春の記憶。
ー志彗視点ー
「もう演技はいいのか?」
怜燈様が去っていた方を、寂しそうに見つめる陽依に声をかけた。
「やはり、志彗の目は誤魔化せんのう。二百年、頑張ったじゃろ?」
陽依は笑っていた。
「……陽依。お前は正しかった。夕綺様もそう望んでいただろ。」
「わしは、神をこの手で殺めたんじゃ。その事実は変わらぬ。」
「……仕方なかった。あれ以上放置すれば夕綺様は壊れてしまった。」
「夕綺はもうずっと壊れていたんだよ。」
陽依は不意にそう言い放った。
「どう言うことじゃ?」
「そのままの意味だよ。
夕綺も、コノハ様を取り戻そうとしていたんじゃ。
だが、上手くいかなかった。
今のコノハ様は、ただの厄災じゃ。」
「おい!陽依!それはいつのことじゃ?!
お前達はずっとここにいたはずじゃ!」
「いたな。」
「じゃあどこで?」
「ここじゃよ。」
陽依は、自分の胸を指した。
ー陽依視点ー
「陽依!準備はいいか?いくぞ?」
「夕綺。さっさとしなよ。」
「じゃあ変われよ!私だって怖いんだ!」
「……やっぱりやめない?」
「どうしてだ?!私の神格の中にはコノハ様の一部が、あるはずだ。
それがあれば、私は神ではなくなるはずだ!
陽依と一緒になれるんだぞ?」
「……じゃあ頑張るしかないね。」
あの時わしは、強がってしまった。
泣いてでも止めていれば、彼女ともっと一緒にいられたはずだった。
俺が彼女と出会ったのは、二十五歳になる夏のことだった。
橙色の癖毛を一つに束ねた、勝気な女性だった。
彼女が舞えばあたりは、明るく輝き、稲は豊かに実った。
だけど、彼女は陰で泣いていた。
「……どうかされましたか?」
ある朝物陰に隠れて泣く、彼女を見つけた。
「……お前は、春の爺さんの子供か。
すまない。目に埃が入ってしまってね。恥ずかしいところを見せたな。」
彼女の豪快な笑顔の裏には、深い苦しみがあった。
「そんなことはない!」
気づけばそう叫んでいた。
「お、おう。ありがとう!春の子よ!」
「陽依です!陽依!名前で呼んでください!」
「わかった!陽依、陽依。覚えたぞ!」
そう言って彼女は笑った。
俺だけが知っている彼女。
そう思うだけで、なんだか誇らしかった。
ある日、一つのことを打ち明けられた。
「なぁ、陽依。私はどうして王なのだろうな。」
独白に近い、彼女の叫びだった。
「選ばれたからじゃないのか?」
「そうだな。私は選ばれたんだ。だけど、たまに思うんだ。
私はこのまま歳を取らず、永遠を生きることができる。
陽依のことも、志彗のことも見送ることになるだろう。
私はそれがどうしても、嫌なんだ。
もし普通の月夜族なら、私は普通に子を成し、愛する者と最期を迎えられたはずだ。」
「陽依。私は陽依が好きだ。」
夕綺の声は、わずかに震えていた。
「最期まで一緒に居たい。だから、私は、コノハ様を復活させる!」
突然の告白に、驚く暇もなく別の衝撃がきた。
告白の返事もできぬまま、資料を読み漁る日々が続いた。
「この方法なら、できるはず!」
彼女はそう言いながら、深い眠りに落ちていった。
しかし、次目覚めた時彼女の瞳からは、光が消えていた。
「すまない。上手くいかなかった。」
夕綺はなにがあったかは、教えてくれなかった。
その日を境に、俺は夕綺に会えなかった。
来る日も来る日も待ち続けたが、彼女と喋ることはできなかった。
季節は幾度となく巡り、俺は春の王族の長になっていた。
「陽依殿。夕綺様がお呼びだ。」
そう静かに告げられた。
会える!ようやく会える!
足早に言われた場所に向かうと、そこには変わり果てた夕綺がいた。
「夕綺!どうした?!なにがあったんだ?!」
「……久しぶりだな。陽依。こんな姿で申し訳ない。」
夕綺は力無く笑った。
「そんなことはない!夕綺は綺麗なままだ!」
「そんなことを言うのは、陽依だけだよ。」
夕綺は嬉しそうだった。
「なぁ、陽依。私はもう限界のようだ。だから、介錯を頼みたい。」
そう言って、短剣を渡された。
「夕綺。これは……?」
「見ての通り、ただの短剣だ。
私は自らの意思で死ぬことはできない。
だから、陽依。私を救ってくれ。」
「無理だ……夕綺、考え直してくれ!」
「……陽依ならそう言うと思った。」
夕綺は俺を抱きしめた。
グサッ。
俺の手元からは、鈍い音がした。
「え、夕綺……?」
「陽依。返事はいらない。今までありがとう。そしてすまなかった。」
夕綺は、そう言った。
その瞬間、夕綺の身体から力が抜けた。
「夕綺!夕綺!どうした!返事をしてくれ!」
いくら呼びかけても、夕綺の声を聞くことはできなかった。
久々に抱き上げた夕綺の身体は、とても軽かった。
夕綺を抱えて、里に戻ると皆が俺を讃えた。
「お前は正しい。」
「陽依は英雄だ。」
そんな言葉なんか、聞きたくなかった。
俺が刺したのは、夕綺だ。
ただの夕綺。
王ではなかった。
時を経て現れた新しい王は、夕綺とは全てが違った。
金色の直毛。
優雅な見た目。
穏やかな口調。
なにもかもが違った。
だけど、彼はもう一度夕綺に会わせてくれた。
そこに居たのは、紛れもない夕綺だった。
「爺さん!おい!陽依爺さん!大丈夫か?」
「あぁ。大丈夫じゃよ。」
「怜燈様がまだ、夕綺様に見えてんじゃないのか?」
「夕綺様は美しかったぞ!久しぶりに見たが、変わらず綺麗じゃ!」
「陽依……」
俺は狂っているのだ。
夕綺様の狂信者。
ただ皆が心配するなかで、志彗だけが悲しそうだった。
「俺が、夕綺様を見間違えるわけないだろ。」




