桜の巫女。
ー遥香視点ー
コツン、コツン。
私の足音だけが暗い廊下にこだましていた。
急に旅人を訪ねるなんて、
我ながら、危ない橋を渡ったな……
ふっと鏡を見ると、自嘲の笑みを浮かべた私が映っていた。
コンコンコン。
「どうかしましたか?」
扉を叩く音に、返事をすると、
「失礼します。巫女様がお呼びです。」
そう告げられた。
「わかりました。すぐに参ります。」
私は足早に、階段を登った。
樹の中に入ると、樹に埋まった彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「遥香。今日は随分速かったわね?
外出でもしていたの?」
彼女は、鈴を転がすような声で言った。
「姉さん。どうせ視えていたのでしょう。」
「あら、寝ていたとは思わないのね。」
若草色の髪に、薄紅色の瞳。
神桜悠乃。
今代の巫女だ。
「ねぇ遥香。どうしてあの子を逃したの?
あの子がいれば、貴女は確実に次の巫女から外れたわ。」
姿は私の姉、だけどその目は怪しく光っていた。
「姉さん。いい加減にして!
今代の巫女は、貴女よ!次の巫女の話はしないで!」
「どうして?まさか、貴女裏切ったの?
私が次を探すのは、生きるためよ。」
「姉さんは生きられないわ。
代替わりする時は、姉さんが死んだ時よ。」
「遥香、どうしてそんな意地悪を言うの?
前はあんなに仲が良かったのに、姉さん悲しいわ。」
彼女は泣き真似をした。
「いい加減にして。神桜樹。
この怪物!いつまで姉さんの体で喋る気なの?」
「あら、気づいてたの?
遥香は賢いのね?喰べてしまいたいわ!」
そう叫ぶと、みるみる枝が私に迫ってきた。
「姉さん!姉さん!起きて!!」
「遥香の姉さんは、今寝て……あ、……やめて。」
急に姉さんの様子が変わった。
「姉さん!良かった。」
「心配かけてごめんね。また寝てたみたい。
でも遥香、夜はここにきては駄目っていつも言ってるでしょ。」
姉さんは、悪いことをした子を叱るように言った。
「だって、姉さんが呼んでるって……」
「呼んだのは神桜樹の方よ。
遥香が、あの子を逃したのに怒ったみたい。」
「……姉さん。巫女なんてもうやめよう。」
「それはできないって、遥香が一番わかってるでしょ?」
姉さんは悲しそうに笑った。
「そんな顔しないで、後十年は耐えてみせるわ!
なんたって、私は神の愛し子を産んだ女よ!」
「姉さん。鈴音ちゃん元気だったよ。
鈴君も鈴梨ちゃんも風の大陸に向かわせたわ。」
「遥香、ありがとう!大好きよ!
後は遥香だけね。早く国からでなさい。」
どうして巫女は皆、こんなにも優しいのだろうか。
さっさとこんな国、見捨ててしまえばいいのに。
「姉さん。私はここに残るわ。
姉さんを置いて行けない。こんな化け物と二人きりになんてさせられない!」
「そんなこと言ってはいけないわ。
神桜樹も苦しんでるのよ。
この子も、人を犠牲にすることなんて望んでないわ。」
「どうしてそう言い切れるの?!」
「……私は巫女よ。樹の世話をするのが役目。」
「そんなのずっと前の話よ!」
「そんな事ないわ。
神桜樹はずっと、優しいままなのよ。」
そう言った姉さんの目は、とても穏やかだった。




