それは、心地よい春の昼下がりだった。
ー響視点ー
何か言わなくちゃ、笑わなくちゃ……
そう思っても、私の身体は思うようには動いてくれなかった。
みんなに心配かけてる、しっかりしなきゃ。
動いて、動いて……
そう何度念じても、思うようには動いてくれなかった。
あの雪山で殴られ、意識を失い、次に目覚めた時、そこは暗い部屋の中だった。
隣には、凪が横たわっていた。
(凪、どうしてここに……?)
「起きて、凪!」
小声で揺り起こすと凪は、ゆっくり目を開けた。
「響さん。生きてて良かった。」
そう言って、にこりと笑った。
凪の身体はすでに傷だらけだった。
治療しようとすると、今は「駄目」と断られた。
状況の理解に苦しんでいると、沢山の男が気色の悪い笑みを浮かべながら部屋に入ってきた。
そして、私に手を伸ばしてきた。
恐怖で身体が動かなかった。
パチンッと振り払う音に顔をあげると、私の前に凪が立ち塞がっていた。
その身体は震えていた。
そんな様子を見て、男達は気が変わったのか今度は凪に手を伸ばしてきた。
守らなくては、そう思ったのに私の身体は動かなかった。
私の目の前で、凪は殴られ、辱められた。
助けなくてはと思うのに、声すら出せない私はその光景を眺めることしかできなかった。
凪は何をされても泣かなかったし、叫ばなかった。
ただひたすらに、耐え続けた。
しばらくして、男達は飽きたのか出ていった。
ぼろぼろの凪を抱え起こし、治療した。
凪は私を責めなかった。
「ありがとうございます。」
そう小さく呟いて気を失った。
その後、私達はアウラ様に助けられ、兄さん達の元へ帰ることができた。
帰った後も、私は恐怖で何もできなかった。
私は意気地なしだ。
私のせいで凪は、喋れなくなってしまった。
なのに、凪は笑っていた。
ある夜、怜燈兄さんが時雨と優朝、優夜を連れてどこかへ出かけ、明け方に帰ってきた。
三人を寝かしつけた兄さんと目が合った。
兄さんは優しく微笑み、鼻にそっと人差し指を当てて
「陽が登ってから。」と言った。
陽が登ると兄さんは、私を抱えて外に出た。
外の丸太に腰掛け兄さんは
「急に連れ出してごめん。体調はどう?」
気遣うように聞いてきた。
私は何も答えられず、首を横に振ることしかできなかった。
それでも兄さんは怒らず話し続けた。
「響、約束守れなくてごめん。
ごめんですむことじゃないけど、ほんとに申し訳なかった。」
兄さんが謝ることなんてないのに……
そんな思いを言葉にする事はできなかった。
精一杯首を横に振ると兄さんは、少し困ったような笑みを浮かべて
「ありがとう。それと、響を苦しめた奴らはもういないよ。
だから、響のペースで、ゆっくりで良いからまた声を聞かせて。」
そう言ってくれた。
ゆっくり頷くと、兄さんは気持ちを切り替えるかのように頬を叩いて笑った。
そして、
「朝飯作る!」と立ち上がった。
「……?!ダメ……」
あまりの衝撃の一言に驚いたためか、咄嗟に小さいけど声が出たのだ。
「響!……良かった!」
そう言って兄さんは今度こそ嬉しそうに笑ったのだ。
ちなみに、兄さんの作るご飯は正直言って微妙なのだ。
とにかく見た目がすごい、元の材料がわからないなにかが出てくるのだ。
もちろん味も見た目に比例する。
だから、「兄さんには料理をさせては駄目」と言うのが全員の共通認識だ。
朝ご飯を食べ、私は外で空を眺めていた。
春というには冷たい風が吹いていたが、今の私にはそれが心地良かった。
私は静かに考えた。
私にできる事はなんだろう……
誰かを守れるようになりたい。
強く、なりたい。
そんな気持ちを後押しするかのように、柔らかな風が駆け抜けていった。
昼ご飯の後、私は凪に謝罪ではなく、お礼を言った。
謝ってどうにかなることじゃない。
だから行動で証明しよう。
そう思ってのお礼だった。
「助けてくれてありがとう。」
凪は何も言わなかったけど、そっと私の手を取り強く握った。
華奢な見た目とは違う、強い意志を感じる手だった。
いつか、私が誰かを守れるようになったら……ちゃんと謝ろう。
そう心に誓った。




