母の愛。
ー悠乃視点ー
私は昔、自由気ままに旅をする女の子だった。
そんな私でも愛してくれる人にも、子宝にも恵まれた。
一緒に過ごせた時間は少なかったけれど、幸せだった。
だからこそ、国に連れ帰られた時の落差は酷かった。
家では、次の巫女を出そうと父が奮闘していた。
「この馬鹿娘!
お前のせいで、我が家は神桜の名を失うところなんだぞ!」
帰ってきて早々怒鳴られた。
「お父様!お姉様を怒らないでください!
代わりなら私でも良いではないですか?!」
顔も覚えていないだろう私を、遥香は庇ってくれた。
「えー遥香ちゃん。
遥香ちゃんは、どうしても巫女になりたいの?」
廊下ですれ違った彼女にそう聞いた。
「お姉様。巫女になることは名誉なことですよ。
当たり前です。」
彼女は平然と言い放った。
「遥香。怖くないの?」
「怖いのですか?」
彼女はなにも知らされていない。
そう直感してしまった。
幼い頃、私は花選びをして、巫女になれることが分かっていた。
当時は誇らしかったけれど、巫女の話を聞くにつれその感情は萎んでいった。
怖い。
嫌だ。
巫女への恐怖は次第に大きくなり、私は国を飛び出していた。
国を飛び出して八年。
私はもう二十五歳を超えていた。
それでも、なにも知らないこの子を、代わりにはしたくなかった。
「お父様。私が巫女になります。
ですから、遥香の件考え直してはいただけないでしょうか!」
こんなに真剣に頭を下げたのは初めてだった。
「悠乃。お前今年でいくつになった?」
「二十八歳です。」
「子は何人おる?」
「……三人です。」
「お前に巫女など、できるはずがないだろ。
子を産めば、生命力は必ず減る。
今やお前に、巫女としての価値はない!」
そう言い切られてしまった。
だけど、諦めるわけにはいかなかった。
今引けば、遥香だけじゃない。
まだ幼い鈴梨にも、危険が及ぶ可能性があった。
「では、私が遥香より生命力が高ければ、巫女に成れると言うことですか?」
「……その通りだ。そこまで言うならば証明してみよ。」
父はそう言って、鉢を持ってきた。
私は鉢を持って外に出た。
すると、みるみるうちに芽は大きくなり、
「桜と草禊萩。
これでよろしいでしょうか?」
「……良くやった!お前は我が家の誇りだ!」
父の顔が、一瞬で変わった。
巫女就任の日、私は一人階段を登っていた。
「貴女が次の子?」
木の中に入ると、そう聞かれた。
「はい。」
「花はなんだったの?」
「草禊萩です。」
「……意外ね。でも、もういいわ。
私はようやくただの人に戻れるわ。ありがとう。」
そう言い残して、女の人は樹に飲まれていった。
「神桜樹。私は新しい巫女よ。」
そう語りかけると、
「僕は呼んでない。」
どこからか声が聞こえた。
「香利奈も杏子も、僕は誰も呼んでない。
君も帰っていいよ。」
そう言われた。
「神桜樹。そう言うわけにはいかないわ。
私は大切な人のためにここに来たの。早く受け入れて。」
「駄目だよ。僕はもう誰も喰べたくない。
でも、咲弥は言ったんだ。「国を守って」そう言った。
僕はいつまで守ればいいの?」
「それなら、早く子に引き継げばよかったでしょう?」
そう言うと、
「人間は僕の種を全て持ってちゃう。植えてくれなければ芽は出ない。
僕じゃどうしようもできないんだ。」
「私も同じよ。どうしよもできなくてここに来たの。
私達、似てるわね。
本当は文句を言いたかったけど、言う気が失せたわ。
だから神桜樹。私と共に頑張ってくれない?
苦しみは永遠には続かないわ。
いつか、救われるその日まで私と共に……」
「君はそれでいいの?」
「いいわ。」
「……名前を教えて。」
「悠乃。樹に名前を聞かれたのは初めてよ。」
「僕も名乗らなかった巫女は初めてだよ。」
こうして私達は一つになった。
神桜樹は、国の全てを見せてくれた。
綺麗なものばかりではなかったけれど、気は紛れた。
神桜樹はもう限界だった。
幾度となく理性を失った。
それでも、神桜樹は生きようとしているのだ。
数年ぶりに鈴音にも会うことができた。
久々に視た娘は、もう立派なお姉さんだった。
だけど、昔面影は確かにあった。
それだけで、胸が満たされる思いだった。
去って行く鈴音に私は、力の限り叫んだ。
「鈴音ちゃん!元気でね!!」
もう二度と会うことのできない、私の愛しい子。
ただあの子の幸せを願うばかりだった。




