あと6日
解放まであと6日
今日も出動はなかったようだ。
テレンス・リーヴェは普通に学校に来て、居眠りの回数も減っている。
今日は班でレポートを作成するという課題が出た。くじ引きで僕と彼女は同じ班になり、ティルが「班長はテレンス」と指名した。「部下」というポジションにつきながら、彼女の肩書を用意していなかった僕にとって、「班長」は悪くなかった。
司会もせず、とりまとめもせず、班長の役割は全く果たしていなかったけど、おしゃべりなティルと書記担当の僕、妄想多めのアニエルの鋭い突込みも加わって、そこそこ話はまとまり???、それなりのレポートができそうだった。
「では、まとめは書記が」
班長のその一言で、結局提出用のまとめは僕が引き受けることになった。みんなが班長を褒め称えていた。たった一人、僕だけを除いて。
そのままのノリで、今日はみんなで食堂で昼食をとることになった。
班長はちゃんと相応の単位のお金を用意していた。昨日の約束があってよかった。学食で金貨はさすがにみんな引くだろう。けど一度見てみたくもあった。会計のおばさんの焦るとこ。
なんて思っていたら、アニエルがやらかした。
「今日は手持ちがこれしかありませんの」
パスタ頼んで金貨…。いや、これは…
「はいはいはい、だいじょうぶよー」
おばさんは慣れた様子で金貨を受け取ると、見たこともないケースを奥から取り出し、金貨を放り込んだ。
すると銀貨に両替され、1枚を残してアニエルの手に戻される。
再度銀貨を入れる。
すると僕らが普段目にしている硬貨に代わり、そこから代金を受け取ると、おばさんはにっこり勝利の笑みを浮かべた。
まあ、さすがに良家の子女も混じるこの学校で、この程度のことは想定内だったか。
恥ずかしさと、おつりの重さにアニエルは顔を真っ赤にしていた。
「今日のおやつはアニエルのおごり?」
無邪気なティルのせびりに、アニエルは肘鉄を食らわせながらもみんなにデザートのゼリーをおごってくれた。さすが、豪商の娘は違う。
みんなのやり取りをまじまじと見つめていたテレンス班長は、
「なるほど、物の価値を知っておかないとああなるのか」
と、あごに手を添えてこくこくと頷いていた。
そのままみんなで食事をしたけれど、余計なことを言わないよう警戒しすぎてしまい、あまりテレンス班長と言葉を交わすことはなかった。
放課後、テレンス・リーヴェは先生の呼び出しを食らっていた。
時々ある成績の注意か、仕事の呼び出しか、一応戻るのを待っているうちに教室には誰もいなくなった。
どうやら仕事ではなかったようで、少しため息をついて教室のドアを開け、僕と目が合うと、
「来週補習」
とぼやくように呟いた。
来週、まだ部下かな。同席は多分認められないだろうけど。
「明日は派遣要請があった。どのみち明日は学校は休みだ。仕事はなしでゆっくり休んでほしい」
「わかった」
「じゃ」
そう言って彼女が教室のドアに手をかけた時、世界が揺らいだ気がした。
魔法…?
「リーヴェ」
追いかけて引き留めようと手首をつかんだ時、扉が勝手に開き、猛烈な吸引力でテレンス・リーヴェを吸い込もうとした。引き留めようにもものすごい力で、僕もろとも扉の向こう側に引きずり込まれていた。
テレンス・リーヴェは、奥歯をきしませて部屋の奥にいる人をにらみつけていた。
そこには、隣のクラスの、確かクラウスという奴が立っていた。
僕にはあまり面識がない。テレンス・リーヴェはどうなんだろう。
「余計なのがついてきたな」
クラウスが手にしていた玉を床に叩きつけると、割れた玉の中からどす黒い煙が沸き上がり、テレンス・リーヴェも僕も手を背後に引っ張られ後ろ手に縛りあげられていた。変な術だ。何の素材で縛っているのかわからないけど、ちょっと力を入れた位じゃ緩みそうもない。
続けて僕の足も縛られ、魔法が足りなかったのか手ほどぎちぎちではなかったが、拘束するには充分だった。
急な拘束でふらついた僕は容赦なく蹴り倒され、口に何かを張り付けられた。とたんにめまいがした。
「…狙いは私か」
テレンス・リーヴェが低い声でうなる。
「呪われているらしいですねえ、アリシア様」
クラウスが侮るように見下ろし、下衆な笑みを浮かべた。
口にした名が示すのは、情報の流出。本当の四聖が誰か、そしてその身にある呪いを知っている。
「魔法過多は苦しいだろう? すっかりなくせば楽になる」
こんな奴だったっけ。なんか違う。くらくらする頭を振り、できる限り意識を保つ。目を閉じちゃだめだ。意識をなくしたら、何かに乗っ取られそうだ。
「お前ごとき魔族が人に紛れて、あまつさえ四聖を名乗るなど、汚らわしい」
口では汚らわしいと言いながら、口元に浮かべた笑みが不気味だ。悪意に吐き気がしそうだ。
「こんなに簡単にお前を貶められるとは、呪いの主に感謝するよ」
言い終わると同時にクラウスはテレンス・リーヴェの顎を乱暴につかみ、否応なくその唇に唇を重ねた。
むしり取るかのように下唇を吸い、舌でなめる。
頭に血が上った。
かっとなったのと、体が動いたのは同時だった。
緩んでいた足の拘束がはじけ飛び、立ち上がるとすぐにクラウスに体当たりを食らわせ、よろけながらもまだ立っていた奴の頭に兄直伝の回し蹴りをお見舞いした。
クラウスの体が後ろ向きに倒れ、そのまま天を仰ぐ。完全に意識を失っていた。
エレ兄、感謝。
…とはいえ、間に合わなかった。
守れなかった。
手の拘束が取れず、後ろに縛られたままで、テレンス・リーヴェのそばにいくと、恐ろしくも冷たい無表情で床に倒れた男を見ていた。
呪いの呪文でも吐き出す勢いで、床に唾を吐いた。
彼女も後ろ手の拘束が解けておらず、不自由な手から左肩を寄せて自分の唇を何度も何度もしつこくぬぐい、今まで見たこともないような目つきで床の男をにらみつけていた。その視線で、燃えてしまうのではないかと思えるほどだった。
「うぐ…」
謝ろうとした途端に激しいめまいに襲われ、不覚にも尻から床についてしまった。
頭の中に黒い霧が広がっていく。
「早く剥がせ」
テレンス・リーヴェがさっきと変わらぬ顔で僕を見た。
「それは呪いの札だ。早くとらないとおまえも呪われる」
取れって、言葉はわかる。わかるけど、僕の手の拘束はゆるぎなく、僕の力ではどうにもならない。何の魔法なのか、断ち切る系の魔法を吸い取ってしまう。
焦る中で、意識がどんどん黒くなる。
落ちるわけにいかない。ここから出て、テレンス班長を安全な場所に連れて行くのが部下の使命だ。なのに、上半身を立てておくのも苦しく、僕は床に頭をつける羽目になった。
息が苦しい。このまま鼻が詰まったら、呪いより先に窒息死だ。
「レオナール!」
テレンス班長の力でも拘束の呪いは簡単には取れないらしい。
こうなったら、班長一人でも逃げもらった方がいいのに、それを伝えるすべがない。
鋭い痛みが頬に走った。
見上げると、僕の左頬に歯を立て、呪いの札の端にかみつこうとしている班長がいた。
少し頬にかみついたようで、わずかに痛みが走る。
「ふごー、ふごーふご」
「うるさいっ、じっとしてろ」
ようやく端をつかめたらしく、札を引きはがすべく勢い良く首を後ろにそらせた。
あまりにせっかちだったようで、札に途中から亀裂が入り、剥がれたのは半分だけだった。
半分でも取れると、少しながら口から酸素が入る。引き裂かれた札では効果が下がるのか、頭の中に入り込んでいた黒い霧が半減したように感じた。
「あと半分」
近づいてきた顔に、僕は焦った
「わっうぇ、うぉいわっうぇ!!」
(待って、ちょい待って!!)
半分閉じてる口はしゃべりにくい。しかし黙っていられるか!
考えなしの班長は切れ端を切れたところから再度札を取ろうと考えていることは明白だった。
慌てて頭のてっぺんで頬を押して顔を遠ざけ、にらみつける班長をにらみ返し、顔をそらせ、右の頬を見せた。
あんたは自分にかけられている呪いを理解してるのか!!
口が自由だったら、罵っていたかもしれない。でも今はそういう時じゃない。
「うぃうぃ、ううぃうぉわうぇえ」
(右、口を避けて!)
ただでさえ残り三回なのを安易に減らすな!
言葉より、僕が怒りながら訴えているのに何かを察したらしい。
ゆっくりと右の頬に歯を当てて、口で札の端を探していく。
突然頬に当たる唇を意識してしまった。僕にはちょっと拷問だ。
ようやく端を見つけて噛み、さっきよりは慎重に、力ずくではなく呪文を交えながらゆっくり引きはがすと、札はきれいに取れ、僕の口は解放された。
さすが四聖、やればできる子だった。
札がはがれると、頭の中もクリアになった。酸素も十分取り込んで少し落ち着く。
暴漢クラウスはまだ伸びていた。
まずはここから出て、彼女の安全を図らないと。
今、僕たちがいる所は教室から続く廊下ではなく、見覚えのある、魔法実習室の一部屋だった。部屋には防御と魔力抑制が張られているようだった。誰かが仕掛けて、テレンス・リーヴェと僕をここまで転移させた。状況からすると、クラウスが、なんだろう。だけどクラウスにここまでのことができるとは思えない。あいつにこんな魔力はなかったはずだ。
あんな呪いの入った道具をどうやって手に入れたのか。
この部屋に空間魔法をセットしたのは?
どういう立ち位置なのかはわからないが、誰かがアリシアことテレンス・リーヴェの魔力をなくそうと画策し始めていることは確かだ。あと数日だというのに。いや、あと数日だからか。
テレンス・リーヴェが外に出るためにドアノブを後ろ手で握ると、部屋の魔法は解除され、カチャ、という音を立ててドアは簡単に開いた。
部屋を出ようとした時、僕の顔を見た彼女は
「血が」
とつぶやいた。
血?
目線は僕の左の頬を見ていた。
ああ、さっき噛みつかれた奴だ。噛みついた本人はすまなさそうに見ていた。
「外してくれてありがとう。あの息苦しさに比べたら、これくらいどうってことないよ」
こくりと頷く。があまり納得している顔ではない。
「これくらい、なめときゃ直る程度だって」
余計なことを言った。
一切の躊躇なく、テレンス・リーヴェは僕の左ほおに顔を寄せると、ぺろりと傷を本当に、本当に舐めた。
跳ね飛んだ僕と目が合った。
「た、、たた、例えであって!!」
例えを知らない目が悪びれることなく僕を射る。
そんな、わんこみたいになめて…
わんこみたいに。
そうだった。彼女の舐める様はまさに犬のようで、恥ずかしがっているこっちが恥ずかしく思えてきた。
この人…やばい。うかつなこと、言えない。
僕の数ミリの傷によもや「四聖のアリシア様直々に回復魔法をお使いになっていた」と気が付いたのは、事情聴取を受けた後だった。




