第28話 質問禁止令
その日の朝、学院は妙に静かだった。
騒がしくはない。
だが、落ち着いてもいない。
理由は、掲示板に貼られた一枚の紙だ。
『当面の間、講義中の質問を禁止する』
短く、簡潔で、逃げ道のない文面。
(……一番やっちゃいけないやつだな)
俺は、遠目にそれを眺めていた。
近づく必要はない。
内容は、十分に分かる。
イーサが、隣で言う。
「出ましたね」
「ええ」
「防御反応です」
「悪い意味で」
講義棟に入ると、空気が重い。
教師は、淡々と授業を進める。
学生は、黙って書き写す。
誰も、手を挙げない。
挙げられない。
「……分からなくても」
「進めばいい」
教師の声が、どこか固い。
(分からないまま進むの、危ないんだけどな……)
だが、言わない。
俺は、後ろの壁にもたれて見ているだけだ。
ある学生が、ノートを見つめて固まっている。
明らかに、理解できていない。
だが、視線を上げることはない。
(あれ、良くない兆候だ)
授業の途中、教師が一度だけ言った。
「……質問は、禁止だが」
「どうしても必要な場合は」
「後で、個別に聞くように」
それを聞いた瞬間、
学生たちの肩が、わずかに下がった。
だが、それも錯覚だ。
(後で、聞けないやつだな……)
休憩時間。
廊下で、学生たちが小声で話している。
「質問したら、目を付けられるらしいぞ」
「余計なこと言うなってことだろ」
「じゃあ、分からなくても黙ってろって?」
正解だ。
だが、誰もそれを口にしない。
俺は、少し距離を取る。
イーサが、静かに言う。
「質問を止めると」
「疑問は、消えません」
「ええ」
「溜まります」
それが一番、爆発する。
午後の実習。
学生たちは、指示通りに動く。
だが、目が泳いでいる。
理解ではなく、模倣。
(……これ、事故率上がるな)
実際、小さなミスが増えている。
だが、誰も止めない。
教師は、言う。
「想定内だ」
「問題ない」
想定の基準が、ずれている。
夕方。
掲示板の前で、立ち止まる。
質問禁止令は、まだ貼られている。
(これ、長引くとまずい)
でも、それを決めるのは俺じゃない。
宿へ戻る道すがら、イーサが言った。
「あなたは」
「何もしませんでしたね」
「ええ」
「ですが」
「一番、悪い選択肢が取られました」
俺は、肩をすくめた。
「制度って」
「そういうものです」
「壊れないために」
「一番、壊れやすい手を選ぶ」
部屋に戻り、椅子に座る。
「……質問を止めると」
「考えるのも、止まるんだよな」
それが、
この学院が選んだ“安全策”。
そしてたぶん――
**一番、危険なやつだ。**
──第28話・完
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