第36話 紙の上の事故
事故は、まだ起きていない。
だが、紙の上では、すでに始まっていた。
机の上に並ぶ報告書。
数値の推移。
魔力供給量のグラフ。
ミレイが、淡々と説明する。
「レヴァントは、供給量を半減」
「周辺都市へ分散済み」
「ですが――」
次の資料を差し出す。
「都市カーディナで、負荷が上昇しています」
予想通りだ。
俺は、グラフを一瞥する。
(……処理能力、足りないな)
「学院式の補助線が」
「都市ごとの癖を吸収していない」
「結果として」
「負荷が横滑りしている」
ミレイは、黙って聞いている。
「このままだと」
「カーディナが先に崩れます」
「時期は?」
「二週間以内」
部屋が静まる。
同席している都市代表の一人が、口を開いた。
「レヴァントを守った結果」
「別の都市が危険に晒されるのか」
「守っていません」
俺は、即答した。
「崩壊を遅らせただけです」
空気が凍る。
「では」
「どうする」
問われる。
俺は、三枚の資料を並べた。
「レヴァントは、再建」
「カーディナは、切り離す」
「残り一都市を、基準にする」
沈黙。
「カーディナを、切る?」
代表が低く言う。
「人口は三十万だ」
「全体を守るなら」
「そこが限界です」
説明は、しない。
数字は、示さない。
紙の上では、答えは明確だ。
だが、机の向こうにいるのは、人間だ。
「他に方法は?」
「ありません」
即答。
ミレイが、静かに言う。
「補足は?」
「不要です」
俺は、椅子にもたれた。
これ以上は、言わない。
切るか。
全体が崩れるか。
選ぶのは、彼らだ。
長い沈黙のあと。
「……検討に入る」
議長が言った。
会議は、一旦解散。
廊下に出ると、ミレイが小さく息を吐いた。
「あなたは」
「迷いませんね」
「紙の上では、迷いません」
それが本音だ。
「現場を見ていたら?」
「迷います」
「だから、行かない」
彼女は、わずかに頷く。
「カーディナは」
「反発します」
「当然です」
救われない側が、初めて明確に現れた。
窓の外を見る。
都市の灯りが、揺れている。
どの灯りを残すか。
どれを消すか。
それを、机の上で決めている。
俺は、静かに言った。
「……事故は」
「起きる前が、一番静かです」
紙の上では、すでに始まっている。
──第36話・完
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




