逃走の表と裏側。
送迎の馬車を急がせ自宅へ急ぐ。兎に角時間が勝負よ。兎に角逃げる。逃走よ!公爵家のお屋敷に馬車が乗り込むと同時に、私はドアを蹴飛ばし部屋に走り込む。驚く使用人達に家族の所在をたずねる。良かった。まだ帰宅はしていない。動きに邪魔なドレスを脱ごうかと迷ったが、流石に父親に追い付かれては不味い。
部屋のクローゼットから、用意していたカバンを引きずり出す。何通りか用意した手紙の中から、絶縁状を取り出し父の書斎に向かう。机の上に目立つ様に置き頭を下げた。
「お父様。今まで育てて戴き有難うございます。しかし皇太子様に婚約を破棄された私は、皆様の前に顔を見せる事も出来ません。親不孝な娘をお許し下さい。どうぞ私の名は、公爵家から除籍して下さいませ。これにて親族や領民に類は及ばぬでしょう。私は大丈夫。逞しく生きてゆきますわ」
父はまだ戻らぬが、礼儀とばかりに話しお辞儀をする。
「お姉さま……」
背後からマリエンヌの声がして驚く。
「ロジャース! 何故マリエンヌを連れて来たの? 貴方も呼んでいないわよ! 」
「まあな。確かに呼ばれてはいない。だがあれでは皇太子様が可愛そうだろ? 」
「可哀想? 私は猶予を与えたわよ? おかけで急ぎすぎて、魔道具を返して貰うのを忘れてしまったわよ。あのね? 私が魔道具を首にかけた時点で魅了の効果はきれてるいの(←いるの)。なのにその後言い訳もせずに婚約破棄の話を続行した。結果、公爵令嬢たる私に大恥をかかせた。しかも相手は男爵令嬢。これは公爵家への侮辱とも取れる。私だけを貶めるのならば我慢は出来た。しかしあの規模の王家主催のパーティー。ローズマリーの私への態度しかり。それを諌めぬ皇太子様。それは公爵家への侮辱と取れるわ。周囲も我が公爵家は王家に軽んじられていると感じたことでしょう。私だけならまだしも家族への侮辱は許さない。キチンと落とし前を付ける事ね。まあ私は許さないから構わない」
「「…………」」
ロジャースとマリエンヌは沈黙してしまった。しかし随分早いお帰りだったわね。
「マーガレットブランド代表の件も有るからキチンと連絡はするわよ。魅了の魔道具横にボタンが有るでしょ? そこを押せば通信機になるから。但し内緒話は無理よ。通信を受信すればボタンが光る。ボタンに触れれば所持してる皆に筒抜けなの。魔力補充のアフターサービスは週一で決めましょう。大商会に私が通うわ」
「魔力持ちは他にもいるから無理はしなくて大丈夫だが……そうではなくてお前は一人で大丈夫なのか? 資金は有るかもしれないが料理はからきしだろ? お嬢様のお前が平民に混じれるのか? 」
「そうです! お姉さま行かないで! 」
「平気だってば! 実はすでに就職先は決まっているのよ。何と三食昼寝に家事付きよ。灯台もと暗しってね。後は瞬間移動の座標を丸暗記したら楽になる筈。あの術式は覚えたんだけど、毎回移動先のおよその座標を組み込むから面倒なのよ」
「おい。お前はまたサラリと物凄い事を……」
「魔道具作りも筋が良いと言われているのよ。じっくり魔力をこめて、自分用の時間停止機能つき大容量マジック収納も作成中なの。普通のを量産してそれだけでも食べていけるわ。でもマリエンヌのご飯とお菓子が食べられないのは寂しいわね。時々お邪魔するから、マジック収納に沢山入れてね。大事に食べるわ」
「お姉さま! 沢山作ります! 絶対に遊びに来て下さいね」
何だがブツブツと煩いロジャース。
「あ! バカ皇太子の魔道具は返して貰って。あれはマリエンヌにあげる。ロジャース! 絶対に取り返してよ! 」
「お前はまた無理難題を……お前からの贈り物など、皇太子様は絶対に手放さんわ! しかもサラリと恐ろしいチート爆弾を投下しやがって……就職先がバレないことを祈ってるわ。まあ頑張れ。次に捕まったら覚悟しとけよ。監禁妊娠エンドレスコース確定だ」
私は贈ってなんていませんから!あれは不可抗力で貸し出したのです。しかし取り返せないのは不味いわ。通信機になるからと、四個しか作っていないのよ。ボタンの仕掛けにバレたら話が筒抜けになるじゃない。
「あら? それはローズマリーに任せるわ。もうお手付きなのでしょ? お邪魔な私は国外追放コースなのではなくて? 魔法大国に行けるのなら嬉しいけど」
「あれに本気な筈がないだろう。まあ今回は確かに皇太子様が悪い。どうフォローしたくとも全面的に悪すぎるからな。少しは素直になればな」
「そうよ! これを皇太子様に私からの最後の贈り物だと渡してくれるかしら? 」
私はクローゼットから箱を取り出す。中身は刺繍したハンカチとマーガレットブランドの試作品よ。
「月末のお誕生日にはもう渡せないからね。これはペアのワイングラスだから気を付けて。来月発売予定の新作よ。ハンカチは何時もの奴。後これ」
魅了等の精神耐性のみを付加したネックレス。練習用に作った物だけどちょうど良いわね。
「これニ個有るからこれとアレ取り替えて貰って。緊急で使用したけど実はそれはマリエンヌので、ロジャースとペアだと言えば取り替えてくれる筈。宜しくね」
「全く悪知恵は働くな。流石に俺のも見せてペアだと言えば、皇太子様も此方と取り替えるだろう」
ざわざわと階下が騒がしい。不味いわ。家族が帰宅したみたい。こんな所で油を売ってる暇はないわよ。
「マリエンヌ。泣いちゃダメ。ロジャースと幸せになるのよ。私も頑張るからね。ロジャース! あとは任せたわよ! 」
私は荷物を抱えて裏口へ向けて走り出す。もう後ろを振り返って何ていられない。お父様。お母様。親不孝な娘をお許し下さい。弟よ。女には気を付けて、しっかりと公爵家を継ぐのよ。
「ああ。お前も頑張れ! 悔いのない様にしてこい。結局最後は監禁みたいなモノだろうからな。愛故のな……」
「何よ! 良く聞こえないわ! 」
「エリザベート!! 」
「姉さん! どこに行くつもりなの! 」
「「エリザベートお嬢様! 」」
ヤバい。お母様と弟だ!やだ!警備兵まで!魔力節約の為にもなるべく進んでから使いたかった。でも仕方がないわ。奥の手よ!私は腕に巻いたブレスを握りしめる。
「合同宿舎の自室に転移! 」
視界が白くなり景色が変わった。そのままコロリと固いベッドの上に転がった。大分見慣れた天井が見える。灯台もと暗し。ここなら絶対にバレない自信が有る。だってもう三ヶ月も混じっていてバレなかったんだもの。しかし転移の魔法は魔力食うのね。魔道具満タンに魔力入れて置いたのに……
兎に角疲れた。このまま寝ちゃおう。
ではではお休みなさーい。
*****
【その頃の王城での会話】
(王様。皇太子。宰相 side)
「エドワードよ。まさかとは思うが、お前はあの娘を選ぶのか? 」
「いえ。私の愛する者はただ一人。エリザベートのみです」
「ならば己で何とかしろ! 全く恥を晒しおって。今日の事は何とか揉み消そう。しかしあの娘はどうする? 」
「もちろん不用です。処分致します。王族に魅了を使うなど言語道断です」
「そうか。あの娘に惚れた訳ではないのだな? エリザベートには王妃の資質が有ると思っておる。もしお前がダメなら他の弟たちに娶らせる。其奴が次期王だ。まあお前の王たる資質も疑ってはおらん。しかし何故そうヘタレなのだ? エリザベートの前で、何故外交での顔が出来ぬのだ? 結婚してしまえば此方の物だ。隠し通せ」
「差し出がましいのですが王よ。発言の許可を戴けますでしょうか? 」
「良い。話せ」
「我が娘には既にバレております。娘は王の仰る通り隠せぬならせめて、外交での顔を見せて欲しい。私には何故甘い言葉や贈り物がないのか? 政略結婚の意味は理解してはいるが、変態的な顔ばかりを見せられていては寄り添えぬ。性癖を隠しもせず、私は胸と腰だけだと言われてる様で不快だと……我が娘が申し訳ございません。しかし娘が日々努力している姿を見る度に不憫で……」
「良い。話を続けよ」
「はい……皇太子様。ああ見えても娘も女性なのです。あからさまに性癖を晒すのは……せめて隠されて下さい。たまには喜んで誉めてあげて下さい。娘は以前皇太子様に、お前の笑顔は他の人には見せられんと言われたとか? 大変哀しみ更には憤慨しておりました。あれなりに毎日鏡を見て笑顔の練習をしていたんです! それなのに……娘はあれ以降ますます頑なになり、突拍子もなくなってしまいました」
「「…………」」
「あえて言おう息子よ。お前は女心が解らんのか? 」
「父上……それには誤解が! 」
「何が誤解だ! 無理して笑わなくともお前は可愛いとでも思ったのか? ならそう言わねば解らぬだろうが! 」
「違います! その笑顔は私にだけ見せろ。他の人には見せるな! と言う意味です! 」
「「解りにくいわ!! 」」
「皇太子様。では娘の差し入れや、催促されたと言うチョコはどうなさったのですか? 例え口に合わなくとも、その場で一口でも召し上がって下されば……娘は確かに料理等出来ません。ですがそれなりに料理長と献立を考えたり、クッキーに飾りを付けたり、ラッピングをしたりと努力していたのです。チョコレートに至っては、原料の現地の有名店を調べてまで注文したのです。ハンカチの刺繍だって、苦手だったのに今ではプロ並みなのですよ! 」
「息子よ。まさか毒味させたら、全て食べられたとか言わんよな? チョコは催促しといて何故食べぬ? せめてその場で開けろ。味が心配ならば互いに食べさせあえば良かろうが! 」
「あーん等出来る訳がないでしょう! 私の指にエリザベートの舌でも触れたなら、つまんで引っ張り出し嬲りたい。逆もしかり。私の口に指先が触れたなら、全ての指を舐め尽くすまで離せません。絶対に無理です! 」
「ある意味世継ぎは安泰なのか? 」
「いえ……娘が逃走する恐れも……」
「まさか本人の前で開けぬのは、アレらの様にコレクションしとるのか? 」
「はい! そうです父上! 全てコレクションケースに保存しております。なのでダースのハンカチは助かります。使用用に保存用、沢山有っても困りません」
「王よ。アレらとは? 」
「…………」
「王? 」
「…………」
「宰相よ。それは私のコレクションで、エリザベートの等身大の人形たちだ。サイズが変化する度に作り替えている。全て処分せずに保存しているぞ。最近は誕生日に貰うマーガレットブランドのペアを私とお揃いで着せている。宰相も見たいか? 可愛い娘の成長記録だぞ」
娘よ……父はもう何と言えば良いか解らぬ。逃げろと言えぬ私を許せ。
「では最後に皇太子様にお聞きします。何故娘の肩に噛みついたのですか? ホクロとはいったい? 」
「すまん。あれは私の勘違いで有った。ローズマリーとやらに魅了を使われ、エリザベートは誰にでも体を任せる毒婦だと吹き込まれた。その毒婦の首筋にはホクロが三角形を描いていると言う。流石に私もホクロまでは知らなかった。しかし……」
「成る程。マーガレットブランドの代表の首筋に見付けたのか……」
「はい。一目で解りました。マーガレットブランド代表はエリザベートです。その代表の首筋のホクロ……それでつい疑う様な真似を……」
「エリザベートが最後にお前の首にかけた物は、魅了解除の魔道具か? 」
「その様です。それで目が覚めました。なのに私は頭に血が上りエリザベートを詰りました。あのエリザベートがそんな女ではない事を、私が一番知っていたのに! まだキスさえしていないのに! 私はバカだ……」
「本当にバカだな。毒婦はローズマリーの方だ。偽の代表の時に、項の三角形のホクロを確認させている。しかし何故ハッキリと否定しなかった? 魔道具は多分お前に猶予をくれたのだろう?
だからこそ何度も確認した。なのに婚約破棄を肯定したのはお前だぞ! 」
「…………」
「何だ?ハッキリと言え! 」
「…………焼きもちを妬かせたかったんだ。エリザベートがロジャースやグレイシーと仲良くしているからつい……なのに婚約破棄を受けて帰ってしまうなんて……」
「「…………」」
「貴様はもう十八だろうが! 恋愛感情かどうかくらい見極めろ!
ロジャースは妹マリエンヌの婚約者だ。エリザベートとは悪友みたいなものだろう。グレイシーは魔法の師だ。魔法の指導をしてくれと頼まれたと連絡が来ておる」
「これはもう監禁するしか……」
「王よ? 流石にこれは……」
「宰相……悪い……」
静まり返る部屋の中。扉が突然ドンドンと叩かれた。開く扉に転がる様に飛び込む男性。
「緊急時につき、無礼を承知で失礼致します! フローラ公爵家のご長女が出奔なされました! まずこの絶縁状を公爵様へ。エリザベート様は追いかけたマリエンヌ様とロジャース様に、私は公爵家の恥となった。恥は私だけの物。公爵家に害が及ばぬ為にも、直ぐにでも私を除籍してくれと言われたそうです。それから商会のロジャース様が、エリザベート様から皇太子様への預かり品が有ると控えております」
「ご苦労だった。下がれ。この事は口外なき様に。ロジャースは暫し待て。エドワード! どうする? これはお前のしでかした代償だ。しかしエリザベートの言う事は大袈裟ではない。一国の皇太子が己より低い身分の女。更には常識もなく毒婦と呼ばれ、犯罪にも手を貸す女。皇太子をその婚約者を平気で名前で呼び捨てる様な女。そんな女の我が儘をお前は公の場で肯定したのだ。諌めるエリザベートを蔑ろにしてな」
項垂れる皇太子。流石に話す言葉も出ない様だ。
「まあ良い。後ニ年だ。それまでに何とかしろ。宰相も悪いがあとニ年猶予をくれ。私はエリザベートをかっている。是非王家に迎えたい。お前が駄目ならば他の兄弟を選ばせよう。今ならばまだ選り取りみどりだからな。何なら女王で婿を取っても良いぞ。血筋的には可能だからな。ガハハ! 」
宰相に促されロジャースが部屋に入室した。エリザベートから預かったという、誕生日の贈り物を机に並べる。
「最後のプレゼントだからと、私に託されました。此方が刺繍のハンカチです。そして此方が来月新作予定のマーガレットブランドのペアワイングラスです。そして此方がペアの魔道具になります」
皇太子はじっと品々を見ている。
「今回は緊急時につき、私の婚約者のペンダント型魔道具を、皇太子様にお貸ししたそうです。私が身に付けてる此方と同じ物です。お持ちでしょうか? 贈り物予定だった此方と同じ機能です。取り替えて戴けると幸いです」
皇太子の何かを探るような視線が、ロジャースに突き刺さる。
「此方もペアなのだな」
「エリザベート様と皇太子様でペアの予定だったのでは? 」
「わざわざご苦労であった。では此方はマリエンヌへ返そう。婚約者殿に感謝を伝えてくれ。ほう。此方も間違いなく同じだ。確かにそちらとは細工が違う。もしかしてエリザベートが作ったのか? 」
あからさまに安心した様な顔をするロジャース。どうやらバレぬかと警戒し緊張していた様だ。
「その様です。但し付与魔法のみです。魔道具の器は専門家がいるそうです」
「…………」
皇太子の無言の圧力にビビるロジャース。
「では私は失礼致します」
「ロジャースとやら! エリザベートに体には気を付けろと言えよ。私は無理強いはせん。エドワードが嫌ならお前が女王でも良いぞ。他の王子も選り取りみどりだ。魔法が好きならグレイシーはどうだ? 会えたならそう伝えてくれ! 」
「父上! ふざけないで下さい! 」
「一つの可能性だわ! ガハハ! 」
「「「…………」」」
「若ければ私が嫁に貰いたかったぞ。本気だ! エドワードも本気を出せ! 」
静寂が部屋を包む。
気を遣いすぎ緊張のあまり退出のタイミングを外し、胃がキリキリと痛むロジャースだった。
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