第34話 調整官ミレイ・ハークス
ミレイ・ハークスという人物は、
静かな人間だった。
声を荒げない。
感情を混ぜない。
だが、迷いも見せない。
都市連合の執務室は、学院よりも整理されている。
机の上には、必要最低限の書類だけ。
「あなたを呼んだ理由は、単純です」
彼女は言う。
「正解が欲しいからではありません」
前回と同じ言葉。
「では?」
「“選択肢を削る”ためです」
悪くない表現だ。
彼女は三つの報告書を並べる。
「都市間で利害が衝突しています」
「全員を救う選択はありません」
「誰かを切る必要があります」
視線は、ぶれない。
「私は」
「感情で決めたくない」
「だから、あなたを呼びます」
俺は、書類をめくる。
魔力供給網。
結界維持費。
人的リソース。
(……どこも余裕がないな)
「あなたは」
ミレイが続ける。
「救えないものを、即座に切る」
否定はしない。
「怒られませんか?」
俺は聞いた。
「毎回」
即答だった。
少しだけ、空気が緩む。
「ですが」
「怒られるのは、私の役目です」
「あなたではない」
なるほど。
だから、ここに座っている。
「あなたは」
「判断をする人間ではない」
「判断の“輪郭”を出す人間です」
面白い言い方だ。
「あなた自身は」
「何も背負わない」
「でも、私たちは背負う」
役割分担、というやつだ。
書類の一つを閉じる。
「レヴァントは、まだ不安定です」
「復旧、急がせない方がいい」
「了解しました」
迷いがない。
「説明は?」
「不要です」
「議会が?」
「私が受けます」
それ以上、言うことはない。
部屋を出るとき、
彼女がふと問いかけた。
「あなたは」
「なぜ、そこまで距離を取るのですか」
少し考える。
「近づくと」
「正しさを押し付けたくなるからです」
沈黙。
「押し付けると」
「誰かが、自分で考えなくなる」
「それは」
「もっと危ない」
ミレイは、静かに頷いた。
「あなたは」
「冷たいのではなく」
「余白を残している」
初めての評価だ。
建物の外は、曇り空。
都市のざわめきが遠くから聞こえる。
「あなたを」
彼女が最後に言った。
「英雄にするつもりはありません」
「助かります」
本音だ。
英雄は、責任を押し付けられる。
俺は、ただ。
呼ばれたときに、
危ないものを減らすだけでいい。
だが、分かっている。
都市規模の判断は、
必ず、誰かの生活を削る。
そしてその削り口は――
徐々に、深くなる。
──第34話・完
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