第8話◆ 強くなる楽しさ
通路の奥に見えた白い角が、青白い光の中で揺れた。
ホーンラビットは、まだダンに気づいていない。岩の隙間から生えた苔へ顔を近づけ、鼻を動かしている。
先ほど《跳躍Lv1》を獲得したばかりだ。
次のレベルへ上げるには、同じスキルをあと2回強奪する必要がある。
ダンは足音を立てないように近づきながら、黒紅色の触手を身体の横へ浮かべた。
「今度は、最初から殺さないように……」
呟いた声に反応し、ホーンラビットが顔を上げる。
額の角が、まっすぐダンへ向けられた。
後脚が地面を蹴る。
ホーンラビットは一瞬で加速したが、1度見た攻撃だった。ダンは角が届く直前に斜め前へ踏み出し、擦れ違いざまに触手を後脚へ絡ませる。
そのまま引くと、小さな身体が地面を転がった。
立ち上がろうとしたところへ触手を伸ばし、今度は脇腹を軽く打つ。
力はできるだけ抑えた。
ホーンラビットは壁まで吹き飛ばず、その場で横倒しになる。胸が動いているため、まだ生きている。
ダンは心臓を避け、触手の先端を後脚へ突き刺した。
【《吸血Lv1》が発動しました】
触手を通して血が流れ込んでくる。
小さな身体から大半の血を吸い終えたところで、ホーンラビットは光へ変わり、魔石と白い角を残して消えた。
「あと1体ですね」
魔石と角を麻袋へ入れ、次の獲物を探して歩き始めた。
◇
青石の迷宮1階は広く、少し進むだけでいくつもの分かれ道が現れる。ほかの冒険者と擦れ違うこともあったが、人の少ない通路へ入れば、ホーンラビットを見つけるのは難しくなかった。
ほどなくして、次の1体を見つけた。
最初は突進を避けてから、触手を後脚へ絡ませていた。しかし、何度か戦ったことで、攻撃前の動きが分かり始めている。
耳が後ろへ倒れ、身体が低くなる。そのあと、後脚へ力を込めて地面を蹴る。
予備動作を見た時点で横へ動けば、慌てる必要はない。
ダンは突進を避け、触手で後脚を払った。地面を転がった身体へ軽く1撃を加え、立てないことを確認してから吸血する。
【次のレベルまで:2/2】
【《跳躍Lv2》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/4】
「今度は4体……」
レベルが上がると、強奪数は0へ戻る。次に必要な数は、それまでの2倍だった。
簡単に高レベルまで上がるわけではない。
それでも、ここには同じ魔物が何体もいる。探して倒し続ければ、確実に強くなれる。
ダンは《跳躍Lv2》の効果を確かめるため、膝を浅く曲げた。
今度は力を抑えて地面を蹴る。
身体がふわりと浮き、狙っていた岩の上へ両足で着地した。Lv1のときより弱く蹴ったにもかかわらず、狙った高さまで簡単に上がることができた。
跳ぶ力だけではない。空中で身体の向きを変え、着地する位置まで調整できた。
「次は、もっと上がるのかな」
試してみたい。
そのためには、あと4体だ。
◇
【次のレベルまで:4/4】
【《跳躍Lv3》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/8】
最初に《跳躍》を奪った1体を含め、7体目の吸血を終えた頃には、ホーンラビットの突進を完全に見切れるようになっていた。
次の1体を見つけたとき、ダンは攻撃を待たなかった。
自分から地面を蹴り、一気に距離を詰める。
ホーンラビットが角を向けるより早く、横へ回り込んでいた。触手で後脚を払い、転倒したところへ軽く1撃を加える。
戦闘が始まってから、吸血を始めるまでほとんど時間がかかっていない。
「楽しくなってきた……」
新しい身体を動かし、覚えたスキルを試す。
試した結果を次の戦いへ使えば、さっきよりも簡単に勝てる。魔石と素材が増え、同じスキルを重ねれば、さらに身体が動くようになる。
止める理由がなかった。
疲れも感じない。
血から作った触手を使い続けているが、ホーンラビットから吸収する量の方が多い。失った血液と魔力は、吸血するたびに補充されていた。
眠気も空腹もない。
どれだけ歩いても身体は動き、魔物を見つけるたびに新しい経験が増えていく。
病室のベッドで異世界漫画を読んでいたとき、何度も想像したことだった。
もし僕が異世界へ行けたら、どんな場所を冒険するだろう。
どのような力を手に入れ、どれほど強くなれるだろう。
その想像が、今は現実になっている。
◇
【次のレベルまで:8/8】
【《跳躍Lv4》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/16】
最初の1体を含め、15体目の吸血が終わった。
続けて、別の表示が現れる。
【一定量の血液を吸収しました】
【《吸血Lv1》が《吸血Lv2》へ上昇しました】
「《吸血》も上がった」
次のホーンラビットで試すと、違いはすぐに分かった。
これまでは身体の大半が干からびるまで吸わなければ、《スキル強奪》が発動しなかった。しかし、《吸血Lv2》では60%ほど吸ったところで条件を満たした。
必要な血液量が減り、吸い上げる速度も速くなっている。
ホーンラビットは強奪後に死亡して消えるが、それまでにかかる時間は大きく短縮された。
「次は16体……」
普通なら、そこで諦める数なのかもしれない。
ダンには、むしろ楽しみが増えたように感じられた。
狩るたびに《跳躍》の使い方が身につき、魔石と角も増えていく。《跳躍Lv5》になれば、どこまで高く、速く動けるのか確かめられる。
ダンは膨らみ始めた麻袋を持ち上げ、さらに1階を歩き続けた。
◇
ホーンラビットの討伐数が20体を超えたところで、吸血を終えた1体が光へ変わった瞬間、新しい表示が浮かんだ。
【必要な魔力を獲得しました】
【レベルが1から2へ上昇しました】
「レベルが上がった……!」
すぐにステータスを開く。
【レベル:2】
【HP:180→198】
【MP:240→252】
【筋力:35→42】
【耐久:42→50】
【俊敏:48→57】
【器用:44→52】
【魔力:45→54】
【精神:38→45】
HPは10%、MPは5%上がっている。そこまでは、エマから聞いた内容と同じだった。
おかしいのは、6つの能力値だ。
人間なら5%から10%。高くても、それくらいだと聞いている。
筋力は35から42。7も増えていた。俊敏は48から57になり、ほかの能力値も同じくらいの割合で上昇している。
「なんだこれ……」
もう1度、数字を確かめる。
「全部、20%くらい上がってる」
人間なら、英雄級でも10%。
ダンピールの成長率は、その2倍近い。
もともとの能力値が人間の4倍から5倍あるうえ、レベルアップしたときの伸びまで大きい。
「これを知られたら、絶対に怪しまれる」
《隠蔽》が欲しいという気持ちが、さらに強くなった。
同時に、どこまで強くなれるのか試してみたい気持ちも抑えられない。
次の《跳躍》のレベルアップまで、残りは10体ほどだ。
「Lv5までは上げよう」
そう決めると、ダンは再び歩き始めた。
◇
31体目のホーンラビットから、《跳躍》を強奪する。
【次のレベルまで:16/16】
【《跳躍Lv5》へ上昇しました】
【強奪数がリセットされました】
【次のレベルまで:0/32】
「やった……」
思わず声が漏れた。
最初に《跳躍》を獲得した1体。
そこからLv2までに2体、Lv3までに4体、Lv4までに8体。そしてLv5までに16体。
合わせて、《跳躍》を強奪できたホーンラビットは31体。
まだ狩り続けたい気持ちはあった。
しかし、強奪する前に倒してしまった最初の1体を含めれば、討伐したホーンラビットは32体になる。魔石と角を入れた麻袋は、すでに口が閉じられないほど膨らんでいる。
これ以上詰めれば、角が袋を突き破りそうだった。
「今日は、ここまでですね」
初めてのダンジョンで、ホーンラビットを32体倒した。
《跳躍》はLv5になり、《吸血》もLv2へ上がった。自分自身もレベル2になっている。
十分すぎる成果だった。
ダンは膨らんだ麻袋を肩へ担ぎ、来た道を戻った。
◇
冒険者ギルドへ戻った頃には、外はすっかり暗くなっていた。
それでもギルドの中は明るく、酒場では大勢の冒険者が食事をしている。
ダンは麻袋を担いだまま、エマの受付へ向かった。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい、ダンさん。青石の迷宮へ行かれたんですよね?」
「はい。1階だけですが、魔物を倒してきました」
受付台へ麻袋を置く。
昼間に薬草を持ち込んだときと同じように、ずしりと重い音がした。
エマは膨らんだ袋へ視線を落としたあと、ゆっくりダンの顔を見る。
「……また、袋がいっぱいですね」
「ホーンラビットを見つけるのが楽しくて、つい」
「つい、で何体倒したんですか?」
「32体です」
「今日が初めてのダンジョンでしたよね?」
「はい」
エマはしばらく言葉を失ったあと、袋の中身を確認し始めた。
ホーンラビットの小さな魔石が32個。傷のない白い角も32本ある。
「すべて1階で?」
「1階からは下りていません」
「その短剣だけで、これだけの数を?」
「動きを見ていたら、避け方が分かるようになりました」
嘘ではない。
血の触手を使ったことを言っていないだけだ。
エマは素材を数え終えると、買取額を計算した。
ホーンラビットの魔石が1個につき銅貨10枚。角が1本につき銅貨15枚。
合計は、銀貨8枚になった。
「こちらが買取代金です」
「こんなに……」
昼間の薬草採取でも驚いたが、ダンジョンではそれを大きく上回る金額を稼げた。
《隠蔽》のスキル書へ、1歩近づいた。
「ダンさん」
「はい」
「楽しいのは分かりますが、無茶はしないでくださいね」
エマは真剣な顔でダンを見ていた。
「1階でも、油断すれば命を落とします。今日は無事でしたが、次も同じとは限りません」
「分かりました。気をつけます」
素直に頷きながらも、ダンの頭にはすでに2階のことが浮かんでいた。
1階とは違う魔物がいる。
その魔物は、どのようなスキルを持っているのだろう。
考えるだけで、胸が高鳴った。




