第6話◆ 初めての報酬
森の奥から聞こえた物音に、ダンは錆びた短剣を構えた。
手にしたばかりの《短剣術Lv1》のおかげで、構え方は自然に分かる。ゴブリンがもう一体だけなら、今度は先ほどより落ち着いて戦えるかもしれない。
しかし、聞こえてきた足音は1つではなかった。
枝を踏む音が重なり、ゴブリンのものらしい濁った声も聞こえる。
「1体ならともかく、何体いるか分からないのは危ないですね」
戦ってみたいという気持ちはあった。
けれど、今日の仕事は薬草採取だ。ゴブリンを探しに来たわけではない。
エマからも、群れを見つけたら逃げるよう言われている。
ダンは干からびたゴブリンから離れ、足音とは反対の方向へ歩き出した。走らなくても、背後の気配はすぐに遠ざかっていく。
かなり離れたところで立ち止まり、周囲を確認する。
追ってくる魔物はいなかった。
「よかった……」
安堵しながら、ダンは錆びた短剣を見下ろした。
さっきまでは握り方すら知らなかったのに、今は刃先をどちらへ向ければいいのか、どの位置に構えれば動きやすいのかが分かる。
たった1つスキルを得ただけで、ここまで変わる。
ほかの魔物からは、どんなスキルを奪えるのだろう。
今すぐ探しに行きたい気持ちが湧く。
でも、まずは受けた依頼を終わらせないと。
ダンは錆びた短剣をコートの腰紐へ差し、途中まで集めていた薬草を確認した。
四本とも傷んでいない。
森の浅い場所へ戻り、薬草探しを再開する。
初めは似た草を見つけるたびに根元を確かめていたが、何本も探すうちに違いが分かってきた。依頼の薬草はほかの草より葉が細く、中央の筋が僅かに白い。
生えている場所にも共通点がある。
日差しの強い場所には少なく、木陰の湿った土に多い。1本見つけた周囲を探すと、同じ薬草がまとまって生えていることもあった。
「これで10本です」
依頼に必要な数がそろった。
ここで帰っても、仕事は達成できる。
それでもダンは、すぐには街へ戻らなかった。
風が吹くたびに木々が揺れ、葉の間から差し込む光が地面を移動している。鳥の声を聞きながら、自分の足で好きな場所を歩き、自分で見つけた薬草を摘む。
それが楽しくて仕方なかった。
病室にいた頃なら、森を歩くどころか、十分間立ち続けることさえ難しかった。
それが今は、何時間歩いても足が重くならない。
しゃがんで薬草を摘み、立ち上がって次を探す。その繰り返しさえ、僕にとっては新しい体験だった。
「余った分も、買い取ってもらえるかもしれませんよね」
誰に尋ねるでもなく、自分に言い聞かせる。
根まで抜かず、教わった通りに葉と茎だけを採っていく。見つける速度は、さらに上がった。
気づいたときには、借りた小さめの麻袋が大きく膨らんでいた。
まだ少し押し込めそうだったため、近くで見つけた数本を丁寧に入れる。それで袋の口が閉じにくくなるほどいっぱいになった。
「これ以上は傷んでしまいそうですね」
ようやく満足し、街へ戻ることにした。
薬草で膨れた麻袋を肩へ担ぐ。
それなりの重さがあるはずなのに、身体はほとんど負担を感じなかった。
ダンは来たときよりも軽い足取りで、グランベルの西門へ向かった。
◇
冒険者ギルドへ戻ると、昼前よりも人が増えていた。
依頼を終えた冒険者たちが受付に並び、酒場からは食器の触れ合う音や笑い声が聞こえてくる。
ダンは膨らんだ麻袋を肩へ担いだまま、エマの受付へ並んだ。
順番が来ると、エマが笑顔を向けてくれた。
「お帰りなさい、ダンさん。日が暮れる前に戻れましたね」
「はい。ただいま戻りました」
「薬草は見つかりましたか?」
「見つかりました。これです」
肩から下ろした麻袋を、受付台へ載せる。
ずしりと重い音がした。
エマの視線が、大きく膨らんだ袋へ向けられる。
「……こちらですか?」
「はい。袋がいっぱいになるまで採ってきました」
「全部、薬草ですか?」
「そのはずです。途中から見分け方が分かってきたので、間違ってはいないと思います」
エマは袋の口を開け、中身を確認した。上の方から数本を取り出し、葉や茎の状態を1本ずつ確かめていく。
やがて薬草を手にしたまま、ダンを見た。
「ダンさん。今日、初めて採取依頼を受けたんですよね?」
「はい」
「必要数は10本だったはずですが」
「10本集めたあとも、探すのが楽しくて……。余った分は、買い取ってもらえませんか?」
「状態に問題がなければ、すべて買い取れます。それにしても、よくこれだけ見つけましたね」
「木陰の湿った場所に多いと分かったので、似た場所を探しました。根は抜いていません」
「採取方法も問題なさそうですね。少しお待ちください。中身を確認します」
エマは別の職員を呼び、2人で薬草を数え始めた。
受付台へ並べられた薬草を見て、近くにいた冒険者たちも足を止める。
「新人の採取依頼だろ?」
「あの袋、1人で集めたのか?」
周囲の声が聞こえ、ダンは居心地が悪くなってフードへ手を伸ばした。
目立つつもりはなかった。
ただ森を歩き、薬草を探すのが楽しくて、袋をいっぱいにしただけだ。
しばらくして確認が終わる。
「全部で52本です。傷んだものもありません」
「そんなに入っていたんですね」
「10本で依頼達成です。残りの42本も、同じ価格で買い取らせていただきます」
薬草1本が銅貨3枚。
52本で銅貨156枚。銅貨百枚で銀貨1枚になるため、報酬は銀貨1枚と銅貨56枚になった。
初めて自分で稼いだお金を受け取り、ダンは手のひらへ載った硬貨を見つめる。
「これが、僕の稼いだお金……」
ガルドからもらった銀貨とは違う。
森を歩き、自分で薬草を探し、依頼を達成して得たお金だ。
「ありがとうございます」
「こちらこそ、状態のよい薬草をありがとうございます。ただし、森の奥へ入りすぎてはいませんよね?」
「はい。道が見える範囲で探しました」
「それなら安心しました。魔物には遭遇しませんでしたか?」
「あっ、そのことも報告しようと思っていました」
ダンは腰に差していた錆びた短剣を取り出し、受付台へ置いた。
「ゴブリンに襲われました」
エマの表情が変わる。
「怪我はありませんか?」
「大丈夫です。短剣がコートを掠めただけでした」
左腕の傷は《超再生》ですでに消えている。
破れたコートの袖を見せながら、肌まで切られたことは伏せた。
「その短剣は?」
「ゴブリンから奪いました。僕は武器を持っていなかったので、相手の腕をつかんで短剣を落とさせ、それを使って倒したんです」
本当のことは言えない。
《触手》も、《吸血》も、《スキル強奪》も知られるわけにはいかなかった。
「武器を持たずにゴブリンを……。無事だったからよかったものの、危険なことはしないでください」
「すみません」
「それで、討伐証明はお持ちですか?」
「討伐証明……」
「あっ」
さっきエマと一緒に見た冒険者向けの説明書にも書かれていた。
討伐依頼では、指定された部位や魔石を持ち帰る必要がある。
読んだときは覚えていたはずなのに、初めて魔物を倒し、スキルまで手に入れたことに夢中で、完全に忘れていた。
「持ってきていません……」
「場所は覚えていますか?」
「途中でほかのゴブリンらしい声が聞こえたので、すぐに離れました。戻れるかどうかは……」
「それなら、取りに戻らないでください。死体の周囲に別のゴブリンが集まっている可能性があります」
「でも、倒した証明が」
「今回は討伐報酬なしになります。残念ですが、証明がなければ支払えません」
「分かりました」
せっかく倒したのに、報酬にはならなかった。
それでも、薬草の報酬と《短剣術》を得ている。
失敗したおかげで、次から何を持ち帰ればいいのかも覚えた。
「次は忘れません」
「その前に、武器を用意してください。今回は運がよかっただけかもしれませんよ」
「はい。今から買いに行きます」
ダンは報酬をしまい、錆びた短剣を持ち直した。
◇
冒険者ギルドの近くには、何軒もの武器屋が並んでいた。
その中から、入口に「安物あり」と書かれた店を選ぶ。
店内には剣や槍、斧が並び、壁際には中古らしい武器もまとめて置かれていた。
店主にゴブリンから奪った短剣を見せると、すぐに首を振られた。
「錆だらけで刃も欠けてる。売り物にはならんし、このまま使えば肝心なときに折れるぞ」
「1番安い短剣は、いくらですか?」
「本当に最低限でいいなら、銀貨1枚だ」
出されたのは、飾りのない鉄の短剣だった。
刃の表面には細かな傷があり、柄に巻かれた革も硬い。上等には見えないが、ゴブリンの短剣よりはまっすぐで、錆もなかった。
「これをください」
「防具はいいのか?」
「もう少し稼いでからにします」
薬草採取の報酬から銀貨1枚を支払う。
ガルドからもらった銀貨は使わずに残すことができた。
自分で稼いだお金で、初めての武器を買えたことが嬉しかった。
短剣を腰へ差し、店を出る。
強い武器が欲しかったわけではない。
少なくとも今の僕が《触手》を出すなら、自分で血を流すのが一番確実だ。
それに、武器も持たずに冒険者を名乗れば、また不審に思われるかもしれない。
最低限なら、これで十分だ。
次に向かう場所は、すでに決めていた。
初級ダンジョン《青石の迷宮》。
エマから聞いた話では、ダンジョンで倒した魔物は身体が消え、代わりに魔石や素材を残すらしい。
討伐証明を切り取る必要もなく、解体の方法を知らなくても報酬になる。
何より、さまざまな魔物がいる。
どのような姿をして、どんなスキルを持っているのか。
考えるだけで胸が高鳴った。
◇
街の北西門から20分ほど歩くと、低い岩山の麓に大きな石造りの入口が見えてきた。
青みがかった石で組まれた門の奥から、地下へ続く階段が伸びている。入口の周囲には道具を売る露店や休憩所が並び、武器を持った冒険者たちが次々に出入りしていた。
掲げられた看板には、こう書かれている。
【初級ダンジョン・青石の迷宮】
病室で何度も読んだ異世界漫画。
その中で主人公たちが挑んでいた場所が、今は目の前にある。
ダンは腰の短剣へ触れ、しばらく入口を見上げた。
「本当に、ダンジョンがあるんだ……」
頬が緩むのを止められなかった。
登録証を取り出し、ダンは青石の門へ向かって歩き出した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
物語の感想や印象に残った場面など、ひと言でもいただけると今後の執筆の励みになります。




