第31話 学院の外から来た報告
学院の会議室は、やけに空気が重かった。
理由は、机の上に積まれた報告書だ。
「地方都市レヴァントにて、魔力暴走寸前の事案」
「死傷者なし」
「だが、再発の可能性あり」
読み上げる声は淡々としている。
俺は、部屋の隅に立っていた。
椅子は用意されているが、座らない。
(嫌な単語が並んでるな……)
学院側の教授が言う。
「運用は、我々の最新指針に基づいている」
「問題はないはずだ」
“はず”。
都市連合の代表が、静かに返す。
「現場の報告では」
「魔力の位相が不安定だったと」
「想定内だ」
保守派の教授が言う。
「小規模な乱れは、誤差の範囲だ」
誤差の定義が広い。
俺は、報告書の一部に目を通す。
起動順。
使用魔法陣。
結界の強度。
(……ああ)
分かった。
だが、口は閉じたまま。
「追加調査を行う」
学院長がまとめに入る。
「責任の所在は、現時点では不明」
会議は、終わりに向かう。
都市連合の代表が、ふと俺を見る。
「……意見は?」
視線が集まる。
俺は、少しだけ考えるふりをしてから答えた。
「今は、ありません」
本当はある。
だが、聞かれていないことは言わない。
会議は解散した。
廊下に出ると、イーサが隣に立った。
「分かりましたか?」
「はい」
「言いませんでしたね」
「役割外なので」
彼は、わずかに頷く。
「ですが」
「外部では、すでに“学院式”として広まっています」
「……早いですね」
制度は、広がるときだけ速い。
中庭を歩きながら、空を見上げる。
学院の外で、同じやり方が使われている。
同じ前提。
同じ曖昧な安全基準。
(事故は、時間の問題だな)
だが、今日も誰も死んでいない。
だから、問題にはならない。
それが、一番怖い。
宿に戻る途中、背後から声がかかった。
「少し、お時間を」
振り返ると、見知らぬ女性が立っていた。
整った服装。
装飾は最小限。
目は冷静。
「都市連合・調整官のミレイ・ハークスです」
来たな、と思った。
「非公式で、結構です」
「あなたの意見を、一度だけ聞きたい」
“非公式”。
一番信用できない単語だ。
だが、俺は逃げなかった。
「聞くだけなら」
「はい」
「答えるかは、別ですが」
ミレイは、表情を変えずに言う。
「それで構いません」
「正解は、求めていません」
その一言で、少しだけ評価が上がった。
俺は、ため息をつく。
「……場所は?」
「歩きながらで」
学院の門を出る。
外の空気は、少しだけ軽い。
だが、問題は確実に重くなっている。
俺は、静かに言った。
「報告書の三ページ目」
「結界の補助線」
「順番、逆です」
ミレイは、歩きながら頷いた。
「理由は?」
「今は、言いません」
「では、結果だけ」
「再発します」
沈黙。
風が吹く。
「……分かりました」
ミレイは短く言った。
「決定は、こちらで行います」
俺は、それ以上何も言わなかった。
学院の外で、
初めて“学院式”が揺らぎ始めている。
そして俺は――
まだ、何もしていない。
──第31話・完
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