↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『スキルを喰らうダンピール ~墓から蘇った少年は、眠らずダンジョンを駆け上がる~』  作者: ミタテ屋


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/31

第9話◆ 眠らない夜

「分かりました。気をつけます」


 エマの忠告に頷きながらも、ダンの頭にはすでに青石の迷宮2階のことが浮かんでいた。


 1階とは違う魔物がいる。


 その魔物は、どのようなスキルを持っているのだろう。


 考えるだけで胸が高鳴る。


 そんなダンの耳に、少し離れたところから冒険者たちの声が聞こえてきた。


「朝、登録してた新人だよな?」


「初日で32体って言ってなかったか?」


「あの格好でか?」


 声を抑えているつもりなのだろうが、《夜目》以外にも身体能力そのものが高いせいか、思ったよりはっきり聞こえる。


 ダンは少しだけ背筋を伸ばした。


 前世では、人から注目されることなどほとんどなかった。病室で会うのは医師や看護師ばかりで、同年代の人間と話す機会すら滅多にない。


 こうして冒険者たちから見られていると、本当に異世界で冒険をしているのだと実感できた。


 少し嬉しい。


 しかし、自分がダンピールであることや、《触手》と《吸血》について知られるわけにはいかない。


 目立ちたい気持ちと、目立ってはいけないという気持ちが、ダンの中で複雑に混ざり合っていた。


「それでは、次の方――」


「あの、すみません」


 仕事へ戻ろうとしたエマを、ダンは慌てて呼び止めた。


「もう少しだけ、聞いてもいいですか?」


「構いませんよ」


「この街で長く泊まれる宿を探しているんです。それから、服を売っている店と、防具屋と武器屋も教えてほしくて……」


 そこまで口にしたところで、後ろに人が並んでいることに気づいた。


「あっ、すみません。こんなに聞いたら迷惑ですよね」


「大丈夫です。急いでいる方には、隣の受付へ移ってもらいますから」


 エマが隣の職員に声をかけると、ダンの後ろにいた冒険者たちが別の列へ移っていく。


「登録したばかりなのですから、分からないことがあるのは当然です。遠慮しなくていいですよ」


「ありがとうございます」


 まだ話を聞いてもらえることが嬉しくて、ダンの表情がわずかに明るくなった。


「長期滞在なら、《銀の止まり木》という宿がおすすめです。ここから歩いて5分ほどで、冒険者ギルドの登録証を見せれば10日単位で部屋を借りられます。食事や洗濯も頼めますよ」


「洗濯もしてもらえるんですか?」


「ええ。その服も、そろそろ洗ったほうがいいと思います」


 エマの視線が、ダンの服へ向けられた。


 教会で見つけた服には土が染みつき、ところどころにゴブリンやホーンラビットの血が付着している。水で軽く洗っただけなので、決して清潔とはいえない。


「やっぱり、かなり汚いですか?」


「かなり、とは言いませんが……その格好で服屋へ入ったら、店員に驚かれるかもしれません」


「そんなに……」


 ダンは自分の服を見下ろした。


 教会の鏡では顔ばかり見ていて、服装まで気にしていなかった。いくら顔だけ整っていても、これでは周囲から見られるのも当然だった。


「服なら《針と羊》がいいでしょう。新品だけでなく古着もあります。冒険者向けの丈夫な服も扱っていますよ」


「武器屋と防具屋は?」


「武器なら《赤熊の武具店》、防具なら《岩亀の防具店》ですね。どちらも初心者向けの品を置いています」


 エマは受付台の上へ簡単な地図を広げ、それぞれの場所を指で示した。ダンは忘れないように、店の名前と曲がり角を頭へ入れていく。


「その短剣を買い替えるなら、《赤熊の武具店》で相談するといいですよ」


 腰に差した短剣を見られ、ダンは苦笑した。


「やっぱり、これでは駄目ですか?」


「ホーンラビットを32体も倒せる人が持つ武器には見えませんね」


 触手があれば必要ないとは言えない。


「防具も揃えたほうがいいでしょう。これから2階へ進むつもりですよね?」


「はい。そのつもりです」


「2階のケイブマウスは、複数で襲ってくることがあります。1体は弱くても、囲まれれば危険です。命が惜しいなら、防具を買ってください」


 真剣な声で言われ、ダンは素直に頷いた。


 実際には《超再生》があるため、普通の傷ならすぐに治る。それでも、貧弱な装備のまま大量の魔石を持ち込めば、余計に怪しまれてしまう。


 実力を隠すためにも、それに見合った装備が必要らしい。


「分かりました。お金が貯まったら買います」


「全部使い切ってはいけませんよ。宿代と食費も残してくださいね」


「はい」


 返事をしたダンだったが、もう1つ聞いておきたいことがあった。


「あの、《隠蔽》のスキル書は、この街だとどこで買えますか?」


「魔道具店の《星読みの小箱》です。ただ、《隠蔽》は欲しがる人が多いので、入荷してもすぐに売れてしまいます」


「やっぱり高いんですか?」


「金貨単位になりますね」


 金貨。


 銀貨8枚以上を1日で稼いで喜んでいたダンにも、すぐ手が届く金額ではない。


 種族だけではない。《触手》《スキル強奪》《超再生》という固有スキルに、《吸血》まである。


 第4話でエマから聞いた通り、《隠蔽Lv1》なら同じLv1の《鑑定》を防げる。しかし、高レベルの《鑑定》を防ぐには、《隠蔽》もそれだけ上げなければならない。


 高くても必要だ。


 それも、できれば1冊だけでは足りない。


「あとで見に行ってみます。それと、そこならマジックバッグも売っていますか?」


「扱っていますよ。小型でも高価ですけれど」


「どれくらい入るんですか?」


「小型で、今日持ってきた麻袋10個分ほどです。中型なら30個分ですね。収納した物の重さも、およそ10%になります。ただし、生き物は入れられませんし、中の時間が止まることもありません」


 ダンの目が輝いた。


 今回、麻袋1つではすぐにいっぱいになった。小型でも、その10倍を持ち帰れることになる。


「欲しい……」


 思わず声が漏れた。


 エマが苦笑する。


「《隠蔽》とマジックバッグですか。どちらも登録初日に買える物ではありませんよ」


「分かっています。まずは《隠蔽》を手に入れて、その次にマジックバッグを買います」


「ずいぶん大きな目標ですね」


「はい。ですから、たくさん倒してきます」


「え?」


「いえ。いろいろ教えていただいて、ありがとうございました」


 ダンは丁寧に頭を下げ、冒険者ギルドを後にした。


     ◇


 最初に向かった《針と羊》では、丈夫なシャツとズボン、下着を2組ずつ購入した。さらに、血や汚れが目立ちにくい濃い色の上着も選ぶ。


 服代は銀貨1枚と銅貨30枚だった。


 その足で道具屋へ寄り、今度は丈夫な麻袋を2つ購入した。麻袋は1つ銅貨20枚だったため、合計で銅貨40枚になる。


 店主から何に使うのかと尋ねられ、ダンがダンジョンの素材を入れると答えると、なぜか妙な顔をされた。


 その後、エマに教えられた《銀の止まり木》へ向かった。


 宿は石造りの1階と木造の2階からなる建物で、入口に銀色の鳥が止まり木に乗った看板が掲げられていた。扉を開けると、食堂から焼いた肉と香草の匂いが流れてくる。


 受付にいた恰幅のよい女将へ冒険者登録証を見せ、長く泊まりたいと伝えた。


「通常は1泊銅貨40枚だけど、10日分を先払いするなら銀貨3枚と銅貨50枚だよ。朝食は宿代に入っている。夕食は必要な日に頼んでおくれ。1食、銅貨15枚だ」


「夕食は毎日頼まなくてもいいんですか?」


「ダンジョンに何日も籠る冒険者もいるからね。食べない日の分まで取ったりしないよ」


 ダンは安心した。


「僕も、何日か戻らないことがあるかもしれません」


「出かける前に言っておくれ。戻らなくても契約中は部屋を空けておく。ただし、泊まらなかった日の宿代は戻らないよ」


「部屋に荷物を置いたままでも大丈夫ですか?」


「鍵付きの収納箱がある。貴重品まで安全だとは約束できないけど、普通の荷物ならそこへ入れておけばいいさ」


「分かりました。では、10日分お願いします。それと、今日は夕食も食べたいです。湯と洗濯も頼めますか?」


「夕食が銅貨15枚、湯桶1杯と洗濯1組が銅貨5枚ずつだ」


 宿代と合わせて銀貨3枚と銅貨75枚を支払う。


 服と麻袋も買ったため、手元に残ったのは銀貨4枚と銅貨11枚だった。


 そのうち銀貨1枚は、ガルドから最初にもらったものだ。


 できれば、あの銀貨には手をつけたくない。


 そう考えると、自由に使えるのは銀貨3枚と銅貨11枚しかない。


 生活に必要な物を揃えただけで、今日稼いだ金の大半が消えてしまった。《隠蔽》のスキル書やマジックバッグが、どれほど遠い買い物なのかを改めて思い知らされた。


 案内されたのは、2階の奥にある小さな部屋だった。


 中にあるのはベッドと机、椅子、それに鍵の付いた収納箱だけ。華やかさはなく、決して広くもない。


 それでも、ダンはしばらく部屋の中央に立ったまま動けなかった。


「ここが、僕の部屋……」


 前世で長く過ごした病室は、自分だけの場所ではなかった。


 カーテンの向こうには他の患者がいて、決まった時間になれば医師や看護師が入ってくる。機械の音や誰かの咳が、夜になっても絶えることはなかった。


 しかし、この部屋には自分しかいない。鍵を掛ければ、誰も入ってこない。


 粗末なベッドへ腰を下ろしたダンは、何度も部屋の中を見回した。病室より狭いはずなのに、不思議なほど広く感じられる。


 運んでもらった湯で身体を拭き、新しく買った服へ着替える。


 汚れたシャツやズボンは洗濯へ出したが、教会から借りてきた革のコートだけは部屋に残した。


 泥や血でかなり汚れている。


 普通の服と同じように洗っていい物ではないだろう。


 綺麗にして、いつかあの教会へ返さなければならない。


 そのためにも、今度きちんと手入れしてくれる店を探そう。


 ダンは革のコートを収納箱の横へ置き、食堂へ下りた。


 温かいスープと黒パン、焼いた肉が並べられる。


 一口食べると、思わず頬が緩んだ。


「美味しい……」


 病院食とは比べものにならないほど味が濃い。


 食べたい物を自分で選び、自分で稼いだお金で食べている。それだけのことが、ダンには嬉しかった。


 ただ、不思議なこともある。


 食べ始める前から、それほど空腹を感じていなかった。


 今日は朝からほとんど休まず動き続けている。それなのに身体が食事を強く求めていない。


 思い当たるのは、ホーンラビットから繰り返した吸血だった。


「血を吸ったから……?」


 答えは分からない。


 それでも、食事には別の楽しさがあった。


 ダンは久しぶりに味わう温かい料理を、ゆっくりと食べ終えた。


     ◇


 部屋へ戻ったダンは、ベッドへ横になった。


 今日は森とダンジョンを歩き回り、ホーンラビットを何体も倒した。


 普通なら、すぐに眠ってしまうほど疲れているはずだ。


 ところが、どれだけ目を閉じても眠気は訪れなかった。


 身体も重くない。


 しばらくして身体を起こし、ステータスを開く。


【種族スキル:《夜目Lv1》《不眠Lv1》《吸血Lv2》《状態異常耐性Lv1》】


「本当に、眠らなくてもいいんだ……」


 窓の外では、街を歩く人の姿が減り、店も次々と明かりを消していた。


 普通の人間にとって、夜は休む時間なのだろう。


 しかし、ダンには眠る必要がない。


 昼に活動したからといって、夜まで部屋でじっとしている理由はなかった。


 窓から差し込む月明かりだけでも、部屋の中がはっきり見える。


 人の少ない夜なら、《触手》や《吸血》を見られる危険も減る。


 何より、まだダンジョンへ行きたかった。


 自分の足で歩ける。


 魔物と戦える。


 スキルを手に入れられる。


 今のダンにとって、そのすべてが楽しくて仕方がなかった。


 腰に短剣を差し、買ったばかりの麻袋を2つ持って部屋を出ると、受付にいた女将が目を丸くした。


「今から出かけるのかい?」


「はい。青石の迷宮へ行ってきます」


「今から?」


「朝まで、まだかなり時間がありますから」


 ダンが当然のように答えると、女将は呆れた顔をした。


「夜は潜っている冒険者が少ないよ。何かあっても、助けてもらえないかもしれない」


「人が少ないんですね」


 心配されているのは分かった。


 それでもダンにとっては、むしろ好都合だった。


「気をつけます。行ってきます」


 宿を出ると、夜の冷たい空気が頬を撫でた。


 昼間とは違い、通りを歩く人の姿はほとんどない。


 青石の迷宮へ続く北西門は、迷宮へ向かう冒険者のため夜間も開いている。登録証があれば、夜でも出入りできることはエマから聞いていた。


 静かな街路の向こうでは、北西門へ続く道を照らす魔道具の明かりが、暗闇の中に点々と浮かんでいる。


 普通の人なら、これから眠る時間だ。


 僕にとっては、まだ今日が続いている。


 ダンは空の麻袋を両手に持ち、その光へ向かって歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。