の家族も僕を探すかもしれない。連絡魔法の一つも使えば、僕の家族には安心させられるか。
僕は下手な魔法で鳥を呼び寄せ、少し帰りが遅くなることを伝えてほしいと木の実に言葉を託して渡した。鳥は夕暮れが近いと嫌がりながらも、しぶしぶ引き受けてくれた。
木の実を食べ、鳥は飛んで行った。
なけなしの力を振り絞り、両手で彼女を抱えて持ち上げた。
「あんまり力がないから、しっかり首につかまって」
ちょっと言い訳じみた僕の言葉に、しがみつく彼女の力は恐ろしく弱かった。
そして、驚くほどに、想像以上に重さが足りない。理由は思い当たるところがあった。食うより寝る、あの生活だ。
四聖のローブをこんなことに使っていいのかわからなかったけど、草の上に敷いてその上に彼女を寝かせた。
冷たい手から、何の魔力も感じられなかった。
ぎょっとした僕に、僕が何を察したのかがわかったらしく、
「からっぽ」
とつぶやいた。
「魔力が尽きて、落ちてしまった」
魔力が尽きた…。それはある意味、死を意味する。
空で戦っていて魔力が尽きれば、例え箒などの魔導具があっても飛び続けることはできない。
普通はすっからかんになる前に少し余力を残して地上に降りる。非常事態に備えて、魔力の予備をペンダントや腕輪に隠し持つ人も多い。
彼女には首にも、手にも、足にも、魔力を補助するための道具は何もなかった。
「二度目の呪いで四分の一になっていたのを見誤った」
あれだ。昨日の…。
呪いにより、半分ずつ減る魔力。
最初は二分の一、次は四分の一、八分の一、十六分の一、しかし三十二分の一はない。0だ。
「魔法はぶち込んだけど、自分を支えるものがなかった。魔物退治は済んだけど毒がある奴だから、みんな処分に手間取っているだろう。私が落ちたことに気が付く者はいない。よほど目敏くなければ」
そう言って、深い息を何度も繰り返し、ふう、と息をつくと
「いい部下を持った」
そうつぶやいた。
「ごめん」
せっかく褒められたのに、僕は謝るしかない。
「八分の一にしてしまった」
蘇生に、貴重な一回を惜しみもせず使ってしまった。
そういうと、どういうわけか彼女は珍しく笑った。ごく薄くではあるけれど、口元を緩ませて
「そうか」
と言った。
「それなら満ちるのも早いはず。それでも三時間は欲しい」
三時間は、欲しいだけの魔力がたまる時間なんだ。
「回復魔法を使えるようになれば、後はなんとかなる」
回復魔法…。魔法で魔力をアップする、反則業だ。一度でも発動でき、消耗より生産が多いなら、即座に回復する。
魔力がけた外れの彼女にとっては、いつものことなのかもしれない。しかし、それは0を知らないものの反則業であり、一度でも0を知れば、やらないに越したことはない。危険すぎる。
誰も使えないような魔法を駆使しながら、こんなに魔力が減っている今、同じだけの魔法を発動させたらあっという間に干からびる。それを知ってる周りが…あまりに少ない。
今回も周りの期待通りド派手な魔法を繰り広げたんだろう。
周りは大いなる魔法使いの一撃に期待する。
期待にそえば、だれもが喜ぶ。
いつも通り倒れた魔物を見て、次の処理に、分け前に思いを巡らせる。魔法使いが倒れたことにさえ気が付かず。
「心配するな。私の八分の一はお前の十倍より多い」
比べるなと言いたい。
「三時間で溜まる量は、おまえの兄の完全量よりずっと多い」
兄の…レオナルディだったら、それは無尽蔵だ。満タンまでなら何時間かかるんだろう。
「レオナールの家はみな真面目で誠実だ。おまえなら部下にしても、…近くにいてもきっと大丈夫だと思った」
灰色より白に近くなっていた髪が、色を取り戻そうとしている。
僕は、彼女に選ばれていたのか。
同じクラスにいながら、ろくに話もしたことのない僕を、どれだけ信用しているんだろう。
「信用して、裏切られても、知らないよ」
僕の口はとがっていたかもしれない。
「まだレポート仕上げてないんだけど」
「それは困る」
成績の危うい彼女は、結構本気で心配していた。
二時間もかからず、「もう大丈夫」と言って彼女は自分に魔法をかけた。
底をついていた魔力を魔法で増やし、増えた魔力でまた増やす。見た目は戻っても、ぼろぼろの容器に力を満たしているだけに見えた。
ゆっくりと立ち上がると、白いローブを再び身にまとい、偉大なる魔法使いに戻った。
一歩踏み出したところで、彼女は急に立ち止まった。
「テレシア」
そうつぶやいて、ゆっくりと僕を見る。
「私の本当の名前は、テレシア」
「テレンスじゃないの?」
「テレンスは、街での仮の名前。だから、呼ばれても、どうかと…」
数日前に、僕が聞いた呼び名のことを覚えていたようだ。
テレンスは仮の名前。だから呼んでほしいとは言わなかったんだ。でも今の言葉からリーヴェと家名で呼ばれることも彼女の本意ではないんだろう。ましてや班長なんて呼んだら、拗ねて口をきいてくれないかもしれない。
「うーん、…じゃ、テリィ?」
思いつくままつぶやいた僕の言葉に大きく目を見開いて、今まで見せたことのない心の動揺をありありと見せた。
「学校ではテレシアもダメだよね。なら、テレンスとも、テレシアともとれるテリィあたりが…」
「テリィ…」
偉大なる四聖の魔女がちょっともじもじした。ように見えた。
「い、いや、気に入らないなら別の…」
「採用する」
こほんと咳払いでごまかしながら、気に入ってくれたことを告げられ、僕もまんざらではなかった。
テリィはこのまま魔法で本部あたりに戻るつもりだろう。
「じゃ、テリィ、また明日」
僕はあえてその名で別れを告げた。すると、いつものポーカーフェイスを崩すことなく
「それでは、また、…フェルディ」
呼ばれたその名は、僕の名フェルディナンの愛称だった。いつも家族が呼んでいる名だ。
自分の身を見た目に少しだけ成長させ、転移の魔法で消える魔法使いの目は鋭いままだったにもかかわらず、少し耳が赤かった。
次にテリィが僕の名前を呼ぶのは、明日では難しい気がした。
鳥に伝言を頼んだとはいえ、とっぷり日が暮れてから家に帰った僕は、そこそこ叱られた。
鳥に預けた伝言魔法が下手すぎて、遅くなるのは分かったけど、酔っぱらっているかのように何を言ってるのか全然聞きとれなかったらしい。
レポートがあるからと逃げるように部屋に戻ったので、ご飯を食べ損ねた。
ようやくレポートを片付けてそっと台所に行くと軽食が置いてあり、母に感謝してほおばった。




