狭間を漂う愛憎。
私はグレイシー様と相対しているユリウス様とおぼしき人物を見る。彼は右手に持つ錫杖の様な物を、先ほどまで私が立っていた方角へ向けていた。狙ったのは神官たちを囲んだ結界?それともその奥にいた魔物か私なの?
グレイシー様は構えた剣先を、ピタリとその人物の喉元にあてている。緊迫する状況。そんな状況でも彼は視線だけは私を見据えている。更には私に語りかけてくる。ユリウス様は中々の豪気なお人の様ですね。見かけによらないと言ったなら叱られるでしょうか?
私は礼儀とばかりに、しっかりと視線をあわせ絡ませ挨拶をする。
「ユリウス様。初めまして。私はエリーですわ。他の誰でも御座いません。取り敢えずその錫杖をおろして戴けませんか? 結界にしろ私にしろ、既に目標物はその先に有りませんよね? 」
ユリウス様が錫杖をおろす。周囲にシャラリと清んだ音色が響く。私はグレイシー様の側にゆき、剣に手を掛け誘導し鞘に収めさせた。グレイシー様の指先が冷たい。緊張から?いいえ。違うわね。筋肉が硬直している。緊張感から来ているにしては変。グレイシー様と視線だけが絡む。どうやら口も開けないみたい。これは魔法ではないわよね?まさかグレイシー様程の魔術師が、状態異常の魔法にかかるとも思えない。ならば薬物的な物?ならば取り敢えず試してみましょう。状態異常を限定せずに、通常の肉体に異常な部分を修復または除去する。
「cancel a completely abnormal」
私は静かに呟く。これならばもし解除されなくとも原因は解る筈。訓練で試したら、ホクロや肌荒れに虫歯まで治癒されてしまったの。まあ確かにこれらも状態異常よね。でも治癒魔法とは本来別なのよ。私の魔法は何だか本当に意味が解らないわ。
まあ使える物は使う。意味が解らなくても構わない。ようは結果だからね。
グレイシー様の首元でバチンと弾ける様な音がした。同時に何かが転がり落ちた。首元から紫色の液体が滴り落ちる。
「確かに注入されてたあるのに素晴らしい意志と耐性ですね。その状態でも私に剣を突き付けるとは……」
「グレイシー様! 」
グレイシー様が膝から崩れ落ちる。地面に手をつく寸前に私は駆けつけ抱き止めた。
「体には異常は出ませんので、少し休めば大丈夫ですよ。体外に出たその液体に毒性は有りません。体内で温められてこそ威力を発するのですから。この方は諜報でしょうか? かなり慣らされていますよね? 」
リーダーがグレイシー様を支えて木陰へ移動した。駆け付けてきたレイシス王子に私は毛布と飲料水等を取り出し手渡す。王子はそれらを届けリーダーと交代した様だ。
私は改めてユリウス大神官と相対する。この人は私を違う名で呼んだ。クリスティーネと。
でも今の私はエリーよ。エリザベートとユリウス。そしてエドワード。この三人の過去には、どんな柵が有ったのだろうか。私は忘れてしまっているけど、エドワードとユリウスはそれを忘れられない。彼はどうしたいの?しかし前世を忘れてしまった私には、それを知ってもなにもしてあげることはできない。
「エリーですか? 素敵な名前ですね。折角貴女が用意してくれたご馳走です。皆さんに食べて戴きましょう。クッキーをも炭化させてしまう貴女が、まさか料理をする様になるとは……」
大神官の言葉に庶民たちは驚愕の顔をしている。何故なら今まで魔物肉を否定していたのだから……
「グレイシー様とやらの首筋にくっついたのは、魔物を匂いで誘い呼び込む魔道具です。羽虫を模した飛行型で気付かれずに近付き、魔物が好む匂いの成分を注入するのです。その成分が体内で温められ人肌になると匂いを発します。やがてその匂いが体外へ放出され、魔物を呼び寄せるのです」
でもグレイシー様についていた魔道具は、その効果が発揮されていなかった。ならば他にも?
「まさか神官たちに?」
「そりこそありえませんね。神官などクズばかりです。己が危険に晒される様な事をする筈が有りません。なので食事をしている庶民の方々のいる方角に飛ばしました。既に先程の一匹以外はすべてが戻りました。つまり注入は完了していて、匂いは既に拡散されているのです。そのため魔物が侵入したのです」
大神官で有るユリウス様は微笑みながら淡々と真実を話す。何故そんなに微笑みを絶やさずに話せるの?神官たちは大神官様が嘘をつく筈がないと言っていた。つまり貴方が大元なのではないの?庶民を飢えさせ虐げる。その行為に悪いと言う気持ちはないの?聖職者なのに……
「なのに魔物は匂いを出す根源よりも神官たちを襲ったのですね? 神官たちは自称では有りますが、魔物肉を食してはいない。つまり魔物肉を食べた食べないと言う事は、魔物に襲われる事には関係していないと証明された訳ですよね? 」
静まり返る周囲。リーダーはテキパキと神官たちを拘束してゆく。姫様は料理を温め直し人々に配り始めた。
「そうですね。全く関係なんて有りませんよ。大神殿では何でも食べています。でなけれはあんなに樽体型ばかりが蔓延る筈がありません」
「ならば何故こんな非情な事を! 」
私はつい声を荒げてしまう。骨と皮だけの様な子供たち。民がいなくなれば国は立ち行かない。王公貴族だって、やがてくる滅びを待つしかないのよ。だって資源は有限。生み出す民がいなくなれば、食物連鎖の頂点に立つものだって、やがては死にゆくしかないのだから。
「私は何も言いません。してもいません。全ては城で行っている事です 」
「でも! 大神官とは大神殿での頂点ではないの? 貴方に決定権は何もないの? 神官たちだって貴方の言う事だから間違いはないと……」
歪むユリウス様の顔。悲しげな表情。驚き見直すと通常の微笑みだった。
でも……一瞬だけど確かに……
「私は傀儡です。王と宰相に命令されてるだけ。そして神官たちは私を狂信的に崇めている。王は決めました。この国には城下町は不要。抵抗せぬ者だけを集め国を再編成する。私はそのプロパガンダなのです。そう国が仕組みました」
「まさかそんな……」
「私は生きたかった。結ばれぬと解っていても、再度貴女にお会いしたかった。だから従った」
ユリウス様は私の瞳をしっかりと捕らえ、一段声のトーンを上げて話す。
「私は死にたくはなかった! なりたくもない大神官へ祭り上げたのは確かにお偉方です。しかしここで食事をしている飢えた方々にも責任は有るのです! 己たちが助かる為に! 日々の糧を得る為に! 毎月何人の子供を大神殿に引き渡したのですか! その子供たちはどうなったのか解りますか! 」
周囲がざわめきだす。小さな子の親らしき人々が、まるで庇う様に自らの子を抱き締める。
「知らなかったとは言わせませんよ……」
ユリウス様の揺るぎのない視線に、民は次々と視線をそらす。
「生き残った私以外は、全て死にました。差し出された私たちはキツい試練という名の絶食。更には酷い拷問の後、魔道具や兵器を使用する際の実験体です。死んだら魔物を捕らえる為の餌ですよ」
そんな事はない筈!私は知らなかった!等の言葉が飛び交う。しかし殆どの大人は俯いている。心当たりが有るのでしょう。
「子の引き渡しが始まったばかりの頃は、スープにも肉が入っていましたよね? それらを確保する為に、死んだ子供たちは魔の森で罠の餌にされました。まあその頃には死んでバラバラです。恐怖がなかったのがせめてもの救いでしょうね。貴方方は差し出した子供たちの命を代償に、忌み嫌う魔物の肉を食していたのです。しかしもう子を取られる心配はございません。この城下町は不要と判断されました。掃除も面倒なので、皆死ぬまで放置との事ですよ」
ユリウス様……
ユリウス様は口許には微笑みをたたえたまま、次々と残酷な言葉を紡ぎ出す。でもこれは多分ユリウス様自身が経験した事。そして生き残り生きるために傀儡となった。
悲しい。そして辛く哀しい……
それはクリスティーネさんに会いたかったから?ならばごめんなさい。私は覚えていないの。だからクリスティーネにはなれないわ。でもエリーとしてなら……
「同情はいりません。私が欲しいのはクリスティーネの心だけです。貴女に記憶がないのならば、きっとまた奴を選ぶのでしょうから」
「確かに私はエリーよ。でも前世は信じるわ。でなきゃ妹の事も信じられなくなっちゃう。だから貴方と私の前世を教えて。クリスティーネだった頃の貴方と私よ。忘れていてごめんなさい。ゆっくりお話をしましょう」
「…………」
「あ!でも取り敢えずは今晩のざまぁなの。我が国のバカたちと、この国のバカたちを一掃するわ。だから大事なお話は後程しましょう。さあ! 王子に姫様! 大神官も揃えば怖いものなし! 先ずは真相を聞いて作戦会議よ! 」
クルリと振り替えグレイシー様を見る。どうやらもう大丈夫みたいね。私は広場全体に回復魔法をかける。姫様に王子を二時間位借りる話をし、姫様と女性陣に後の配膳と後片付けは任せる。拘束した神官たちを部屋に軟禁し、体力の残っている男性陣に、神官たちの見張りを頼んだ。最後に王子と共に歩いて来たグレイシー様に、姫様たちとの行動を頼む。
「リーダーは私たちの護衛ね」
「はいはい。全く人使いが荒いな! 」
「はいは一回でしょ? 宜しくね」
「…………」
私はユリウス大神官の手を握り反対の手でレイシス王子の手を繋ぐ。王子の袖口から傷が見えた。直ぐに隠されたけど、きっとあれがマリエンヌの話での傷なのね。
「おい! 護衛を置いてく気かよ。俺は飛べんぞ。それよりいきなり男の手を握るな! お前も女なら恥じらいを持て! 」
「…………」
確かにいきなり異性に手を繋がれたら驚くわよね。王子様は目がまん丸だわ。
「悪いけどご覧の通りよ。両手が塞がっているの。だからリーダーは肩に手をのせてくれる? 」
「はいよ」
リーダーの手が肩にのるのを確認し、私は両手をシッカリと握りしめる。クルリと視界が変わる。
「こりゃまた何だか偉そうなのばかりを連れてきたな。連絡位寄越せよ」
「よく言うわね。どうせ聞いていたんでしょ。ならば察してよ。こちらは開き直って繋ぎっぱなしよ。あ!
頑丈な結界を張りましょうか。大事なお話だからお邪魔虫は遠慮してね! 」
全く誰に言っているって?奴に決まってるじゃない!ロジャースが聞いてたのならば、奴も聞いてるかもしれないでしょ!
「お姉さま……両手に攻略対象者を……両手に花とは流石のヒロインですわ……」
「マリエンヌ! ローズマリーと一緒にはしないでー。 いやぁー」
私たちはコメコメ大商会に転移していた。
*****
マリエンヌがふざけてごめんなさいと、笑いながらお茶を用意してくれる。もー。むくれていたら機嫌をなおして欲しいと、マリエンヌが新作のお団子を出してくれた。
串団子の新作?食べるのが楽しみだわ。
えっ?何これずんだ餅?緑の餡?あー。枝豆をすりつぶしたの?それでこちらは桜団子?桃色の餡?桜の花の塩漬けを混ぜ混んでいるの?桜の花って公爵家の庭に咲く桃色の花よね?木に咲く桃色の花で満開になるともの凄く綺麗なの。何故か公爵家の庭にしか咲いていないのよ。庭師が増やそうとは試みていたのだけど、尽く失敗したのよね。
そしてお茶は玄米茶。へー。お茶にも色々種類が有るのね。これは蒸らして煎った玄米を他のお茶とブレンドした物。芳ばしさが特徴なのね。
ユリウス大神官がお団子を凝視している。もしかしてお腹が空いているのかしら?確か昼食も食べていないわよね?
「ユリウス様? 宜しければこちらのおにぎりも食べますか? お湯を注げばお味噌汁も直ぐに食べられますよ」
私はインベントリから食べ物を取り出しテーブルに並べた。
ユリウス様はテーブルの上の食べ物と、マリエンヌを交互に見ている。
「貴女が今世でのクリスの妹……そして狭間を超えて異世界から来た魂なのですね。貴女がいたから彼女は私の言葉を信じてくれたのですね。しかし良くこれらを再現して……それにこの桃色は……桜ですか? 桜の挿し木は難しいと言われているため、まさか異世界で根づき花が開くとは……」
マリエンヌがユリウス様の前に、玄米茶とは違うお茶の器を差し出した。
「桜に思い入れが有るのですか? 我が公爵家の庭では毎年この桃色の花が満開になります。こちらのお茶は桜茶と言います。塩漬けの桜の花を使用し、お祝いの席などで出されていました。宜しければこちらもどうぞ」
気づくとユリウス様は、桜茶を両手に包み静かに涙を流していた。
「クリスティーネ。否。エリザベート様。貴女は今世でもまた公爵令嬢として生まれでました。しかもフローラ公爵家なのですね。だからこの世界の魂にも拘わらず、あの遺跡を封印出来うる程の魔力量を……」
それはどういう意味なの?
私の肉体は先祖帰りで異世界の構造に近い?マリエンヌやユリウス様のいた世界には魔法はない。魔力と言う概念すらない。だから魔力に対して肉体は無垢だった。魔力に無垢な異世界の肉体と、魔力の器が大きく魔力量の多いこの世界の肉体とが混じり会う。無垢な肉体は魔力をすんなり受け入れた。それにより元来より更に魔力を受け入れる器が大きくなった。
「フローラ公爵家には代々魔力量の高い子供が生まれやすい。または多少に係わらず、ほぼ皆が魔力を保持している。それは実は異世界の血統が理由だと言うのか? 確かに先祖が異世界人の私の血筋にも、高魔力ではないが魔力持ちは多いな。平民なのにな。てっきり先祖が旅をしていたから、魔法大国の血が混じってるのかと思っていたのだが……」
ロジャースのコメコメ大商会は、確かに代々平民だ。魔法大国の血が混じる高位貴族に、魔力持ちが多いと言う一般常識には当てはまらない。
ブライアンもマリエンヌも魔法を使用してはいない。しかし多くはないが、魔法を使える程の魔力は有している。因みに両親も魔力持ちだ。
それはご先祖様が異世界人だからなの?公爵家にも異世界人の血が混じっているの?
「魔力を持たぬ異世界の肉体の遺伝子が混じり、こちらの肉体が更に強化された形になるのです。なので元から高魔力もちの器の肉体ならば、更に高魔力持ちになる。エリザベート様の様にです」
「ユリウス様? それは純粋な異世界人ではダメなの? 」
「純粋な異世界人には魔法を出力する機能が有りません。所謂転生チートとは神が介入する場合のみ。神が魔力を補充し解放して、初めて魔法が使える様になるのです。つまりこの世界での純粋な異世界人は、大きな魔力の器は有れども魔力を貯め魔法を放つ事が出来ない。だから神は肉体が混じり会う子孫に未来を託しました」
ユリウス様は神様に会ったのかしら?
「私は漸くこの世界に戻れました。しかしこの世界の神にはあっていません。自力で狭間を二度越えました。その狭間で全てを知ったのです。私は許せない……」
この世界に戻れなかった?この世界の神には?ならば他の神にはあったの?まさか異世界の神かしら?それに誰を許せないの?出会えなかった神を恨んでいるのかしら?次々と疑問が浮かび、私は質問をしようとユリウス様を見る。すると終始微笑みを絶やさずにいたユリウス様の顔が怒りに歪んでゆく。
「今世ではエドワードでしたか? 私は奴の所業が許せない。私を裏切り狭間に突飛ばした。更には奴は彼女を辱しめた。子をなせば死ぬ運命だと解っていたのに!
いったい何故そんな無体なことを! 」
まさかエドワードが?
「確かに彼女は奴を許していたそうです。しかし愛してるのならば、何故もう少し待てなかったんだ! 私は約束を守った。それなのに! 」
ユリウス様の哀しみの涙は、いつの間にか憎しみの涙へと変化していた。
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