第29話 何もしない実験
学院側は、学んだつもりになっていた。
――少なくとも、そういう顔をしていた。
「今回は」
教授が、実習場で宣言する。
「“見せるだけ”の実験だ」
「学生は、何もしない」
ざわつき。
「起動は、教師が行う」
「学生は、観察のみ」
「質問も、なし」
質問禁止令、まだ有効。
(……安全策としては、分かりやすいけど)
俺は、実習場の端に立っていた。
イーサも同じ位置。
距離、角度、風向き。
全部、昨日と似ている。
(条件、ほぼ変わってないな)
だが、今回は学生が触らない。
だから「安全」だと判断したらしい。
教師が、ゆっくりと詠唱を始める。
魔法陣が光る。
学生たちは、黙って見ている。
理解しているというより、従っている。
(観察って、見るだけじゃないんだけどな……)
起動は、安定している。
少なくとも、表面上は。
教師が、誇らしげに言う。
「見ての通りだ」
「何も起きない」
「これが、安全な実験だ」
俺は、何も言わない。
ただ、視線を少しだけずらした。
(……結界の縁、薄いな)
問題は、そこじゃない。
魔法は、問題なく終わった。
拍手が、まばらに起きる。
「成功だ」
「事故は、なかった」
教師たちは、満足そうだ。
学生の一人が、ぽつりと呟く。
「……でも」
「何を見ればいいんだろう」
誰も、答えない。
イーサが、静かにメモを取る。
「評価、更新します」
「何の?」
「学院側の」
実習が終わり、人が散る。
俺は、その場を動かない。
「気づいたことは?」
イーサが聞く。
「あります」
「言いませんね」
「今回は、聞かれていないので」
彼は、淡々と頷いた。
「“見せるだけ”は」
「安全ではあります」
「ですが」
「学習は、起きません」
その通りだ。
安全と、理解は別物。
だが、制度はよく混同する。
帰り道、掲示板の前で足を止める。
『本日の実験は、無事終了』
それだけ。
(無事、ね)
部屋に戻り、椅子に座る。
「……何もしない実験って」
「一番、成果が出ないやつだよな」
でも、制度は満足する。
事故が起きなければ、それでいい。
イーサが、最後に言った。
「あなたは」
「今日も、関与しませんでした」
「ええ」
「ですが」
「“関与しない勇気”があると」
「評価されています」
よく分からない評価だ。
だが、確実に言える。
この学院は、
**安全そうな形だけを真似して**
中身を、何一つ変えていない。
それが続く限り――
事故は、形を変えて戻ってくる。
──第29話・完
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




