語らい。
ー時雨視点ー
鈴音達と家に戻ると、凪がいなかった。
「紫音、凪は?」
「え?さっき、身体が乾いてきたから濡れてくるって言って出ていったわ。
時雨と一緒じゃなかったの?」
紫音は、驚いたように聞き返してきた。
「凪を探してくる!」
俺は家を飛び出した。
最悪の事態が、頭から離れなかった。
「凪……」
胸が締め付けられる思いで、水辺に行くと
そこには、凪と人間がいた。
凪が危ない。
それだけしか考えられなかった。
「時雨!駄目!しゃがんで!」
俺に気づいた凪が、人間を庇った。
理解できなかった。
人間を庇う凪を理解できぬまま、俺は人間を追い返した。
「時雨、俺、大丈夫だよ。」
「時雨、ここは安全。」
凪は、俺を安心させるかのように声をかけてきた。
その表情はとても穏やかだった。
凪は、表面上は何事もなかったかのように見える。
だけど、昔より水辺に行く頻度が増えていた。
凪は、身体の渇きを嫌った。
水を浴びに行く。
それだけなら問題なかった。
人魚の姿に戻ると、凪は自分の鱗を毟るようになっていた。
凪が水浴びをした後には、煌めく鱗と赤い血の後が残っていた。
凪は気づいていない。
止めさせようとしても、直らなかった。
俺は、凪の水浴びについて行くようにしていた。
誰かが居れば、凪は鱗を毟らなかった。
「駄目だ。凪、一人で行動するな。頼むから……」
そう言っても凪は、笑って頷くだけだった。
どれだけ俺が、言ってもきっと凪はわからないだろう……
ー琰陽視点ー
また日が暮れた。
ここでの夜は、とても静かだ。
木の冷たさを肌で感じながら、俺は目を閉じた。
コンコンコン
扉を叩く音で目を開けた。
「どうぞ。」
「……失礼します。」
静かに扉が開き、時雨が入ってきた。
「夜分遅くに、申し訳ありません。」
時雨は日中の態度からは、考えられないほど丁寧頭を下げた。
「いや、起きていたから気にしないでくれ。」
「ありがとうございます。
琰陽さん。昼間の件も失礼いたしました。
重ねてお詫び申し上げます。」
その丁寧な話し方に、違和感を覚えた。
「こちらこそ、すまなかった。
君の家族に、危害を加えるつもりはなかったんだ。」
「存じております。
ですが、家族に近づくのはやめていただきたい。」
「なぜなんだ?」
「こちらにも、事情がございます。
ですから、琰陽さんから近づくのはやめていただきたいのです。」
「……わかった。
君の名前を聞いてもいいだろうか?」
「時雨と申します。」
「時雨、時雨の家族は皆人魚なのか?」
気になった事を、聞いてしまった。
「……いいえ。
ですが、このことは他言無用でお願いいたします。」
「時雨達は、本当に家族なのか?」
「はい。」
「時雨達は、人間なのか?」
「……好きなようにお思いください。」
時雨は答えてくれる。
それでも、距離は遠く感じた。
「俺は、帰れるのか?」
「はい。」
「時雨は、俺達の里に本当に行きたいのか?」
「はい。」
「どうしてだ?」
「それが望みだからです。」
「……俺は時雨の、本当の気持ちが知りたいんだ。答えてくれ!」
「…………俺にも、わかりません。」
長い沈黙の後に帰ってきた言葉は、続けた。
「俺は、ただ家族と居れればそれでいいんです。
それ以上は望みません。」
「なぁ時雨、俺は家族を殺したんだ。」
「そうですか。」
思っていた反応とは全く違う反応だった。
「責めないのか?」
「俺は、家族が大切ですが、そうでない家族もあるでしょう。
長い歴史がある家は特に……」
時雨は、俺を責めなかった。
ただ、淡々と話しを聞いてくれた。
俺は、秘密を話してしまった。
「……そうか。俺は、間違えてばかりなんだ。」
「そうですか。人間なら当たり前なのではないのですか?」
「時雨は、なんとなく間違えなさそうだ。」
「間違えてばかりです。」
「後悔したか?」
「してばかりです。」
「時雨は、強いな。」
「……琰陽さん。貴方は、生きていますよ。」
そう言った時雨の目は、さっきより緩んで見えた。
「俺は、どうするべきだと思う?」
「生きたいように、生きれば良いと思います。」
「許されるのか?」
「……許すのは、琰陽さん自身だと思いますよ。」
そう呟いた時雨は、はっとしたように顔をあげた。
「どうした?」
「凪が俺を探してるみたいです。
これで失礼します。」
時雨は静かに出ていった。
許すのは、俺自身。
ようやく俺を、見てもらった気がした。




