第7話◆ 青石の迷宮
青石の迷宮の入口には、冒険者ギルドの出張所が置かれていた。
石造りの小屋の前で、武装した職員が出入りする冒険者の登録証を確認している。その横には大きな掲示板があり、迷宮内での注意事項が書かれていた。
【青石の迷宮】
【確認済み階層:地下12階】
【推奨ランク:G~E】
【1階出現魔物:ホーンラビット】
【迷宮内における冒険者同士の戦闘、窃盗、獲物の横取りを禁ずる】
ダンは掲示板を上から順番に読む。
1階に出る魔物の名前は分かったが、能力や弱点までは書かれていない。《鑑定》を持っていれば、遭遇したときに詳しく確認できるのだろう。
今は、自分で動きを見て判断するしかない。
「次の方、登録証を」
「はい」
呼ばれて受付へ進み、登録証を差し出した。
職員は名前とランクを確認したあと、ダンの腰にある短剣と革のコートへ目を向けた。
「Gランクで、迷宮へ入るのは初めてか?」
「はい。今日、冒険者登録をしたばかりです」
「1人で入るのか?」
「そのつもりです」
職員は眉を寄せたが、止めはしなかった。
「1階の魔物は初心者向けだが、安全なわけじゃない。危険だと思ったらすぐに戻れ。階段の周辺では魔物が近づきにくいが、絶対ではないからな」
「分かりました。ありがとうございます」
「それと、迷宮の魔物は死ぬと身体が消えて、魔石や素材を残す。落とした物は倒した者の所有物だ。ほかの冒険者の物を勝手に拾うなよ」
「魔石は必ず落とすんですか?」
「基本的にはな。素材は何も落とさないこともある」
「魔物は、倒されてもまた現れるんですか?」
「時間が経てば、迷宮の中で新しく生まれる。どこに何体現れるかまでは分からん」
「迷宮の中で一晩過ごす人もいるんですか?」
「いるが、初心者には勧めない。ほかに質問は?」
尋ねたいことはまだあったが、後ろに冒険者が並び始めている。
「大丈夫です。ありがとうございました」
登録証を返してもらい、青みがかった石門をくぐる。
門の先には、地下へ向かって幅の広い階段が伸びていた。
壁には松明がない。それでも、青い筋の入った石が淡い光を放ち、足元まではっきりと見える。
一段下りるたびに、外の音が遠ざかっていく。
やがて階段が終わり、広い洞窟へ出た。
天井はダンが触手を伸ばしても届きそうにないほど高く、青白い岩肌が遠くまで続いている。床は硬い土と石で覆われ、いくつもの通路が枝分かれしていた。
「これが、ダンジョン……」
声が僅かに反響する。
漫画の中でしか見たことのなかった場所に、自分が立っている。
胸の高鳴りを抑えられなかった。
どこまで続いているのか。どのような魔物がいて、どんな物が手に入るのか。
全部、自分で確かめられる。
ダンは腰から、銀貨1枚で買った短剣を抜いた。
刃には細かな傷があり、柄に巻かれた革も硬い。それでも、自分で稼いだお金で買った初めての武器だ。
左腕へ刃先を当てる。
力を入れることには、少し抵抗があった。傷は《超再生》で治ると分かっていても、自分から身体を切るのは怖い。
「少しだけ……」
刃先を引くと、皮膚に細い傷ができた。
痛みとともに血が滲む。
しかし、傷はすぐに閉じ始めた。流れ出した血だけが皮膚の上に残り、ダンの意思へ反応するように持ち上がる。
「《触手》」
黒紅色の血が細長く伸び、1本の触手へ変わった。
右へ動かす。次に左。先端だけを曲げ、短剣の刃へ巻きつかせてみる。
思った通りに動く。
ゴブリンの攻撃で偶然発現したときとは違い、今回は自分の意思で作ることができた。
触手を身体の周囲に浮かべ、通路を進んでいく。
しばらく歩いたところで、岩陰に小さな生き物がいることに気づいた。
額から1本の角を生やしたウサギだ。
大きさは普通のウサギとそれほど変わらない。しかし、額の角は短剣ほどの長さがあり、先端も鋭く尖っている。
「これが、ホーンラビット……」
入口の掲示板に書かれていた魔物だ。
ダンに気づいたホーンラビットが身体を低くした。
後脚へ力を込め、地面を強く蹴る。
「速い!」
想像していた以上の速さだった。
それでも、俊敏48のダンには動きが見えている。角が胸へ届く直前に身体を横へずらすと、ホーンラビットは勢いを止められず、そのまま後方へ駆け抜けた。
方向転換には少し時間がかかる。
攻撃は直線的だ。
もう一度、ホーンラビットが地面を蹴った。
今度は避けながら、触手を横から振るう。
軽く弾くつもりだった。
ところが、触手を受けた小さな身体は横へ吹き飛び、洞窟の壁へ激突した。
ホーンラビットが地面へ落ちる。
ダンが近づく前に、その身体は光へ変わり始めた。
「待って!」
急いで触手を伸ばす。
先端が触れる寸前で、ホーンラビットは完全に消えた。床には小さな魔石と、白い角だけが残される。
【強奪対象を喪失しました】
目の前に表示が現れた。
「死んだら消れるから……吸血できない」
森のゴブリンは、倒したあとも死体が残っていた。だから、干からびるまで吸血できた。
ダンジョンでは違う。
先に殺してしまえば、《スキル強奪》は使えない。
「生きているうちに、吸わないと駄目なんだ」
次は倒さないように戦う必要がある。
触手の力が予想以上に強いことも分かった。小さな魔物へ正面から叩きつければ、簡単に殺してしまう。
ダンは魔石と角を麻袋へ入れ、次のホーンラビットを探した。
◇
2体目のホーンラビットを見つけるまで、それほど時間はかからなかった。
今度は殺さない。
ホーンラビットが突進してくる。
ダンは正面から避けるのではなく、斜め前へ踏み出した。すれ違う瞬間、触手の先端を後脚へ巻きつける。
そのまま強く引くと、ホーンラビットは体勢を崩し、地面を転がった。
立ち上がろうとするが、触手で引かれた片脚に力が入らない。何度かもがいたあと、地面へ身体をつけた。
まだ生きている。
しかし、もう立って突進することはできない。
なるべくすぐに死なせないよう、ダンは触手を細く尖らせ、心臓から離れた後脚へ突き刺した。
【《吸血Lv1》が発動しました】
温かい血が、触手を通して流れ込んでくる。
ホーンラビットの身体が小さいせいか、ゴブリンより吸える血は少ない。それでも《スキル強奪》は、なかなか発動しなかった。
「まだ足りない……」
身体から血が失われ、ホーンラビットが動かなくなっていく。
それでも消えてはいない。僅かに胸が動いている。
ダンは吸血を続けた。
ほとんどの血を吸い終えたところで、待っていた表示が現れる。
【吸血量が強奪条件に達しました】
【固有スキル《スキル強奪》が発動しました】
【《跳躍Lv1》を獲得しました】
【次のレベルまで:0/2】
直後、ホーンラビットの身体が光へ変わった。
触手の先から感触が消え、地面には魔石と白い角が残される。
「《跳躍》……」
ステータスへ新しく追加されたスキルへ意識を向ける。
【《跳躍Lv1》】
跳躍および踏み込みを補助する。
試しに、少しだけ跳んでみる。
軽く膝を曲げ、地面を蹴った。
「えっ?」
身体が予想以上に高く浮かび、目の前へ洞窟の天井が迫る。
慌てて両腕を上げた直後、頭が岩へぶつかった。
「痛っ!」
地面へ着地し、頭を押さえる。
痛みはすぐに消えた。《超再生》が働いたらしく、触れた場所に傷は残っていない。
加減を間違えた。
それでも、ダンの口元には笑みが浮かんでいた。
魔物を倒せば、魔石や素材が手に入る。
持ち帰って売れば、お金にもなる。
血を吸えば、新しいスキルまで覚えられる。
しかも、同じスキルをあと2回奪えばLv2になる。
もっと試したい。
もっと強くしてみたい。
通路の奥で、小さな影が動いた。額には、白い角が見える。
ダンは黒紅色の触手を浮かべ、その影へ向かって歩き出した。




