第35話 現場に行かない理由
「一度、現場を見ますか」
ミレイの提案は、唐突だった。
都市レヴァントの郊外。
魔力供給施設の不安定区域。
「同行すれば」
「より正確な判断が可能です」
理屈は正しい。
だが、俺は首を振った。
「行きません」
「理由を、聞いても?」
「近すぎるからです」
ミレイは、黙って続きを待つ。
「現場に行くと」
「焦りが伝染します」
「恐怖も」
「怒りも」
報告書を指で叩く。
「紙の上なら」
「数字は、嘘をつきません」
「現場では、人が嘘をつく」
悪意ではない。
必死さが混ざる。
「近すぎる判断は」
「だいたい後悔します」
ミレイは、しばらく考えてから言った。
「あなたは」
「感情を排除している」
「違います」
「距離を置いているだけです」
感情はある。
だが、混ぜない。
「現場に行けば」
「止められるものもあるかもしれない」
彼女が言う。
「あります」
「でも」
「その分、止めなくていいものまで止める」
沈黙。
「あなたは」
「止める範囲を、絞っている」
「はい」
全部を救う気はない。
救えない。
「あなたが行かないなら」
「私が行きます」
ミレイは言う。
「現場は、私が見る」
役割が、はっきりする。
「お願いします」
「怒鳴られるのは慣れています」
「頼もしいですね」
わずかに、彼女が笑う。
数日後。
報告が戻る。
「あなたの予測通り」
「魔力の逆流が始まっています」
紙の上で、数値が跳ね上がっている。
俺は、静かに言う。
「復旧は、急がない」
「供給量を、半分に」
「周辺都市に分散」
「分かりました」
迷いはない。
俺は、椅子にもたれた。
現場に行かなくても、
止められるものはある。
行けば、もっと救えるかもしれない。
だが――
(全部は、救えない)
救えない前提で、
被害を最小にする。
それが、俺のやり方だ。
ミレイが、書類をまとめながら言う。
「あなたは」
「自分を守っていますか」
「ええ」
「それは、悪いことではありません」
守れない判断は、
長く続かない。
俺は、窓の外を見る。
都市の灯りが、少し揺れている。
その揺れを、
完全に止めることはできない。
だが、暴走にはさせない。
それで、十分だ。
──第35話・完
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